7-1 パティアと悪いおじさんのちょっとした昔話
前章のあらすじ
ネコヒト、豊かな生活とご飯のために再び東を目指す。
人類の絶対防衛線ギガスラインを我が物顔で越え、レゥムの街に到着、シスター・クークルスを誘って種、衣料、スコップなどの必要物資を調達した。
その後クークルスと別れ、レゥム旧市街にある夜逃げ屋を訪ねる。
そこの店主タルトはバーニィの知り合い。彼の名を出して夜逃げの候補地として大地の傷跡を紹介する。
バーニィの無事を姉御肌の店主は心より喜び、したたかにもベレトにボランティアへの協力を求めた。
それは蒼化病の隔離病棟への物資・輸送依頼。場所はギガスラインの魔界側。闇夜にまぎれてネコヒトは再びギガスラインを越えた。
やがて蒼化病の里にたどり着くとリセリという女の子の歓迎を受ける。
彼女が言うには、ときおりイケメン魔族のジョグが里に現れ守ってくれる。リセリはそんなジョグに憧れていた。
深夜、蒼化病の里が聖堂の手先に襲撃された。
蒼化病を魔族との混血と決め付けて殺戮を始めようとしたところを、ネコヒトのレイピアが彼らを全て帰り討ちにした。
救援に現れたイケメン魔族のジョグが、ワイルドオークという容姿に恵まれぬ種族だったというオチを残して。
恵まれぬ彼らを哀れみ、ネコヒトは大地の傷跡の話を持ちかけるだけ持ちかけて、娘パティアの元へと帰って行くのだった。
マタタビでベロンベロンにされるとは、まだつゆさえも知らず。
●◎(ΦωΦ)◎●
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隠れ里の騒がしい日常
とろろ VS パティア
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7-1 パティアと悪いおじさんのちょっとした昔話
SIDE:悪いおじさん
騎士ゴライアスといや、公平、実直、真面目、根っからの忠義者。それゆえに下級騎士という最底辺の階級ながらもパナギウム王家から厚く信頼される男だった。
……ま、ご立派だったよ、騎士ゴライアスは。
しかし身内からするとその評価はちょいと変わる。俺のお義父さんは身内にとんでもなく厳しい男だった。
変人の域って言っちまってもいい。幽霊も大地の傷痕まで説教しに来るほど暇じゃねぇだろうしな、今ならそう言える。
そいつは妻もめとらず、代わりに後継者として大工の息子を引き取った。
俺と奴隷出身の老いた家政婦だけを自分の家族にした。
それがまったく愛想の悪いババァだったわ。主人に捨てられてのたれ死ぬってところを、ゴライアスに拾われたそうだってのに、感謝してるようにはまるで見えなかった。
ま、俺はそんなお義父さんの名誉を踏み台にして、2000万ガルドを盗んだバカ息子さ。
だがやつはとっくの昔に墓の下、家政婦のババァももう生きちゃいねぇ。
騎士ゴライアス最大の間違いは、俺を養子に選んじまったことってわけだ。
・
昔のことはともかく、今は今のことをしなけりゃならん。
その日、俺は午前をたっぷり使って畑を広げ、今は小石を探して東の森や、湖の岸辺をうろうろほっつき歩いてた。石を水路に沈めるためにだ。
スコップは手に入ったが、ただ川に水路を繋げるだけでは泥が流れ込んじまって清らかな水にはならない。
だが水路の底に小石や砂利があれば、細かな泥は石の隙間に沈んでくれる――といいんだがな、どうなるやら。
「んー……?」
ネコヒトが編んでくれた大きな籠に、たっぷりと小石が集まった。
で、採集が一段落して意識がそっちに向いたんだろうな。俺はふいに奇妙な鳴き声を耳にして、周囲をうかがうことになった。
人間からすればギガスラインより西側は魔界も同然だ。
モンスターと呼ばれる怪物がどこからともなく現れて人と魔族を襲う。
あの要塞は魔族に対抗するためだけではなく、得体の知れない怪物どもが、人間の世界に流れ込んでこないようにするためにある防波堤だ。
ああ、だけど違ったわ。そいつはモンスターの鳴き声ではなく、泣き声だった。
この時間の岸辺は東からの日射しと、湖水の反射が重なってキラキラとまぶしい。
その岸辺の木の上に、うちのパティアの姿があった。こりゃ、ベソかいてるみてぇだ。
「よう、なにベソかいてんだ? ていうかお前、いっちょ前に落ち込んだりすんだな」
それに近付いて軽くからかってやった。
