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8-1 消えたネコヒトは恩人を助けに行く - 婚姻のはじまり -


前章のあらすじ


 バーニィはパティアを慰めた。8歳の子供に過ぎない者は本当の父親を奪われた寂しさと、憎しみを吐き出す。

 そんなパティアに41の男が過去を語った。義父ゴライアスとの最低の生活と、彼から騎士を継いだ経緯を。

 2000万ガルドを盗んだ男は、ある側面から見れば復讐の為に国から金を盗んだ、とも言えた。


 それからしばらく経ったある晩、ベレトがとある重大な事後報告をした。

 不幸な境遇にある蒼化病患者を里に誘った。バーニィは段取りを狂わされて戸惑うが、しかし反対はしなかった。


 子供たちが来ることを知り、パティアは牛魔族ホーリックスより料理を教わろうとする。それがホーリックスに安らぎを与えた。

 続いてパティアはベレトにも願い事をした。もっと強くなりたい、病気の子供たちを守れるように。


 争いに身を投じようとするその姿を危ぶみながらも、ベレトがパティアに特訓を施してゆく。

 禁止していた首狩りウサギと対決させると、8歳児が難なく勝利していた。

 それから結界の外に出て、邪精霊トロールを相手に実践訓練を施した。トロールストーンを入手。


 パティアのその圧倒的な魔法攻撃力にベレトは初級課程卒業を言い渡し、その次にホーリックスと共に短剣術を教える。この子には防御能力が足りていない。


 しかしバーニィとのちょっとしたやり取りから事態が急加速する。

 シスター・クークルスに婚姻を迫る貴族、王子サラサールは最低の男、このままでは恩人が危ない。

 ネコヒトは再度の遠征を決めて、その日は寝た。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



―――――――――――――――――――――

 たまには魔族らしく、花嫁盗みに行きます

―――――――――――――――――――――


8-1 消えたネコヒトは恩人を助けに行く - 婚姻のはじまり -


 夕方遅くに目覚めるとわたしは出立の準備を急ぎました。

 重くならない程度の路銀と、脂と薬草を混ぜた軟膏、それからレイピアの手入れ、クークルスのくれた聖堂のローブにバーニィの匂いを付けました。

 人間の国で、人間の匂いがしない者がいるというだけで、怪しまれるきっかけになるからです。


 それを終えた頃には太陽が南天して魔界の暗雲に飲み込まれました。

 せっかくなのでリックの夕飯を腹におさめまして、それでようやく出発の準備が整いました。


「ではいってまいります。今回はおみやげは難しいかもしれません。ですが必ずやさしいお姉さんと、もしかしたら蒼化病の子供たちも連れて帰ります」


 城のテラス――いえバルコニーと呼ぶのが正しいそうですが、そこでわたしはみんなに見送られました。


「わかってる。わるいおうじから、おんなをとりかえす、ねこたんが、かれいに!」

「まあ間違ってません。目立たないようにコッソリ、ですけどね」


「そっかー。でもー、きをつけろー? あ、そうだ、パティアもついてくか? かご、のせてくれたらー、はいってくぞ!」

「あなた忘れてませんか、自分が悪党に狙われるまずい立場だってことに」


 ポンと小さな両手が叩かれる、どうも本気で追われていることを忘れていたらしい。

 それだけここでの生活に安心を抱いてくれている、そう思いましょう。


「はっ?! そうだった……パティアは、おわれるみだった……。あれ、でもそれはー、ねこたんもだぞー?」

「それもそうでしたね。ではもっともっとあなたが頼もしくなったら、その時に頼もしいお力を借りるとしましょう。では……」


 バーニィもリックも今やはぐれ者、どこの世界にもいられなくなった彼らの代わりに、この先もわたしが動くしかありません。


 見送る彼らに手を振って、わたしはバルコニーから広場に飛び降りる。

 燐光する楓の木と、それに照らされた畑を身軽な装備で横切り、東に東に人間の領土へと駆けていきました。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 それから深夜、要塞ギガスラインに到着した。

 幸運にもすぐに冒険者(ゴロツキ)どもが付近の森を通りかかったので、この前のように馬車の底に張り付いてやりました。


「そうそう、またサラサール王子が結婚するそうだぜ」


 そこでわたしは幸先良くも噂話を耳にすることになりました。


「だからどうしたよ、そんなの毎度のことだろ……。年に1度の猫の発情期の方がまだ珍しいね」

「それがな、相手っていうのがレゥムの街の女らしいんだよ。聖堂でシスターをやってる……なんだっけな、ク……クルースって女だっけな……?」

「クークルスですよ」


 馬車の底に張り付いたまま、わたしは仲間の声色に似せて訂正してやりました。

 馬車は順調に進み、ギガスラインの大門が開かれようとしているところでした。


「そうそれそれ! その結婚式が明日でよ、聖堂前で待ってれば、そこで金銀銅貨がまかれるはずだ」


 ちょっと待って下さい、結婚式が明日ですって……!?

