7-6 人類最強の娘ですが、どうやらフィジカル面は別に大したことないようです
また翌日、わたしはリックと交代で水路を掘り、そのついでにパティアに剣術を教えていきました。
「くっ、くぬっ、やるなねこたんっ……とーっ、たーっ、えいやーっ!」
いえ一応訂正しておきます。あまりに小柄なので、短剣術を教えていました。
バーニィに頼んだ木製の短剣をパティアに与え、それに対してわたしたちは樫の棒を振るって、彼女に守りしのがせました。
細剣はその名の通り刀身が細く守りに向きません。
一方短剣ならばリックも重槍のサブウェポンにしているので、何かとコレがちょうど良かったのです。
「はい、今死にました、これで34回目のデスです。次は気をつけてくださいね」
「う……ぅぅぅぅ……。ねこたんっ、ちょっとは、てかげんしろー! せいとの、こころを、しょんぼりさせてー、どうするーっ!」
武芸の才能はぼちぼち、年齢と体格のわりには動きがいい。
経験不足と肉体の小ささという弱点を、簡単に覆されてはわたしの立場がありませんしね。
「してますよ。ご不満なようなので、わたしよりお強い元魔軍のホーリックスにお任せしましょう、ああ疲れた疲れた、交代しましょう」
「水路作りの方が、よっぽど重労働だと思う……。教官がいいなら、いいけど……」
樫の棒きれと、スコップを交換します。
水路工事の方は半分ほどまで完成してきました。これが開通すれば、広場に水が届きます。
パティアの降雨魔法スコールに頼らずとも畑に水をやることができる。
スコールの発動そのものも水路があれば、その分だけ容易となるでしょう。
「おねーたんはー、てかげんしてくれて、いいなー……」
「あ、ああ……けどもしやり過ぎてしまったら、許してくれ」
「いいよー、うしおねーたんは、たたかうおんなだからなー……かっこいい、それに、りょうりだって、できちゃう! かっこいい……いまだ、とやーっ!!」
卑怯な不意打ちを見たような気もするが、あえなく防がれてパティアはまたデスを食らっていました。
最低限自分を敵からの攻撃から守って、術をもって対処してくれればそれでいい。
わたしたちからすぐにデスを食らわないところまで育ってくれたら、まあそれで武芸の教練は修了としましょう。
「ごめん、体が勝手に動いてた……。でも、狙いは良かったよ、オレたちが教えたいのは、守りの技術の方だけど……」
わたしは水路を黙々と掘る。崩れては困るのでしっかりとした仕事が必要です。
ちなみにバーニィですが、畑側の仕事が片付いたらこちらに来てくれる段取りになっています。わたしが遅い昼寝をするために。
「えいっえいっ、とやーっ、パティアのねこたんぱーんち!! あうっ……」
隙だらけのパンチはあっさりかわされ、軽くコテンと棒きれがパティアの頭に乗せられる。
わたしが言えたことではないですが、軍人とは思えないほどにリックはこの子に甘いです。
「なんだか懐かしいな……昔、教官のお世話になってた頃を思い出すよ」
「あー、そんなこともありましたね。あの頃はあの頃で気楽でした、危険を冒すことなくお金がもらえましたし、同僚らもわたしが怠け者のネコヒトであることを、理解してくれていました」
「ねぇねぇ、それってー、なんねんまえー?」
「オレと教官が出会ったのは20年ほど前だよ。身体は小さいのに恐ろしく強くて、子供心にもうその頃から尊敬していた……」
どうもこそばゆい話題になってしまっている。
わたしは口を閉ざし、何も聞こえないふりをして作業を進めることにした。
パティアの防御力面の充実は、まだまだ魔法なんかより時間がかかりそうです。
「この短剣術も、教官に教わったものだ。何度も危ないところをこれで生き延びた、教官の技は、生き延びる力があるのかもしれないな……」
「ねこたんじこみの、けん! パティアもおぼえたい、おねーたんとー、ねこたんのー、あわせわざを、パティアがひきつぐー!」
こんなものだろう、スコップを抱えて水路から上がりました。
引き継がせるにしても、あまりえげつない攻撃術は教えたくないのですけど、中途半端も……どうしましょうかね……。
