6-7 同族に対する人間の悪意
夜が更けてもう深夜です。
リセリのルームメイトが部屋に戻ってきてベッドに入ったのも、思えばずいぶん前でした。
「すみません、すっかり話し込んでいたみたいで……」
「フフフ、年下には語りにくいことだったのでしょうね。では、わたしは己のすみかに戻ろうと思います」
「こんな真夜中に、森を進むなんて……エレクトラムさんは強いんですね」
「いえ、娘を待たせているので、少しでも早く帰りたいだけなのです」
わたしはそう伝えて、子供を起こさないように気を使ってテーブルを立ちました。
そういえばタルトから言づてがありました。
「そうそう、骨董屋のタルトを知っていますか?」
「はい、タルトお姉ちゃんには、お世話になってます」
「彼女からあなたによろしくと。今日のコレも彼女の差し金です」
「では私からも、お姉ちゃんに、ありがとう感謝してると――」
関係も事情も知りません。ただ言づてだけを果たせばそれで十分です。
この里の者に同情すれば、それは重くわたしの胸にのしかかるでしょう。
なぜこんなかわいそうな子供たちを、あなたは救わなかったのだと。
ところがそれだけで終わらない、外から女の子の金切り声が上がった。
それは連鎖して、たちまちパニック同然の大騒ぎに変わる。やすらぎの里に招かれざる客が現れたのだ。
「またあいつらが来た! 逃げて、みんな、森の奥にみんな、逃げて!」
「あっ表口はダメだよッ、エレクトラムさん!」
わたしはただちにローブをまとい直して、リセリの制止を無視した。
表口から堂々と外へと出ると、するとそこにはパナギウム王国の冒険者たちがいたとくる。
それが隔離病棟の子供たちを襲い、追い回していたのです。
「蒼化病は魔族の子の証だ! 魔将ニュクスの寵愛を受ける怪物どもだ! 殺せ、殺せ、一匹残らず殺してしまえ!」
聖堂の所属だろうか、立派な法衣を着込んだ者が混じっていた。
ソイツが雇い主かどうかはわからないが、ざっと概算しただけで敵は20近くもいた。
「嫌ッ、嫌ッッ、殺さないでッ死にたくない!!」
先ほど手紙を貰い損なった女の子がいた。
それが汚い冒険者に馬乗りにされ、刃を突きつけられた。
「じっとしてな、死ぬ前に俺が大人の世界を――ぇ……」
なんと見苦しいことか……。
わたしはソイツをアイスボルトでさっと片付けた。
これだからわたしは、冒険者どもを狩りの対象としか見れないのです。
「何すんだお前ッ、おい囲め囲め、アイツを取り囲め!」
「聖堂のローブ? 誰だよてめぇ!」
注目と敵意、それに強烈な警戒心をわたしは浴びせかけられた。
もっと敵の注意を引かないと被害が増える。
囲むばかりで襲って来ない根性無しどもを無視して、少し遠くで子供を追いかけ回していた男を、アイスボルトでまた貫いた。
「お前たち何をしている、生まれ損ないの魔族の子ごと、そんなやつ殺してしまえ!」
「フフフ……その程度の寡兵でわたしを殺せると思っていらっしゃるのでしたら、考えを改めるべきです。なぜならわたしは、とても怖い生き物なんですよ」
聖堂の命令は絶対らしい、一斉にクズどもが斬りかかって来た。
わたしもレイピアを抜き、邪魔ったいフードを下ろした。
クズから身ぐるみはいで金にする。それこそ慣れたものです。
「ギャッ?!」
「ヒィッ、な、速っ?! ウグッ……」
アンチグラビティを見せると一方的になり過ぎて、敵を逃がすことになっていまう。
それは追撃時に使うことにして、わたしは300年がけの老練な武勇を殺戮者どもに見せつけた。
「倒せるぞ、あとちょっとだっ、斬れっ迷わず一斉に突っ込め! 魔族を殺せッ!」
「そう上手くいきますかね、おっと危ない……」
わたしは必死な弱者を演じた。
倒せる、あとちょっとで倒せる、そう思い込ませるためによろけてみせたり、演技の息切れを聞かせた。
わたしは強くない。だがけして弱くもない。人より肉体は劣るが、俊敏さと技術がある。
子供殺しを実行する、断じて生かしてはいけない邪悪どもを、レイピアで確実にこの世より抹消していった。
「助けてくれ! 新手が出た、グアッッ?!!」
「はて……」
しばらくすると冒険者が吹き飛ばされてきて、それが敵2名を巻き添えにした。
おやおや、お互いにこれは少しばかしばつが悪いですか……。わたし以外に蒼化病患者に肩入れするヤツが現れたのです。
「ああっ、ジョグさんだー!」
「ジョグさん、あいつらやっつけてよ! また僕らを殺しに来たんだ!」
ジョグというのは、あのリセリが恋するイケメン、ジョグのことでしょうか……。
しかし顔と印象が一致しない。そこに現れたのは、ワイルドオークと呼ばれる、イノシシ型の魔族だったのですから。
「おめぇ、ネコヒトか……?」
人間の感性から見たらそれは醜く、毛並みが荒くて汚く見えるのではないでしょうか……。
「ええ、どうもお邪魔しています。さて、流れが変わってしまいましたか……」
「おい、まずいんじゃないか神官様……あっちのオークはともかく、あのネコ、なんか、おかしいぞ……?」
敵の半数を死傷させることに成功しました。
そろそろネコなだけに、猫かぶりを止めてしまいましょうか。
ナコトの書を手に取り、わたしは神速の突きで、悪党の親玉、神官を突いてやった。
「え……か、神よ、そん、な……私が……」
「1人残らず討ち取ります、行きますよジョグ! イケメンとやらの戦いっぷりを、見せてやりなさい!」
逃げようとする者から優先的に狩った。
アンチグラビティにより俊敏性が振り切れている。もうわたしから逃げられるはずがないのです。
ジョグは子供に害が及ばないように守ることに専念した。悪くない、この状況となれば敵は人質を取るでしょう。
彼から子供を奪い取ろうとする者が現れたが、巨体とその手のウォーハンマーに殴り飛ばされるだけだった。
こうなればもう敵ではない、最悪の悪党どもをわたしたちはただちに壊滅させた。
※前話にリセリの挿絵を追加しました。
また45話の誤字報告ありがとうございました。




