6-5 夜逃げ屋と追放者たちの業務提携
「あのバカおやじ、ネコヒトにまで知り合いを作ったのかい……」
「ええそれも半ば強引に。さあどうしますか、そのバカと取引したくないなら、わたしはこのまま帰りますが」
バーニィの出したプランは魅力的です。しかし安全策ではない。
わたしは決裂しても別に良いと思っている。
「状況は何となく飲み込めたよ。あのエロおやじは元気かい?」
「ええ、確かにエッチなおじさんです。元気すぎてこちらが困ってますよ、ええ、かっこつけてはいますが、エロおやじですね、アレは」
「アッハッハッ、ネコヒトにまでそう言われちまうバカも珍しいさね。ちょっと気に入ったよアンタ、ハッキリ言う方じゃないか!」
バーニィ、あなたどうも好かれてるみたいですね。エッチでダメな大人として。
「それで何の話だい?」
「あなたのお仕事と、わたしたちの利益に通じるお話です。ちなみにバーニィはほぼ無一文でわたしたちの前に現れました、たかろうったってムダですよ」
そこはしっかりと念押ししたいところです。
金のあるやつがケチると印象が悪い。せっかく盗んだ金を、隠したまま使えなくなったバカ男である必要があったんです。
「いいさ、いい気味だよ」
「確かに、愚かというか何というか……」
「はっ、違うね。盗まれ側が発狂しまくってて、いい気味だって言ってるのさね」
「……おやおや、国の金が盗まれたというのにですか?」
夜逃げ屋なんて商売をしているのです、多少反社会的でもおかしくもない。
楽しそうに赤毛のタルトは、タイムリミットを迎えた銀砂時計をまたひっくり返しました。
「この街を見ただろう、パナギウムの王族はあたいらから搾り取ることしか考えてない。だから夜逃げ屋って仕事が成り立つのさ、税の重さに耐えきれない者、娘や自分を売る寸前に立たされる者、ソイツらがうちの主用顧客だよ」
旧市街の住民である彼女にはそれだけ不満がたまっている。
国の闇を山のように見てきた分、いい気味だという感想になるわけですか。
「バーニィは義賊に走るほど、理想家には見えませんでしたよ。ぶっちゃけてしまいますとね、2000万ガルドの退職金が、どうしても欲しかったんだと、真顔で本人が言っていたくらいですし」
「ブッッ?! くっ、アハハハハハハッッ、なんだいっ、マジでバカじゃないのかいあのおやじぃーっ!! あ、ああすまねぇ、つい素が出ちまうくらい笑っちまう、プッ、プププッ……2000万ガルドの退職金って発想が、最高にバカ野郎だよ!!」
まったくです。もっと額を控えめにしたらどこかの国に逃げ込める可能性もまだあったのです。
だというのに莫大な金を盗む方をあえて選んだのですから、バーニィは最高にバカ野郎なのです。
「はぁぁーー……あたいとしたことが、らしくもなく笑い疲れちまったよ……。だけど、よく生きてたもんだよ……。悪党にとっ捕まってないだけでも、何よりだったよ……」
それはそうとどうやらタルトは信用に値する人間でした。本気でバーニィを心配していました。
ならばわたしは商談を進めて、2人の再会を早めて差し上げることにしよう。
「もうお察しとは思いますが、この話はそちらの方のお仕事です。今度あなたをわたしどもの里にご招待させて下さい。そこは夜逃げ先としてもこの上ない好立地でして、ぜひ紹介したいとバーニィが言うのです」
「はっ住民が欲しいんだろ、こういう商売だ、そういう事情はよく把握してるよ。で、場所は?」
逃げた先も、人手が欲しいから夜逃げ屋を受け入れる。
まさに彼女の商売は、この国の闇家業そのものです。
「大地の傷痕、そう呼ばれていた土地です」
「はぁっ、ギガスラインの向こう側じゃないか?!」
「ええ、だからこそ都合がいい、まさか向こう側に安全な世界があるとは、誰も思わないですからね」
だからバーニィは夜逃げ屋に目を付けた。
どこの世界にもいられなくなった者を呼び込む。それは乱暴に言えば夜逃げです。
赤毛のタルトは慎重に考え込み、とても小さい砂時計を置いた。
金砂です。それがすぐに流れ落ちて無くなった。
「怖じ気づいたのなら、この話は無かったことにしてもかまいませんが」
「違ぇよ。場所が場所だからね、どうやって人をそこまで安全に運ぶか、ギガスラインをどうやって越えるか、あたいはそっちを考えてたんだよ……」
「おや、意外に乗り気ですか、それは良かった」
「バーニィのおやじはエロくてうるさいけど、騎士だけあって責任感があった。騙して危険な場所に人を移民させようなんて、絶対考えない」
