7-1 パティアと悪いおじさんのちょっとした昔話 2/2
「そりゃダメだ、俺がネコヒトにぶち殺される。ていうかよ、俺は別に復讐のために泥棒したわけじゃねーよ」
「そうなのか……? でも、バニーたん、ぬすんでやったー、いうとき……、ちょっとたのしそうっ、うれしそうっ! ぜったい、わるいと、おもってないなー♪」
「おう、悪いとはこれっぽっちも思っちゃいねぇよ」
「おおー、かっこいい! バニーたん、いがいとー、かっこいいなー! どろぼうかぁー……わるくないなー」
ネコヒトが聞いていたら2人そろってお小言確定だなこりゃ。
つくづく俺ってやつは教育によろしくないようだ。
「悪いよ」
「えー、そうかー? わるいやつからー、うばうっ、せいぎのみかた、バニーたん! かっこいい……」
なんてこった、妙なことを吹き込んじまったかもしれん……。
こうなったらしつこそうだ、こりゃ話をそらすか。
「さっきの話だが、10本指のうち左の小指1本分くらいは――俺も復讐のつもりで金を盗んだかもしれん。俺は大工の息子だが、10歳の頃に養子に出されたんだ」
「よーし……? パティアとー、ねこたんみたいな感じかー?」
「意味はそれで合ってる。パティ公ほど俺は恵まれちゃいなかったがな」
「あ、しってる! えっとー、それー、えーっと、あっ、さちうす、あぴーるっ!」
どこで教わったんだよ、そんな妙な言葉……。
だけど俺は少しだけ安心していた。さっきからお子様がだいぶ元気を取り戻してくれていたからだ。
「俺は人よりずっと身体が強くてな、おまけにガキなのにやたらとずる賢かったからな……。そこを育て親の騎士、ゴライアスに目を付けられたんだ」
「なあなあー、あってるー? さちうす、あぴーる、あってるー?」
「うるせぇっ、あってるよっ! 俺ぁ今、幸薄アピールしてぇ気分なんだよーっ!」
「あってたかー、あははーっ、バニーたん、おもしろいなー!」
子供っていうのはどうしてこうマイペースかね……。空気を読んでおっさん(41)の話を聞いてくれや。
風が少し強くなり、湖水をさざめかせて冷たい空気が俺たちの肌を撫でていった。
「バニーたん、ムキムキだからなー! それにー、いまはー、わるいおとなだ! そのまんま、せいちょうしたなー!」
「そうだぜ、俺は悪い大人だ、見習っちゃいけねぇぜ」
そのまんま成長したか……否定できねぇ。
だけどよ、男ってそういうもんだろ? 変わっちまったら味気ねぇよ。
「で、続きだ。ゴライアスに貰われたときは、俺は人生開けた気でいた。これで大工修行も、貧しい生活も終わりだってな。だけどよ、ゴライアスお義父さんは鬼のように厳しい男だった。俺はソイツの後継者に選ばれちまったんだ」
「それわかる! わかるぞー、バニーたん……。パティアのねこたんとー、どっちがきびしいかー?!」
「そりゃ俺のお義父さんだ」
「えぇーー?! ねこたん、ああみえて、けっこう……、きびしいぞー……?」
気づいたら自分の口元が笑っていた。
こういう優しい感情すら俺は失っていたんだなと、ふと思ってしまう。
「ネコヒトは甘いよ、正直じゃないだけでお前さんを溺愛してる。だがうちのお義父さんはよ、使命に生きるシリアス男だったんだよ」
「へへへ、えへ、にへへへへへ……。できあい……されちゃってたかー、パティア。うん、パティアもー、そんなき、してたなー!」
あの頃、鬼のしごきを受けたから俺は生きている。だが絶対に礼は言わねぇ。
もし地獄に堕ちたら、最低の青春時代をありがとうとヤツに言ってやりてぇわ。
俺は騎士ゴライアスの自己満足のために、やつに武芸を仕込まれた。そこに愛なんてなかった。
「20年以上前だ、そのお義父さんが死んだ」
「しんだ……。そうか……バニーたんも、パティアとおなじ……そっか……」
パティ公のテンションが急に下がる。
しんみりしてくれなくていい、別にこっちはそういうつもりじゃない。
「違うね、今のおめぇは恵まれてるぜ。ネコヒトにホーリックスちゃん、どっちも良い親だ。ついでに俺みたいなお兄さんだっているしな」
「おにいさん……? バニーたんはー、もうおじさん、だとおもうぞー? あのなー、いつまでも、わかものぶると、かっこわるい、おとーたんいってた」
うっ……ハッキリ言いやがったな親御さんよ……。
だが違う、俺はお兄さんとおじさん、その2つは両立するものだと思っている。よって俺はまだお兄さんだ!
