7-2 すっかりさっぱり忘れていた大事な事後報告
ここでは時間がゆっくりと流れていきます。
何かに急かされることはあまりなく、あるとすればタルトの視察を前提に環境を整えるくらいなものです。
いえバーニィはとても張り切っているようです。それに影響されて他の連中も……おや、そうなるとのんびりしているのはわたしだけですか?
まあともかくです、ハイドに隠された大地の傷痕、ここに帰還してより6日が経った朝のことでした。
「うしおねーたん、いつもー、ありがとー。パティア、まいあさ、こんなのたべれて、しあわせものだ……」
「パティアは大げさだ。でも、誉めてくれるのは、嬉しいかな……おかげで作りがいもある」
「俺も同感だぜ、ホーリックスちゃん。アンタ最高だ、飯ってやっぱ大事だわ」
朝食は胡椒と塩で味付けしたボアの焼き肉、それと白身魚のスープです。
あとは森で取ってきた山菜類や、果実が少々。どれも美味しいですけど、そろそろ穀物系が恋しくなってきました。
「そういえば、皆さんに言い忘れていたことがありました」
「話……教官、経験則から言います。それは、大事な話ですね?」
スープを軽くすすってバーニィ製の木器を床に置きます。
少しいびつで修行不足を感じさせますけど、これはこれでありです。味があるかと。
魚のスープはわたしの好物です。ですが猫舌もありまして、冷めるのを待たなければなりません。
そういうわけです、あの話をするなら今がちょうどいいのです。
「よくわかりましたね、そうです、大事な話があることをすっかり忘れていました。フフフ……歳は取りたくないものですね」
「おいおい、なんか嫌な予感がするじゃん……」
「ねこたんはー、のんびりやさん、だからなー。ふかふかだからー、しょうがないなー」
いえ、ふかふかとのんびりは全く繋がらないと思いますよ、たぶん。
さてこの話に文句を言うのはきっとバーニィ1人、それも3:1の多数決で押し切れるので事後承諾で何も問題ない。
「少し遠回しになりますが、夜逃げ屋タルトの依頼で、蒼化病患者の里に行きました。どうやら食べる物にも困っているらしく、タルトにボランティアに付き合えと言われまして」
バーニィの顔色が懸念へと一変しました。ええ、彼の計算からすれば予定外でしょうね。
ふと白身魚のスープをすすってみましたが、まだ熱い。ですがあっさりとした出汁がしみていて、とても美味しいです。
「それがまた、あまりにもあんまりな生活でしたので、彼らにここへの移住を勧めました」
「そうか、びょー……? そうかー、そうかー、なんだそれー?」
「パティア、それよりスープのおかわりはいるか?」
「あっ、いるー!! でも、ねこたんのぶん、のこしといてなー、おさかな、すきだから」
何とやさしい娘なのでしょうか。食べたいざかりだというのに、わたしのために白身魚のスープを残してくれるという……。
今日はいつもより張り切っていきましょう。それと予想通りこれは3:1の状況に持ち込めそうです。
「ちょ、ちょい待ちネコヒトっ、蒼化病だぁ?!」
バーニィは騎士、パナギウム王国の闇を知っています。
人間たちにとって蒼化病がどういうものであるかも。
さすがの彼も、予定していたプランがぶっ壊れると思ったのか慌てだしました。
「あなたの言いたいことはわかります。いくらはぐれ者の里を作るにしても、蒼化病患者は移民として問題があると」
熱いのでボアの焼き肉の方をほおばります。
胡椒、これ1つで肉料理の味わいが変わる。一口一口が次の買い出しのやる気になってくれます。
……もしシスター・クークルスが結婚するなら、代役を手配しなければなりませんね。
「なんでそんな落ち着いてられんだよ?! そうだよ、最高の夜逃げ先に、忌み嫌われる病にかかった連中があふれていたら、良い顔はしねぇだろ!」
知ったことではありません。はぐれ者を集めるのです、そんなことを言い出していたら切りがなくなる。
むしろ1番最初に振り切れてくれた方が、後からもめるより開き直りやすい。
「蒼化病というと、殺戮派のニュクスが寵愛しているアレか? 知らなかった、人間にも発症するのだな……」
バーニィ、リックのこの落ち着きを見習って下さい。
もしかしたら、患者の家族もこちらに抱き込めるかもしれませんよ? それはもう感謝されることでしょう。
「ええ、しかし伝染はしない。本来なら排除などせずとも共存できる病です、隔離する理由がない。だというのに彼らは、魔界側の森の中に追放されてしまっておりまして……」
リックが気の毒そうに目を落として、食べてる場合ではないと木器を地に置く。
彼女が人間に同情するのは少しわたしには意外でした。
正統派、それは魔王の後継者を僭称する者が作った派閥、人間からすれば敵です。彼女はその派閥に属している。
「タルト、アイツの差し金か……。隔離病棟のことは俺も前から知ってたよ。何度も民や聖堂の連中が騒ぎを起こしたりもした。しかしあのクソガキ、そう来やがったかよ……」
隔離は悪でしかないが助けようがない。
それが今日までのバーニィ・ゴライアスの蒼化病患者との割り切った付き合い方だろう。
しかしその前提はこうして崩れた。パティアの魔法オールワイドが、大地の傷痕を奇跡の隠れ里にした日から。
「里には子供しかいません。年長組から外に食べ物を探しに出て、順番に死ぬからだそうで……おまけにですね、わたしがその里におもむいた夜、同族の人間の襲撃を受けていました。返り討ちにいたしましたが、捨て置けば次こそ全滅します、見捨てれば寝覚めは最悪となるでしょう」
