7-5 成長したパティアと邪精霊トロール狩り
「相手にならなかったみたいですね。では次、結界の外に出ましょうか、今度は2人で獲物を狩りましょう」
「はじめての、きょうどうさぎょう……どきどき……」
この子は何を言ってるんでしょうか。
おねむになられては稽古になりませんので、抱擁をすぐに解いてわたしはさらに北へ向かいました。
盆地から傾斜面を上り、パティアに手を貸して高台の上に登っていったのです。
●◎(ΦωΦ)◎●
結界の外側に出ました。
わたしたちはそれぞれ、ハイドの術が封じられた猫の小物を持っているので、外部からも内部を認識できます。
「これ、パティアがやったのか……? なんか、しゅごいことに、なってしまっているー……」
「ええ、あなたの力がもたらしたものです。どんな力も使い方次第、槍だって物干し竿になれる、その典型です」
外から見下ろす大地の傷痕は色合いを変えていました。
不可思議なモノクロの世界がそこにあり、微弱な光を放っているのでずっと眺めているとチカチカとまぶしくなってくる。
太古の古戦場には、数々の陥落があちこちにできていて、こうなれば下手な魔界深部より妖しく神秘的です。
「あんぜんなばしょ、パティアがつくったのか……。にへへ、はやく、びょうきの、こたち、ここにー、きたらいいのになー!」
「……この光景をいつまでも忘れないで下さいね。では行きましょう、強い獲物を探しに」
「うん、ねこたんせんせーと、パティアはむてきだー! かかってこい、くまさんいがいならー、やっつけてやる!」
どうもクマにトラウマがあるようで苦手らしいです。
あいつらは臭くて、凶暴で、骨格も頑強でなので攻撃が急所に通りにくくて超面倒、ナワバリ意識も強く大食い、完全なる駆除対象でした。
●◎(ΦωΦ)◎●
それから高台の上を西の魔界側に進んでいきました。
するとそこで邪精霊トロールという、だいぶレアなモンスターと遭遇することになりました。
このトロールというモンスターは人型のわりに知能がかなり低い。猿の方がまだ賢いふしすらありました。
その反面、身長はわたしの約2倍もあります。
手足や胸周りは比較的スマートだが、腹は妊婦のように立派なビール腹、緑色の肌も相まってとにかく不気味な邪悪なる精霊様です。
「ねこたん、こいつ、こわい……なんだあのおなかはー、あかちゃんはいってるか?! はなみずたらしてて、なんかー、きもちわるいな……」
「ちょうど良い相手ですね、アレを狩りましょう。アレが結界の内部に発生しないとも限りませんので、将来の予行演習です」
トロールはわたしたちに気づくなり襲いかかってきた。
棍棒――いえただの倒木の残骸を手に、ヤツは鈍い動きでそれを振った。前衛として突進に突進で返してくる、ネコヒトに向かって。
「そんな雑なスイングではわたしに当たりませんよ」
わたしがトロールの注意を釘付けにした。
その間にパティアは威力の高い増幅魔法の準備に入ったようです。
むだ口も止めて、注意を引かないように付近の木の幹を盾にしていた。
「正解です、あなたのような後衛が弾幕を張っては、敵の注意をみすみす引きつけるようなものです。おまけにトロールの生命力は桁外れ、突いても突いても回復しますので、一撃必殺を期待しますよ」
獣じみたうなり声を上げて、トロールがわたしに棍棒を振りまくっている。
瞬間速度はとてつもない。しかしモーションがバレバレで初速も遅い。
こっちがレイピアでザクザクと内臓を突いてやっても、その怪物の傷は血を吐くだけで、スライムのようにみるみるふさがってゆく。
「おまたせー! いくぞぉー、ねこたーんっ、うおーー、パティアのひっさーつっ、すーぱービリビリ、だまー!!」
「一撃必殺とはオーダーしましたが、それではオーバーキルですよ。まあいい、さあわたしの娘よ、やっておしまいなさい」
「ねこたんいじめる、わるいこはー、ちんじゃえーっっ!!」
それは直径1mを超える電撃属性の塊そのものだった。