なんだかわたしの知るバーニィ像とずれて聞こえました。
昔は今より少しばかし真面目で、今は完全に開き直った後だと。
それはさておき、これで移民が夜逃げ屋から工面されることになると、色々と大げさに動き出すことになる。
「わかった、今度連れていきな。割の良い夜逃げ先だと、あたいを説得してみせなよ。せいぜいあのエロおやじと一緒にさ……。それに、あの野郎の元気な顔を見たいじゃないか」
ああ、やっとわかりました、こういうのを人情深いというのだと。
どえれぇぇ気が強ぇぇものの、タルトはわたしが嫌いなタイプではない。
バーニィの知り合いというだけあって、癖は強いものの意見がしつこくて面白い。
「ところでアンタ、どうやってこっちに来たんだい? 魔族がどうして、あのギガスラインを越えて、レゥムの街にいるのさ」
「最近運良く、ある特殊な術を覚えました。それを使うとわたしと荷物の重さは半分になります、これを使って楽々と、ギガスラインを越えたのです」
そうするとタルトの顔色が変わる。
まさかこれは、わたしに利用価値を見いだしている顔つきではないでしょうか……。
「ならいい仕事があるよ、アンタが信頼できるヤツだって、証を見せてくれよ」
「はて、弱っちぃわたしに何をやらせるつもりですか?」
具体的な部分に突っ込むとそれが深刻に曇った。
それはもう大事な仕事で、ギガスラインを行き来できるだけの新参のわたしを頼りたくなるほど、面倒なものなのだろう。
「蒼化病って知ってるかい?」
「知っています。とある白化病の魔将が、その患者を好んで小姓にしているので。死の化身のような男ですが、蒼化病にだけはやさしいのですから、憎み切れない」
「魔族だけじゃなくて、人間も発症するんだよ……。いや、魔族だったら、きっとあの子らも……まだ幸せだったかもしれないね……」
「……まさかとは思いますが、夜逃げ屋がボランティアですか?」
無言でうなずく。カウンターから立ち上がり、そこいらの聖職者よりよっぽど正義漢らしい眼差しを見せてくれた。
「鋭いじゃないか。この町より南西に、蒼化病患者の隔離病棟がある。ギガスラインの向こう側にね、あの子ら国に棄てられたのさ……。そこに家族からの手紙と、支援物資を運んでくれるかい……?」
さすがは夜逃げ屋です、タルトはビジネスだけではなくボランティアすらも熱く過激でした。
バーニィめ、とんでもない人を紹介してくれたものですよ……。これを断ったらわたしは悪者です。
●◎(ΦωΦ)◎●
一方、その頃パティアは――
「ふっふぇ……っ、き、きれっ、いた……いたいっ、ちが、ちがでたぁぁー……! し、しぬぅー?!」
指を浅く切ったそうです……。
涙を流して切り傷を痛がり、血に動揺しました。
「やっぱりやると思った、大丈夫……そんなに深く切れてないよ……。痛くない、痛くない……ん……」
パティアの頭をホーリックスがやさしく撫でて、抱き寄せて、血に濡れた指を吸ったそうです。
そうするとパティアが少しずつ落ち着いていった。そうバーニィが言っていました。
「ぁ……うしおねーたん……やさしいな……。それに、なんかー、おもったより、いたくない……? あっ、いたくない……かも!」
「ん、ふぅ……良かった……。あのナイフは斬れ過ぎるんだ、パティアには向いていない……教官がちゃんとした包丁、買ってきてくれるといいんだけど……」
ちゃんと買っておきました。
魚をさばくには、過剰なほどの切れ味があった方が便利なのですが、わたしもパティアには持たせたくありません。
「ほら、薬塗ってやるよパティ公。切れ味が良い分、すぐに直るから大丈夫だ」
バーニィが脂と薬草を混ぜて作った軟膏を塗ると、薬がさらにパティアを落ち着かせました。
いやそうではなかったそうです。パティアはよりにもよって、再び黒曜石のナイフを握ったのだと。
「ぅ……なかないもん! ねこたんにー、おいしいくんせい、いっぱいつくってー、まつんだもん! まちのおんなにはー、まけないもん!!」
ただしその手元が震えてなければよかった。
「ちょっちょっ、わかったから落ち着け、落ち着いてからにしろっ、あぶねぇっ、あぶねぇってパティ公?!」
「こうなったら、当身を入れるしか……っ」
「ホーリックスちゃんも落ち着けってのっ!!」
バーニィとホーリックス、そしてうちのかわいい娘は協力して魚をさばいて美味しい薫製にしてくれたのでした。