7-3 パティアは料理を教わるようです 1/2
それから時と雲とお日様が流れて夕方、わたしは今日もこの時刻に目を覚ましていた。
実はわたしとしたことが皆につられて張り切ってしまいまして、昼寝に入るのがだいぶ遅くなっていたのです。
要するにまだ強いまどろみが、わたしをさっきからうとうとと気持ちよくさせていました……。
はて、しかしこれは一体……。今日はホーリックスだけではなく、わたしの娘まで白焔の暖炉の前にいました。
引き続き好奇心と眠気のシーソーゲームを続けながら、わたしは薄目で毛皮のベッドより2人の後ろ姿を眺める。
「手伝いたいだなんて、パティアも何だかんだ女の子だな」
「ふ、ふ、ふ……ざんねんだったな、うしおねーたん。よくわかんないけどー、ちがうぞー。パティアはー、てつだうふりをしてー、ひみつで、わざを、ぬすんでいるのだ……」
いえ突っ込んだら負けなのをあえて理解した上で言いますが、秘密もなにも今喋ってるじゃないですか。
「美味しいご飯の作り方、知りたいの?」
「な、なんでそれをしっているー?! し、しられたからには、このままには……、しておけない! うしおねーたん! おいしいごはん、つくりかたー、おしえてー!」
「うん、いいよ」
「や、やったー! おねーたんのごはん、うまいからなー、プロなみだと、おもう」
また目を開けるとリックの微笑みが見えた。
こんなに素直に笑う彼女をわたしは知らない。わたしが教えたのは敵の殺し方と、逃げることの大切さくらいなものでした。
「大げさだな、パティアは。じゃあまずは、教官が好きな魚のスープの作り方」
「じゅるり……パティアもそれ、好きだー……。じゅるる……じぶんでー、つくれたらー、さいこうだな……」
確かに。眠いですけどここは聞き耳を立てておくべきでしょう。メモ帳どころかペンすらない生活なのが悔やまれます。
「まずはお湯をわかすよ、この深鍋にくんで」
「あいさー! まってろー、すっごいおみず、くんでみせる!」
「うん、普通の水でお願い」
「あいあいさ! とーっ、たーっ、おりゃーっ! はぁっはぁっ、けっこうー、ふかいなー、これ……ふかなべ、だけに?」
何をしているんだろう、平気だろうかと気になって、いつの間にか閉じてしまっていた目を戻す。
するとパティアが腕で汗を拭い、大瓶から小さな水瓶を使って深鍋にくみ移す姿が見えました。
パティアはいちいち大げさです。ようやく終わったらしく娘が銀色の深鍋の取っ手をつかむところまで見守って、またまどろみの世界に戻ることにしました。
「ん、どうしたの?」
「お、おねーたん……お、おも、い……ふっ、ふぬっ、ふぬぅぅぅぅーっっ!! とーーっっ!!」
いやしかし眠いことは眠いですけど、どうも
気になります……。
娘のがんばりもむなしく、鍋はすぐにゴンッと地に戻されていました。
結果ホーリックスが代わりに手をかけて、パティアがそれにしがみつくように運ばれてゆく。あれではかえって重そうです。いえ力持ちのリックは平気な顔をしていました。
「魚は水から煮ると悪い臭いが出る、ちゃんと暖めた湯に入れるんだ。それと白身魚は身がもろいのが多いから、あまり早く入れちゃいけない」
「おふろもー、みずからはいると、よくないもんなー。あ、パティア、おふろはいったら、いいだしでるかー?」
「う、うん……? だしは出ないと思うけど……。でもお風呂、入りたいね」
「うしおねーたんと、はだかのつきあいか……パティア、すごーく、きょうみが、あります」
娘はリックの胸を、胸だけ見ながら言っていました。
その褐色肌の牛娘も純粋な方なので、恥ずかしくなってしまったようですよ。
「じゃ、じゃあ次はノビルを刻んで。とても、心配だけど……あっ、包丁を使うときはこうして……」
「あい! パティアはくんせい、いっぱいつくったからなー、じしんがある! ……はへ? なんで、て、まるめるんだー?」
「こっちの方が、手を切りにくい。最初は、こうした方がいいの」
照れ屋の牛魔族がパティアに包丁を握らせた。
まな板はバーニィが作ってくれたものです。パティアが心配なのかそわそわと横目を向けながら、ホーリックスは他の調理を進めていきました。
「はい、いっちょ、あがりー! うしおねーたんっ、でーきたよーっ!」
野生のネギ、ノビルを娘が刻み終えました。
きっと不器用な仕上がりだったのでしょうね、読みにくいリックの顔がフフフッと笑っていました。
「がんばったね。次はアサギ、これは柔らかい山菜だから、食べる前に入れるよ。刻んでおいてね」
「あい! ざくっ……ざくっ……ざくっ……よくきれるほうちょうはー、なんかー、きもちいいなー」
「見ている方は不安だよ。気をつけてね、ゆっくりでいいから、怪我しないようにゆっくり切って……」
「できたー! ごめん、ゆっくりむりだった! たのしー!」
戦場で恐れられた正統派の斬り込み隊長が、人間の子供の指先を心配する。
ちょっと趣味が悪い感想かもしれませんけど、なんだかおかしくて笑ってしまいそうです。もう戦士なんてキッパリ引退して、ずっとここで暮らせばいいのに……。
「次からはゆっくりね、やっぱり心配だから。手、切ってからじゃ遅い。……じゃ、次はアクを抜くよ」
「あく……? ぬく……だれ、やっつける??」
「この2種類はそんなにないけど、野菜は1度、水に漬けた方がいい。アクは、とても弱い毒、あまり美味しくない味だから……」
「どくか……おいしくないのはー、やだな。よしっ、パティアがやっつけよう!」
刻まれたアサギとノビルが、パティア製のぶきっちょうな水瓶に浸されました。
娘は自由にもガニ股になって、それを真上からジッと見下ろしているのです。
どうやらその隙に意外と心配性なリックは、他の調理を急いで進めてゆくつもりのようでした。
「あのなー、うしおねーたん、パティアよりちいさいこ、くるんだってー」
「フ……何だそういうことか。うん、そうらしいね。お姉ちゃんなら、料理くらいできないとな」
「うん! うしおねーたんもー、そうおもうかー! パティアはー、せいちょうするのだ! おせわに、なってばかりいられない!」
意図が伝わったことがそんなに嬉しかったのか、うちの娘は大きな声と不必要なジャンプを繰り出しました。
リックも槍を持つことのないやさしい生活に、安らぎと、同時に不安をいだく。少なくともわたしにはそんなたたずまいに見えました。