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6-9 ムスメ サビシイ スグ カエレ

 超広範囲化したハイドに包まれ存在を消した土地、大地の傷痕にわたしは帰ってきました。

 青々とさらに成長した畑から、朝日に照らされた古城を見上げる。


「ね……ねこ……ねこたぁぁぁぁぁーんっっ!! おか、おかえりぃぃぃーっっ!!」

「おわっ、ちょ、あいたっ?!」


 畑にはスコールによる水まきの跡がありました。

 そうなると生活用水の水くみを始めている頃か。そう思っていた矢先にパティアが湖側の森から姿を現しました。

 タックルをぶちかまし、体重の軽いわたしをリュックごと湿った地面に押し倒していたのです。


「何をするんですか……」

「すまんねこたんっ……この、このもふもふがーっ、パティアはこいしくて、こいしくて、もうがまん、がまんできなかったんだー!」

「教官、お帰りなさい……そろそろ戻ってくると、思ってた」


 そこにホーリックスまで、パティアと同じ方角から緩やかな足取りでやってきました。

 わたしが押し倒されてモフられまくってるというのに、感情のわかりづらいその顔でわたしたちを見下ろすばかりです。


「おーネコヒト、やっと帰ってきたか。昨日はマジで大変だったんだぞ……、パティアが手を切るわ、夜中なのにいつまで経っても寝ねぇわ、ぁぁ、寝不足だよ俺は……」


 パティアの手を見ると、指に一筋の赤い線が走っていた。

 また予想の付かない類のやんちゃをしたのだろう。


「ふふ……バニーはがんばったよ。立派にパティアの世話をしていた、おかげで助かった……」

「うん、パティアも、バニーたんのおせわ、がんばったぞー。ねこたんいないと、バニーたんも、さびしそうだったからなー」

「ほぅ、そうなのですかバーニィ? 例えば兄のような感情を、わたしに抱いていたりするのですかね……?」


 パティアが立ち上がったので、わたしもリュックを外して身を起こしました。

 タルトが報酬代わりにくれたコレは丈夫で大容量、今後も出番に事欠かないでしょう。


「いやぁ、毛だらけの兄を持ったことなんてねぇしなぁ、そこはわからねぇな。お、早速戦果のお披露目かい?」

「ま、まさかねこたん……おみやげ……おみやげかってきたのかーっ?!」


 わたしはバックからパティアのおみやげ(・・・・)を取り出し、さっと彼女に手渡しました。

 それは同じ趣味を持つクークルスが選んだだけあって、確かにもふもふでふかふかの、パティアの好みのものだと思っています。


「わあああーっ、うしゃ、うしゃぎだぁー!!」

「うさぎのリュックか……考えたな教官」


 ギュッとパティアはそれを抱きしめました。

 しかし人形だと思い込んでいたのでしょうか、リックの言葉に1度包容を解除して、それを高くかかげて、まじまじと観察して瞳を次第に輝かせていきました。


「か、かわいい……っ! でも、それだけじゃなくて、なんとっ、ものもはいるー! しかも、ふかふかだー! ぉ、ぉぉ……しゅ、しゅごしゅぎる……こんなものあったのか……せかいは、ひろいなー。ねこたんっ、すごく、きにいったー! これはいい、これはいいものだ……」


 やはりウサギのぬいぐるみ型リュックがベストアンサーでした。

 パティアはそれを胸に抱いてクルクルと回りだし、それに満足すると背中に背負う。

 だが背負ってはかわいい姿が見れないと気づいたのか、すぐに抱えなおしていました。


「オリーブオイルに、蜂蜜、塩、こりゃなんじゃネコヒトよ?」

「それは乾燥パセリ、こっちがナツメグ、あと胡椒です」


 バーニィがリュックを勝手に漁りだした。

 リックも気になってかそれに歩み寄り、一緒になって調味料各種を手に取る。うちの料理人は手応えを覚えたようです。


「これだけあれば……、パティアと教官に、美味しい物を作ってあげられる……バニーにも」

「何で俺は微妙におまけポジションなんだよ……。オリーブの木があれば、自分たちで絞れたんだけどなぁ」


 それはこの辺りでは見たことがない。

 獲物の油脂があるので、なくてもさほど困らないと思う。


「ねこたん、こっちきてー! ねこたんにー、おみやげのおかえしが、あるんだぞぉー」

「パティア、あまり年寄りの手をガンガン引っ張らないで下さい。まあ、戻って寝たいので、都合が良くもありますけど」


 パティアに引っ張られてわたしは食糧倉庫に連れて行かれました。

 隣の部屋に入れば書斎式ベッドでわたしはすぐ眠りにつける。


「驚くなよネコヒト」

「教官、これはパティアの気持ちだ……」

「じゃーんっ! あゆーんの、くんせい! これっ、パティアが、つくったんだぞー! ほらみろ、て、きっちゃった! でもねこたんのためにー、がんばったんだぞー!」


 これは驚きました、指の怪我はこれが原因だったのですか。

 アユーンだけではなく、イワーンにマッスン、サモーヌまで薫製になって食糧倉庫に山ほど吊されていました。


「さあくえ、いっぱいくえねこたんっ。いっぱい、つくったから、おさかなだけでー、おなか、いっぱいになれるぞー!」


 それ全てをわたしが独り占めしてもいいと娘が言う……。

 加工された魚が放つ美味しい芳香、それがスモークされて格段に香りと味を引き上げ、歩き通しで空腹だったわたしのお腹をギュゥギュゥ刺激する。


「パティア、あなたがわたしの娘で良かった……。こんな幸せは、実に300年ぶりです。いただきます、こんなもの、もう我慢できません!」


 感動しました、ただちにわたしは好物のアユーンを頭からがっついた。

 贅沢にどんどん噛み砕き、次はサモーヌです。その次はマッスンにしましょう、口直しはイワーンです! 魚から魚、それから魚です!