その雷球をパティアが両手で投げつけると、属性に相応しい超速度で邪精霊トロールに直撃した。
高電圧が怪物の肉を焼き、すぐさま炭化させて、落雷にも等しい轟音と共に危険な怪物を消し飛ばしていた。
「何か落ちていますね。やりました、これはトロールストーンのようですよ」
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……ふぇ、なんだ、それー、はぅーはぅー、ちかれたなぁぁ……」
あんななりですが、一応精霊です。
実体を失ったトロールは深緑の石に変化しました。
それはエメラルドやグリンベリルと比較すると透明度が低いものの、キラキラと光を透かせるレアな宝石でした。
「持ち主の生命力を少しだけ強化する珍しい石です。本当に少しだけですけどね。それよりお見事です、やり過ぎでしたが、確実にしとめるべき相手でしたのであれで正解です」
「にへへー……パティア、しゅごくつよいなー♪ こんなにつよいなんてー、しらなかったー、へへへへへへ……」
理解しました、パティアの魔法戦闘力は現時点で十分な火力と精度です。
そうなるとここからは、弱点をカバーしてゆく育成方針が正しいかもしれません。
実践経験と、8歳の女の子ゆえの身体能力不足、この2つがやはり不安要素です。逆に言えばこれさえカバーすれば安定性が格段に上がる。つまり超強くなる。
「ふむ……なるほど、本当にやるようになりましたね。さすがはわたしの娘です」
「そうだろー♪ ねこたんもー、そうおもうかー♪ じつはパティアもー、パティア、てんさいか……じぶんが、こわ……おもってしまったのだ……。パティアつよーいっ!」
それにここまで戦える力を得てしまうと、接近戦での立ち回りくらいは教えておかないと酷い火傷をすることになる。
うちの娘は魔法力に偏り過ぎているのですよ。
攻撃性能だけでは戦闘員として優秀であろうとも、そもそも無事に生き延びるという肝心の目的が果たされないのです。
「パティア、魔法の勉強は1度休憩にしましょう。初級課程終了、といったところですかね」
「ほへー? でもー、まだまだー、うちたりないぞー? いまのとろ……とろろ? とろろたん、もっといないかなー?!」
今の一撃でかなりの超魔力を発散したはずです。
だというのに、どんだけ無尽蔵なんですかあなた……。
「あんな巨人がゴロゴロしてたら生態系が崩壊しますよ。それとあれを駆除した影響で、この近辺の獲物の数が増えるかもしれません。お肉的にはプラスのいい仕事でしたよ、パティア」
「なんと! おにくふえるのはー、いいことだ。おにく、いっぱいたべたいもんなー。びょうきのこにも、たべさせたいなー」
そうですね。あの里の子らは誰も彼もひどく痩せていました。
それを太らせたら、さぞや気分が良いでしょうね。今のわたしたちの食い分がそれだけ減りますけど……。
「次からは武器の扱い方と立ち回りのお勉強です。さて、今のトロールとの戦いで、もしわたしがいなかったらあなたはどうなっていましたか?」
「うん、ちんでたなー! ねこたん、すごい、たのもしい! てきのこうげきー、あたったところ、いちどもみたこと、ないぞー?!」
ええ、わたしはそういうタイプの魔法戦士ですので。1発でも当たっちゃダメなのです。
「そういうことです。わたしがいない戦況もありえますので、次は防御面の方を充実させましょう。己の身を己自身で守りながら、敵を遠くに吹き飛ばせるようになりなさい」
「はい、せんせー! パティアならできるっ、がんばるぞー! ひっさつわざのなまえー、かんがえとかないとな……。あ、ねこたんからおそわった、ねこたんぱーんち! また、つまらないものを、たおしてしまった……」
わたしの娘は指先を猫のように丸めて、得意げに正拳突きしました。
その腕はあまりに細く、小柄で、見ているだけでわたしを不安にさせるに十分でした。
誤字報告、感想ありがとうございます。
抜け落ちがどうしても出てしまうので助かります。




