7-3 パティアは料理を教わるようです 2/2
しかし今の大声で頭が完全に目が覚めてしまった、そろそろのぞき見を止めましょうか。
わたしは身を起こして、書斎式ベッドの上で各種寝起きの伸びと、大きなあくびを上げました。
「あ、おはよう、教官。もしかして起こしてしまったか……?」
「ぉぅ……ねこたん、すまん、てんそん、あがりすぎたー……。だって、りょうり、たのしかったからー!」
「別にいいですよ。どうせ後で早寝するだけですしね、ふぁぁぁ……ん、んんー」
パティアが面白そうにわたしの柔軟運動を眺めている。
猫っぽいでしょうか……いえ逆です、猫どもがわたしの猿マネをしているだけで、わたしがわたしのしたいことを歪める必要などないのです。
「そうだった、教官。服、ありがとうございます。ずっと言おうと思ってたけど、言い出せなくて……とても、気に入ってる。今さらだけど、まさか他に荷物もあるのに、買ってきてくれるとは、思わなかったし……正直、言い表せないくらい、嬉しい」
「それも別にいいですよ。古着ですしね」
リックの古着はごく一般的な町民の服です。
大したものではありません。……実は胸の大きさという事情もあって、これの他になかったのです。
「パティアは、それー、かわいいとおもうー。ぱちぱちぱち……でもー、うしおねーたん、びじんだからなー……。おとこにはー、きをつけろー……?」
「バーニィの他にいないじゃないですか」
「え。ねこたんもー、おとこだぞー?」
「わたしお爺ちゃんですから、あいにくそういった若さは持ち合わせておりません」
するとリックがいきなり笑いだしました。
不思議な者を見るような目で、わたしを視線の中心に置いてきたのです。
「覚えてる? オレが教官の生徒だった頃も、同じことを言っていた。教官は変わらないな……」
「そうでしたっけ、まあそんな気もしてきましたよ」
リックは満足したのか暖炉に向かい、てきぱきと調理を進めていった。
パティアもその後ろ姿につられてアク抜きした山菜を取り出しに戻ったようだ。
胡椒とオリーブオイル、それにナツメグが手に入っただけで肉料理の味がさらに跳ね上がった。今日も楽しい夕飯になりそうです。
「あ、教官、後で稽古に付き合ってくれ」
「ええ。嫌ですよ、かったるい。お爺ちゃんですって、さっき言ったでしょ」
「あ……」
「教官は、都合の良いときばかり、年寄りぶるな……」
「ええ、年寄りとはそういう生き物です。バーニィでも鍛え直しておいて下さい、きっと鈍ってるでしょうから」
おや、ところがわたしの目の前にとうとつに娘が駆けてきました。
今度はどんな余計なことを考えているのやら、何となく既におっかなびっくりです。
「そうだった、ねこたん! パティアは、おねがいがある!」
「急に何ですか、わりと嫌な予感がしてくるのですけど」
「パティアなー、つよくなりたい! つよくなってー、びょーきのひとたち、パティアがまもる! みんなをー、まもれるように、なりたい!!」
「ふぁぁぁぁ……なんだ、そんなことですか……」
そんな気はしてました、料理だけに飽きたらず力も求めだすと。
リックもその気がかりな言葉にわたしどもを盗み見て、教官に意見したいのかその瞳を鋭く向けてくる。
わたしも小さくだけそれにうなづく。まずい傾向です。
「あくびあげてるー、ばあいじゃ、ないぞー、ねこたーん?!」
「ああすみません、あふ……なにせ寝起きですから」
わたしの娘は人類最強の資格を持つ。いえもうそれに片足を突っ込んでいる。
それが力を求め、誰かを守りたいと言い出した。
成長したら子や弟子というものは、わたしの言うことを聞かなくなるでしょう。ミゴーのバカ弟子のように。
これは争いに自ら身を投じる者に、やたらと多い傾向です……。
「……ま、いいですよ」
「えっ、ちょっと、待って教官っ?!」
「ほっ、ほんとうかー、ねこたん?! ぱ、パティアだけ、ひいき、いいのかー!?」
「中途半端に強い頃が1番危険です、格上や劣勢に飛び込んでいってあっさり死ぬ頃だからです。……それに子供が増えるとなると、保護対象が一気に増えるということです、いっそ今すぐ1人前になってもらいましょうか」
それにこれだけの才能があると、教えなくとも我流で育っていってしまいます。
禁じるのではなく、どうにか戦い以外の上手い横道に導いてゆく他にない。
「ね、ねこたん、なんかー……かお、こわいぞー……? き、きびしいのは、パティア、にがてだからなー!?」
「気がかりだが……、まあそうか。パティア、教官は元鬼教官だ……気をつけろ」
いいえ大丈夫です、これだけ素質があると手応えがあり過ぎて加減してしまうくらいです。
ここは大地の傷痕、モンスターが当然のように現れる土地、娘を育てて後顧の憂いを絶つといたしましょう。
「とりあえず……」
「ご、ごくり……どきどき……」
「お腹すいたので、明日からがんばりましょう」
「あ、そうだった! うしおねーたん、りょうり、もっとパティアにー、おしえてー!」
「うん、いいよ」
ああ、これはもしかしたらですけど……。
わたし、料理を教えるリックが羨ましくなったのかもしれません。
年寄りってそういうものですから……。




