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EP 5年後のネコタンランド

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 エピローグ 5年後のネコタンランド

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EP 5年後のネコタンランド


 なぜこうなってしまったのだろう。

 何度も何度も過ちを振り返りながら、俺は森を逃げていた。


 全て自分のせいだ。悪いことをしてきた俺に女神様の天罰が下ったんだ。

 俺の名はジャック、惨めで愚かな盗賊だ。

 人の金を盗み、その日暮らしをしてきたツケがある日降りかかって、俺はやってもいない濡れ衣を着せられた。


 俺は確かに悪党だが人は殺さない。

 だが、盗賊の俺を信じるやつはどこにもいなかった。


 あてもなく魔界の森を走った。

 魔軍穏健派の町に行き着けば、どうにかなるかもしれない。


 しかしその前に、他の勢力に捕まったら……俺の人生は終わりだ……。

 惨殺されるか、奴隷として使い潰されるかのどちらかだ……。

 あてもなく、ただ魔界の森を歩いた。もう走れない……。


「おー? ねぇねぇ、ねこたん、おきゃくさん、きてるぞー?」

「そのようですね。見たところ……あまり品のよろしい人種には見えませんが」


「とかいいながら、たすけるのが、ねこたんだ。おーいっ、こっちこっちーっ!」

「こら、勝手にハイドの術を解かないで下さい……っ!」


 森の中からブロンドの少女が姿を現した。

 まだあどけなさを残していたが、とても綺麗で愛らしい美少女だった。

 さらに立て続けに、銀のレイピアを持った真っ白なネコヒト族が俺たちの間を阻んだ。


「お、お前たちはいったい……。ま、まさか、噂の……」

「はい。わたしは森の妖精さんです」

「えーっっ、ねこたん、そうだったのかー!?」


「まさか、邪神を倒したネコヒトにして、魔将ミゴーの師匠、エレクトラム・ベル……なのか?」

「ミゴーちゃん、かわいいよなー♪ つんでれ……?」

「悪い子ですよ、アレは……。それよりも、そちらはお困りのようですね、盗賊さん」


「な、なぜ、俺が盗賊だと……!?」

「言ってみただけです。やはり盗賊でしたか」

「おお……とーぞく! なつかしいなー。バニーたんも、そうだった」


 俺は頭を下げた。湿った土が服にまとわり付くのもいとわず、彼らに頭を下げた。

 噂が本当なら、すがれるのはこの人たちだけだ。


「何を盗んだのです? よもや、200万ガルドを盗んだなんて言わないで下さいね?」

「いや、俺は……罪もない人間から、金を盗んで暮らしていたクズだ……」

「それは、ひどいなー、わるいなー、ふつーに」


「ハッキリ言ってはかわいそうですよ、パティア。しかし魔界側に逃げてくるなど、他の事情があるようですね?」

「人殺しの濡れ衣を着せられた……。だけど誰も、誰も俺を信じちゃくれなかった……。俺はもう、わからねぇ……」


 思い出すだけで涙があふれてきた。

 俺をハメたやつへの恨みより、なぜもっとまともに生きてこなかったのかと悔やんだ。

 やり直せるものなら、やり直したい……。俺が間違っていた……。


「かわいそう……。ねこたん、このかお、こわい、おにーさん、たすけてあげよー?」

「元盗賊をですか? 金を盗まれた被害者は、こんなやつ死ねと思っていますよ?」

「ッッ……」


「ねこたん、めっ! ねこたんも、ほんとは、たすけたいんでしょー?」

「はぁ……あなたのせいで、娘に怒られてしまったではないですか。ま、こうなれば仕方ありませんね、うちの里にきますか?」


 レイピアにかけた手を戻して、英雄エレクトラム・ベルは罪人に手を差し伸べてくれた。

 俺は恐る恐る彼の手を握り、助け起こされた。


「なんでもします……。俺をあんたたちの里に置いて下さい。もう二度と、盗みなんてしねぇから……っ、頼みます……!」

「ええ、それは別に構いませんが、一つだけ守っていただきたいことがあります」


「本当ですかっ!? なんでしょうかっ、俺、何でもしますから!」

「いえ、何もしないでくれると助かります。いいですか? この子はわたしの娘です。この子に手を出したら、わたしは嘘偽りなくあなたを刺し殺しますので、そこだけはご了承下さい」