「まったくもう……そろそろくすぐったくて、首筋がかゆくなってきましたよ。はい、交代ですリック。いっそ若い頃のあなたの話をしてあげましょうか? 当時のあなたは今より心も若く、思いを寄せた男子生徒に、心のこもった……」
ともかく上手いことそれで話がそれた。
するとそこにバーニィが現れて、予定通りわたしと役目を交代してくれることになりました。
「若い頃のホーリックスちゃんか……かわいかったんだろうなぁー」
「はい、そこは否定しませんね。不器用なところは今とあまり変わっておりませんが」
「教官! 昔の話はお互い止めよう! これ以上は、こっちだって考えがある!」
それもそうです。わたしは勤勉でがんばり屋のみんなに背を向けて、1人だけ昼寝に入るために城に帰って行きました。
「ねこたん、おやすみー。パティアもそのうちー、いくぞー。けんのべんきょう、くたくたになるからなー」
「わかりました、夢の中でお待ちしております」
帰り道が果てしないです……。
どうしてわたしの寝床はこんなに遠いのでしょう。今すぐ木にでも登ってそこで寝たい。
おかしな虫やら蛇やらに噛まれたらイヤですし、戻りますけど、戻るんですけど、近いようでこれが遠い……。
ん、そういえばこの前、街で……。
「ああそういえば、寝る前にバーニィに聞きたいことがあったんでした。あなた、サラサールという貴族を知っていますか?」
そうしたら妙な態度が返ってきた。
何か気に障ったのだろうか、バーニィが一気に険悪な顔付きに変わったのです。
「おい、ネコヒト……、どこでそのクズ野郎の名前を聞いた……?」
クズ野郎とはまた敵意丸出しだこと。
そうですか、シスター・クークルスのお相手は、あなたの人物評ではクズ野郎になるのですか……。
「そいつはよ、貴族は貴族でも、王族だ、次期国王だ。だが女ったらしで多くの側室を持つ、最高のクズ野郎だよ。何がクソかって言やぁな……」
「パティア、ちょっとあっちに行こうか。一緒に冷たい水でも飲もう。手足も冷やしたいしな」
「おー? そうだなー、おいしいみず、のんで、もうひとがんばりだなー!」
それがあまりに口汚いので、教育によろしくない言葉を警戒してか、リックがパティアを湖に連れて行ってくれました。
「側室に入った者の5分の4が不審死を迎えるんだよ。ハーレムの間で殺し合いが始まって、やつが飽きた庶民の女から順番に死んでいく……ヤツは、わかってて野放しにさせてんだ……」
「それはまた罪深い。そうなると、今すぐ予定を繰り上げる必要が出てきましたか」
「へぇ、そりゃどういうことだ?」
「わたしたちの恩人シスター・クークルスが、そのサラサールに結婚を迫られていました。わたしの代わりに買い物をしてくれたり、聖堂のローブの手配してくれた方です」
これは何か軋轢がありますね、バーニィはよっぽどそのサラサール様が気に入らないらしい。
パティアに見せてはいけない敵意を全身から発散しておりました。
「確かにそりゃ、予定を繰り上げた方が良さそうだ。あのバカ王子、聖職者にまで手を出したのかよ……」
「明日、レゥムの街に行きます。夜逃げ屋タルトと蒼化病の里に接触するついでに、恩人クークルスをこの地に――さらってしまいましょう」
すると敵意に歪んだものが、気分壮快な笑い顔に変わった。
そりゃまた気分が良いと、バーニィ・ゴライアスらしくもなくリスクのある作戦を受け入れた。
恩人とはいえ、王子様に目を付けられた女です、それをさらえば恨みを買うことでしょう。もしバレれば、ですがね。
「ハハハッ、マジかよ、サラサールの女を略奪すんのか! いいねぇ、魔界らしくなってきたじゃねぇか。俺は賛成だぜ、アンタならどうにかしてくれると信じている、いや知っている、やってくれ、糞野郎に一泡吹かせてやれよ、ネコヒト!」
「お任せ下さい。わたしの誇りにかけても、必ず恩人を連れて戻ります」
さて、では早速――寝ましょうか。
残念ながらわたしはネコヒト、生涯起きている時間より寝ている時間が多いことを自負する者。
使命があろうとも、わたしは不眠症とは生涯無縁の生物なのです。
次章はスローライフから少しだけ離れ、花嫁略奪エンターティメントします。
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