 その明日というのが今日の昼という意味だとしたら、わたしはのんきに昼寝をして晩ご飯まで食べてきてしまった、マヌケ者ではないですか……。


「へっ悪くねぇ、俺は自分で拾う気なんてないけどな。拾ったやつから巻き上げた方が楽だし確実だろ」

「ギャハハッ、オメェこそ何当たり前のこと言ってやがる、そういうつまんねぇ冗談はやめろよなぁー!」

「バカっぽかったらおだててたかるのもいいぞ。金貨拾ったやつは気が強くなってるからよ、おだてると結構上手くいくのよ。用心棒になってやるからよ、一緒に今夜遊ぼうぜ、ってよ」


 馬車が要塞に入り彼らがそこでガルドを払うと、無賃乗車を働くネコヒトをギガスラインの向こう側に運んでくれました。


 彼らの会話は明日の婚姻について盛り上がっていたので、わたしももうしばらくお付き合いしました。

 式をぶち壊しにされるとも知らずに、冒険者どもはこうして様々な情報を提供してくれたのです。


――――――――――

 1.結婚式はレゥム大聖堂で行われる。

 2.クークルスは高台にあるサラサールの別荘のうち、1つに滞在している。

 3.急な式典のために、警備と物資の搬入もろもろでレゥムの街は混雑状態、派手にやり過ぎない方が良い。

 4.式の日時は正しくは明日ではなく、今日の昼。

――――――――――

 

 レゥムの街に馬車が入ると娼婦の話題ばかりになったので、寂しいですが彼らとお別れしました。

 暗い高架下に入ったところで、冷たい地面に背中を預けて風俗街の方角へ向かう馬車を見守ったのです。


「参りましたね……」


 救出の難易度が魔軍内の基準で表現するところの、S級任務並みに跳ね上がってしまいました。

 深夜のうちに聖堂のクークルスに接触し、訳を伝えて、拒否されたらスリープを使って無理矢理にでもさらう段取りだったというのに。


 タイムリミットも有限、まずはシスター・クークルスの居場所を突き止めたい。

 そのクークルスが身動き出来ない状況となれば、頼れるのはあの女1人だけです。


 こんな時間におしかけたら確実に気分を害するでしょうが、もはやそこは割り切る他にない。

 わたしは風俗街ではなく東の旧市街に向かった。


 結婚式を前にした夜です、明日の大盤振る舞いを期待して時間に似合わぬ妙な活気がありました。


 巡回警備の網をかいくぐり、旧市街に入る。

 旧市街に警備は要らないと考えているのか、ぱたりと兵の姿がなくなったので、わたしは堂々とタルトの骨董屋の前に立つことができた。


 おかしいですね、深夜も深夜だというのに、店には明かりが灯っています。

 鍵もかかっていません、ドアノブに手をかけるとあっさりそれが軽く回り、わたしを店内へと誘ってくれました。


「おい、誰だお前!」


 何とそこに男衆どもが集まっていました。

 まあ逆の立場ならそうなるでしょうね、突然現れた謎のフード野郎に強い警戒を向けていました。


「店は今やってない、帰れ、こっちは忙しいんだ……」

「だけどコイツ、聖堂のローブ着てるぞ、何のようだ?」

「あれ、俺、そのフードと体格になんか見覚えが……」

「帰れ、何かあるなら礼儀を守って昼間にきな!」


 そうヤンヤヤンヤ言われましても困ります。

 すると店の奥から赤毛の見知った顔が現れました。

 その姉御肌の女は、わたしの姿にまゆ一つ変えずただそこで腕を組みだしました。


「止めな、そいつは上客だよ! ……エレクトラム・ベル、妙なタイミングで現れてくれたじゃないか」

「あっ、あんたあんときの人か! あんときはマジで助かったよ!」


 あまり多くの人に姿を見せたくはありません。フードをかぶったままお辞儀をしました。

 よく見ればギガスラインへの物資運搬の際、輸送に付き合ってくれた顔ぶれが男衆の中に混じっていました。


「いえいえ、こちらもあんな良いリュックをいただけたのです、悪くない取引でした。夜逃げ屋タルト、仕事の邪魔をしてしまってすみませんね、他に頼る相手がいなかったもので」

「へぇそうなのかい? 街にアンタの協力者がいるように見えたけどねぇ、そいつはどうしたのさ?」


 タルトの前に歩み寄り、わたしより背の高い女を見上げます。

 ほどよく熟れており、こういったタイプが好きな男もいるのだろうなと、どうでもいいことを思い描きました。はい、この思考はバーニィの影響でしょうね。


「シスター・クークルス・ドゥーアン、それがわたしたちの協力者の名です。ああそれとリセリから言づてです。……お姉ちゃん、感謝しているありがとう、と」

「そうかい……」


 タルトにとっては後半の情報の方が大事だったようです。

 気の強い女がしんみりして足下に目を落としました。

 姉御肌の親分がガラにもなく黙り込むものだから、男衆もまた様子をうかがっているようです。


「……アンタたち! 今回の仕事はアンタたちに全て任せたよ、あたい無しで上手くやってみな!!」


 それが顔を上げ、鋭いまなざしで男衆を見回した。

 凛とした頼もしい声色でアウトローどもに絶対遵守の命令を下す。


「へい姉御!」

「そっちも無茶しねぇでくれよ!」

「ならこんなことしてる場合じゃねぇ、夜が明ける前に全部片付けちまうぞ、野郎ども!」


 男たちは台車を転がして夜のレゥム市街へと消えていった。


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