それにあのイケメンオークのジョグと、盲目のリセリを見守ってやりたい。
ジョグをあのままにすれば、同族から私刑にされるのが見えているのもある。彼は中立主義のわたしより立派です。だが無謀でしかない。
「親に捨てられた上に、同族にすら、刃を向けられたのか……。なんて、愚かなことをする……」
「かわいそう、だなー……」
「クソッ、そりゃスペシャルデラックスにクソみてぇなことになってんな……。ああ、タルトのクソガキめ、余計なことしやがって……」
文句を言いながらもバーニィは妥協を始めていた。
助けなければ彼らは全滅、わたしたちは新しい住民を欲している。
そもそも蒼化病すら受け入れられない移民を、わたしは欲してなどいない。
そういう連中は、パティアにも同じ目を向けかねないからです。
「……で、肝心の人数は?」
「41にもなってふてくされないで下さい。30名ほどです。どっちにしろタルトの視察に堪えうる環境を用意するのです。タルトは蒼化病患者にかなり肩入れしているようですし、損はありますが、悪くはありません」
「別にふてくされてねーよ。30人のガキどもな……労働力にもなるし、変にスレた大人よりはマシかね……。上手いこと学校のせんせーが夜逃げしてくれると、なおいいんだがなぁ~」
何となくシスター・クークスルの姿が脳裏に浮かびました。
薄緑の髪をしたやさしい彼女は、聖堂で子供たちに慕われていたように見える。
いっそ誘拐――するわけにもいきませんね、未来の貴族婦人様を。
「こどもだけで、くらしてるのか……。すごいなー……」
「ええ。イケメンの、ワイルドオークが今は守ってくれていますが、次に攻撃を受ければ防げません」
「教官、なんでそんな大事な話を、今日まで先延ばしにしてたんだ……」
リセリが仲間を説得するのに今少しの時間が必要でしょう。
よって今動くと、かえって悲惨なことになるかもしれないからです。
パティアはさすがにショックだったのか、それっきり目線をスープに落として黙り込む。朝からする話ではなかったかもしれない。
「ネコヒト、1つ教えてくれ。患者を襲うって、だれがそんなバカなことしてんだよ……ッ!」
「珍しく熱血ですねバーニィ。お察しとは思いますが、聖堂の連中です。魔族との混血児だの、ニュクスの寵愛だの、わけわからないことを言っていました」
魔族と人間の混血は発生しえません。
稀に例外が発生したところで、生まれる子供はどちらかの特徴しか引き継がないのです。
何を言ってるんだこのバカともは、としか言いようのない愚かな主張でした。
「つくづく愚かな連中だ……。教官、オレは、受け入れるべきだと思う。というより反対するのは、冷血漢のバニーくらいなものだな」
「見くびらないでくれホーリックスちゃん、文句はあるが受け入れに反対はしない。子供が殺されると知って元騎士がほっとけるかっ! 俺だってそこまで外道じゃねぇ!」
「ぉぉ……バニーたんっ、よくいった! えらいえらい、おとこだなー、バニーたん!」
パティアが拍手をしてバーニィを心より賞賛した。
それに続いて牛魔族リックまで続く。
「偉いぞバニー、バニーはバニーなりに、細部を案じていたのだな。それでこそ、いい男だ」
「う……急におだてるなよっ?! ホーリックスちゃんみたいな美人に言われると~、なんかこう、あれだな……? この感覚、酒場のお姉ちゃんに言いくるめられるアレに似てるわ、へへへへ……」
何となくわかるようなわからないような、いえやっぱりわかりませんね。
リックが今後バーニィの手綱を取ってくれそうかなと、少し将来を期待できる点以外には。
「こうなったら予定を早めるしかねぇな……。タルトのクソガキ……じゃなくて今はアレもただの年増か。あいつが来る前に水路を完成させるぞ、畑ももっと要る、芋と小麦をどんどん植えよう。クソ……なんでドロップアウト先でも、クズどもの尻拭いしなきゃならねぇんだよ……」
「あなたが善人で、地位は失おうとも、心根はまだ立派な騎士だからですよ」
「アンタまで褒め殺しかよっ! 雨が降るんじゃねぇか今日!?」
たまには誉めてあげようと思っただけなのに、バーニィは歪んでます。
ちなみにわたし、猫ではなくネコヒトですので顔は毎日ちゃんと洗ってますよ。たまに毛玉は吐きますが。
「あの、あのな、ねこたん……」
ところが急に心配になったのでしょか、パティアがらしくもなくひかえめにこちらへ目を向けました。
そのサラサラでさわり心地の良い頭をわたしの指が撫でる。たったそれだけで静かになっていきました。
「大丈夫、みんな親しみやすい良い子たちでした。けして殺させはしません」
「そうじゃなくて……、あのね、あの……」
「どうしたパティ公?」
「仲良くできるか、不安になったか? 大丈夫だ、パティアは明るくて、楽しい子だ」
何か言いたいようですが、上手く言い出せないように見える。
やがて諦めたのか目線を落とし、残り少ないスープを飲み干して、肉をひっつかんだ。
「はぐはぐはぐはぐっ! ふぅぅっ、ごちそうさま、うしおねーたん! パティア、いまからおみず、いっぱーい、くんでくるー! それおわったら、いも、いっぱいうえるー、しゅっぱつぅぅー!」
ブロンドの小さなレディは大声で趣旨のわからない自己主張をして、司令部けん居間を去っていきました。
水路作りと種まき、それと城の掃除を進めて居住スペースの確保を急ごう。
ただの業務連絡
沢山の誤字報告ありがとうございます。
とても助かっております。