恥ずかしいところを俺に見られたんだ、小娘は動揺して木の上でこちらに振り返った。逆光を背負われるとまぶしいだろ、パティ公。
「ないてないもん!」
「いや普通に泣いてただろ」
「ぅ……ないてないって、いってるでしょ! パティア、みんなといっしょで、たのしいもん……かなしくなんか、ないもん!!」
「ああそうかよ。あどっこいせっと……。は~、疲れた疲れた、疲れたよおっさんは」
日陰を選んで木の幹の下に腰掛けた。休むにはちょうどいいタイミングだ。
「バニーたん、なにしてた……?」
「見てわからんか? 石ころ集めてたんだよ。これを水路に埋めたら泥が上がりにくくなる。要するに便利になるってことだ」
「そっか……」
「まあ応急手当だ。余裕ができたら陶器の板を並べて、綺麗にするのもいいな」
わかっちゃいたがパティ公にいつもの元気がない。しょうがねぇから休憩ついでにぼんやりと様子をみた。
湖の見える日向に移動して、ゆっくりと湖水を眺めてただ休む。
今日は良い天気だ、よく晴れていて風も雲もゆるやかだった。
「おーい、パティ公よ~?」
返事はなかった、こりゃよっぽどだ。
そんなお子様に影響されてか、俺まで気分がしんみりしてくる。
あの男の息子になってからというもの、こうやってゆっくりする機会なんてそうそうなかった。
お義父さんの期待に応え、弱い民を守るという義務に俺は必死だった。
「で、なんで泣いてんだ?」
「……ないてないっ! ないてないのにー、しつこいぞー、バニーたんっ!」
「じゃあどうして悲しいんだ? お前、ネコヒトに拾われる前は何してたんだよ。本当の親はどこだ?」
おおかたこのへんだろう、探りを入れた。魔族と人間の間に子供は産まれねぇ。ならパティ公はどっから現れた?
パティ公が質問に答えてくれるかはわからん。
残念だがお子様が沈黙を選んだことで、また会話が終わっちまった。
人のこと言えねぇが、ここは素性の怪しいヤツが多いな。ホーリックスちゃんが1番まともかもしれん。
「ころされた……」
「へ……?」
「ころされた。おとーたん、なにもわるいこと、してないのに……わるいにんげんが、おとーたん、ころした……」
「そりゃ……」
こりゃどう慰めたらいいんだ。すぐに言葉が浮かばなかった。
普段あれだけ明るい笑顔をまき散らしてるくせに、思ったよりずっとヘビーな人生送ってるじゃねぇか……。
「くやしい……さびしい……。はやく、おとなになりたい……」
「おい、まさか大人になって復讐するつもりか? それはネコヒトが許さねぇわ。そんなつまんねぇことすんなよ」
ああ、辛気くせぇ……似合わねぇぞパティ公。そいつは毒だ、憎しみは人生をクソにする。
「ぅぅ~……どろぼうさんにー、いわれたくない!」
「わははっ、そこ突かれると痛ぇわ~! だけどよ、止めとけ、それは夢も希望も無くなったやつがやることだ」
「やだっ、ゆるせない! おとーたんのかたき、とる! ねこたんは……、だめ、いったけど……」
パティ公にとってネコヒトの存在は大きい。怒りを見せた後にトーンダウンした。
子供がよ、そういう顔するんじゃねぇよ。
騎士やってりゃ、憎悪に狂って悪党に堕ちたやつらを何度も見ることになる。つまらん末路だった。
「ネコヒトの旦那は300年生きてるそうだからな、たぶん……復讐をな、したことがあるんだと思うぜ」
「そ……そうなのか……?!」
「そりゃあの体格であの強さだぞ、尋常じゃねぇ努力をしてきたことは間違いねぇ。ネコヒトって種族は、本来あそこまで強いもんじゃねぇんだよ。ザコだよ」
ホーリックスちゃんなら詳しく知ってるのかね。教えてくれるかどうかで言えば、教えちゃくれねぇかもしれねぇな。
人間である俺に壁を作ってるみてぇだし。
「で、思い付く動機といや、やっぱ復讐かね。忠義一つじゃあそこまで強くはならねぇ。忠義心なんてもんは、ちょっと事情が変われば、簡単に消えちまうものだしな……」
「だから……、バニーたんも……。ふくしゅう、したのか……?」
いきなり妙なところを突かれた。意外と鋭いじゃねぇかパティ公。
だけどよ……そんなご大層なもんじゃない。
「俺はただ泥棒をしただけだ。金が欲しかったから盗んだ、苦労に見合った金額を、キッチリいただいただけだね」
「じゃあ、パティアも、どろぼうになるっ! でしに、してくれー、バニーたん!」
おい、何がどうなったらそうなるよ……。
まあ確かに、復讐で相手ぶち殺すよりはまだマシになってるが、それ方向性は変わってねぇだろ……。