「あー、話戻すぞ? 騎士ゴライアスは忠臣だった。ある日、国に死ねと言われて死んだ。無茶苦茶な陽動作戦を命じられ、結局それも十分な結果にはならず、無駄死にした」
「きし、たいへんだな。むつかしいから、はんぶんくらいー、わかんないけどなー。おとーたん、しんじゃうのは……、かなしいことだ……」
「ところがだ。俺はな、お義父さんの訃報を聞いたとき、笑ってたんだよ。死んでくれて良かったと思った、これで今日から跡継ぎの俺が騎士ゴライアスになれる。厳しい父親ともオサラバだ、最高だったぜ!」
どう反応したものやら困ったのだろう、パティ公は黙った。
実際、聞かされても困る話だ、ぶっちゃけると誰にもこれを話したことがない。一緒に暮らしてた家政婦のババァくらいしか知らねぇことだ。
「バニーたん……わるいこだな……。すごく、わるいこだ……なんてやつだ……」
「今さら気づいたか? だから俺を見習って泥棒になるなんて……お、どうした?」
パティ公が木から下りようとしてきた。
今日はオーバーオールの方を着ている、こっちの方が畑仕事もしやすい。
服を草木の枝にひっかけることもないので、活発なパティ公は気に入っている。
しょうがねぇのでソイツの靴底に手をかけて足場にしてやった。
「とうー!」
「とっ、おわぁっ?!」
すると何を勘違いしたのか、クルリと反転して俺の胸に飛び込んだ。
しかもそのままくっついて離れやがらない……。
まだ涙が残っていたのか、俺の肩に顔をなすり付けてきやがった。
「だからおかね、ぬすんだのか……?」
「さあな! 難しいことはわかんねぇわ!」
こうなりゃこっちはこうしてやる。
俺はパティ公を持ち上げて、首にまたがらせた。子供の喜ぶ肩車ってやつだ。
「おおー! バニーたん、バニーたんでっかいなー、いいながめだぁ! きのうえと、おなじくらい、みずうみのキラキラがみえる!」
「気分が向いたらまたしてやるよ。気分が向いたら、だけどな」
忠節を尽くした騎士ゴライアスは捨て駒にされた。アレ以来、俺はわからなくなっちまった。
俺の青春時代は、なんでこんな下らねぇことのために消費されたんだってな……。
騎士ゴライアスがこだわったその忠義と名誉、そいつが2000万ガルドと共にパナギウム王国から消し飛んだときは、やっぱ最高の気分だったぜ。
今日まで育ててくれてありがとう、お義父さん、あくまでついでに仇はとっといたぜ、だ。
「バニーたん、むしするなー! あっちあっちー、あっちあるいて! これからはなー、さびしくなったら、バニーたんに、のっけてもらうことにするぞー」
「へいへい、こちとらいい歳だ、ほどほどにしてくれよ」
それはそうと最近やべぇよ、騎士やってた頃の100倍楽しいわ。
はははっ、ざまぁみろパナギウムの王族どもっ、俺はここでよろしくやってるぜ! てめぇらの2000万ガルドはもう、2度と取り戻せねぇってことだ!
「バニーたんバニーたん、いけーっ、ジャンプだ! あとちょっとできのみ、とれる! ジャンプっ、ジャンプだーうさたん!」
「無茶言いやがるな……俺はウサギじゃねーよ、バーニィだ。……後で腰揉んでくれるか?」
「もち! パティアのパンチとー、ふみふみ、おみまいする! さあこいっ! ……よしっ、やったーっ、ついに、とったどーっっ!!」
「おお、甘そうなサルナシじゃねぇか。よっし、あっちにもあるぞ、取ってくれるかパティ公?」
「うしおねーたん、サルナシすき。ポイント、かせげ、バニーたん」
「そりゃありがてぇ、ホーリックスちゃんは美人で好きだよ俺ぁ」
わはは、騎士なんてクソ食らえだ。
さあタルトのクソガキ、早く来い、この最高のドロップアウト先を俺に紹介させろ。
どこの世界にもいられなくなったはぐれ者の里を、魔界と人間界の狭間に打ち立ててやるんだよ! 他にすることもねーしな!