「わっはっはっ、すげぇ食いっぷりじゃねぇか」

「教官が、喉を鳴らすほど喜ぶなんて、珍しいものを見た……」

「ねこたん、なんかー、ねこみたい! うんっ、ねこだこれー! よーしよしー、ねこたんうまいかー? パティアうれしい……これがー、いたわりの、こころか……ゴロゴロ~♪」


 干し魚というのは不思議なものです。いくら食べても腹に入ってしまう。

 脂の溶け込んだ身が舌にとろけ、タンパク味と塩気がわたしを魅了する。ああ、素晴らしい……。


「そんなねこたんにー、これもあげちゃうぞー。これー、しってるか、ねこたん? ねこといったら、これだ……またたび! とっといたぞー、ねこたーん!」

「ちょ、いつの間に……。そりゃまずんじゃねぇかパティ公……っ」


 マタタビですって?

 それ、それもわたしの好物です。故郷ではマタタビ酒なんかを仕込んだりして、みんなでわいわいやったものです。喜んでいただきましょう。


「ダメだパティアッ、教官にマタタビを近づけると……」

「ふふふ……何も、問題、ありませんよ。ふ、ふふ、ふふふふふ……ふにゃぁぁ……♪」


 干しマタタビを嗅ぎ、1つかじっただけでわたしはグニャグニャに出来上がっていた。


「おおーっ、ねこたんまるまった! あははははっ、ほんとの、ねこみたい!」

「ゴロゴロ……ちがいます、ゴロゴロ……。ネコでは、ありません……ネコヒト、だニャァ」


 床でゴロゴロしながらしゃぶる薫製は、どうしてこんなに美味しいのでしょう。

 奇異の目線を受けている気もしないでもないですが、今は気分がいいのでそんなのかまいません。


「すげぇ効き目だなこりゃ……確かに、ただのでっかいネコじゃねぇかこれ……。おーい、ネコヒト、アンタはそれでいいのか? まんまネコだぞ今のアンタ?」

「マタタビはネコヒトの好物で、弱点でな……。特に教官は近づけるだけで、こうなるんだ……」


 幸せにグデングデンになっていると、わたしのお腹にパティアが潜り込んで顔をよせてきました。

 モフられるのは嫌いではありません、わたしも積極的にかわいくてとても偉く賢い、我が子に身を擦り付けました。


「パティア、今の教官に触ると、引っかかれるぞ……」

「えー、そうなのかー? でもー、ねこたん、きもちよさそうだぞー?」


 薫製と一緒にマタタビも嗅げて、さらに毛並みを撫でてもらえるなんて天国です。

 なぜ引っかく必要があるのかわかりませんね。


「ありゃ、普通のネコとはやっぱ違うのかねー? ほー、イッ、イッテェェッッ!?」


 パーニィが油断丸出しで近づいてきたので、わたしは何となくフシャーッ、と引っかいておいた。

 今はこの子以外には触られたくない気分、そうそんな感じがします、だからやりました。


「くぅぅぅ……やっぱただのデッカいネコじゃねぇかコレ! あだだだ……うわ、ミミズ腫れになってやがる……」

「つまり、教官にとって、パティアだけは、特別……?」


 それにしてもバーニィは引っかきがいがある身体をしています。

 もっとたくさん爪を立ててやりたい気分になってきました。

 ですがわたしはパティアから離れることが出来ない、モフられて最高にヘブンだったからです。


「パティアは、ねこたんのとくべつかー、へへへー♪ ねこたんも、パティアのとくべつだ。またたび、ふにゃふにゃのねこたん、かわくてー、ふかふかでー、もふもふだーっ! ねこたん、おかえりー、おかえりーっ、ずっとまってたんだぞー!」

「ミャー♪ ゴロゴロ……」


 魔王さま、わたしの娘は最強です。やはりこの子は、モフりのプロでした……。



 ◎●(ΦωΦ)●◎



 夕方前に深い眠りから目覚めると、わたしが深い自己嫌悪に陥ったのは言うまでもない。

 わたしはネコヒト、猫ではない。断じて年がいもなくミャーとか鳴いてもいない。

 わたしは愛玩動物ではなく、ネコヒトという一己の種なのです。


 魔王さま……どこかでわたしを見ているのならば、今朝のことはどうか、どうか忘れて下さい……。

 もう、マタタビになんて手を出しませんから……。

 ああ、わたしは何という醜態を……。


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