 お、おお……お、親バカだ……。

 どう見たって本当の親子じゃない。なのに英雄エレクトラム・ベルは人間の少女を心から愛していた。

 俺がこれから行く里は、そういった里なのだろう……。


「そういうとこ、ねこたん、ぜんぜんせいちょー、しないなー?」

「そっくりそのまま、同じ言葉をお返ししますよ。あなたは成長しませんね……」


 ネコヒト族と人間の親子が笑いあう姿に、俺は憧れを覚えた。

 最低の俺も、いつかこんな穏やかに――真っ当になれるのだろうか……。


「俺の名前はジャック、なんだってする。よろしくお願いします」

「そんな言い方すると、バーニィ辺りにこき使われてしまいますよ? 外のことは外のことです。昔のあなたを知るものは里にはいません。ここで新しいあなたを始めるといいでしょう」


 俺みたいなやつは珍しくない。そう言いたそうな口振りだった。

 ここでやり直そう。この――


「あの、ところで里の名前は……?」

「ネコタンランドです」

「ネコタンランドに、ようこそ、ジャックッ。パティアとねこたんが、かんげいするぞー!」

 

 伝説の隠れ里とは思えないほどに、凄まじい名前だった……。

 ついつい俺は笑ってしまい、それが止まらなくなって、二人に迷惑をかけてしまった。



●◎(ΦωΦ)◎●



 それが――愚かな俺がこの里に行き着いた経緯だ。

 ここには色んなやつがいる。俺みたいにすねに傷のあるやつもいるが、みんな立派だった。


 博識で心やさしいマドリお嬢様。

 素朴だが、でっかくて、いいやつのダン。

 俺にボウガンを教えてくれたハンスさん。


 その息子のカールと、ジアは良いカップルだ。

 今は立派な体躯を持っているカールも、その昔は長身のジアより背が低かったそうだ。


 盲目のリセリは、目が見えていないのが嘘のように里を歩き回り、旦那さんのジョグさんはいつも俺にやさしくしてくれる。俺はオーク種のことを誤解していた。


 リックさんの作る料理は今まで食べた何よりも美味しくて、巨大な槍を平然と振り回す姿は里の誰もが焦がれる。


 タルトさんは可憐だ。気づいができて、明るくて、俺が元盗賊と知ると、当たり前のように事情を察してくれた。

 そして、タルトさんとリックさんといえば、その旦那さんのバーニィ大先輩だ。


 可憐で愛らしいタルトさんと、リックさんの両方と結婚していると聞いて、呆れる以上に羨ましくてたまらなくなった。

 おまけに信じられないスケベで、この前も女風呂ののぞきに誘われた。


 リックさんとタルトさんは綺麗だけど、キレると怖い。

 バーニィさんは何度怒られても、懲りる様子はなかった。

 尊敬できる人ではあるけど、子供の教育に絶対に良くない人だ……。


 キシリールさんはハルシオン様と一緒に暮らしている。

 昔は男装をしてアルストロメリアと名乗っていたそうだけど、名を隠す必要がなくなって止めたと聞いた。


 まさかパナギウム王国の消えた姫君までここで暮らしていただなんて……。

 でもこの里ならば納得だ。ここはそういう里なのだと、誰もが同じ認識を持っていた。


 5年経ってもまるで変わらないなら、100年経ってもきっとこの里はこのままだ。


 錬金術師ゾエは……5年前と同じ容姿を保っていると聞いた。

 天才だけど手の付けられない奇人だ。


 この前なんて、俺は蒼化病の女の子と手と手をくっつけられて、大変な目に遭った。

 その子とは、なんだかんだ悪くない感じなので、一応感謝もしている……。


 幽霊のエルリアナさんと、黒いネコヒトは心臓に悪い……。

 おまけに喋るフクロウまでいて、この里ではなんでもありだ……。


 イヌヒトのラブレーさんは商会の重役で、定住を決めたグスタフ男爵の代わりに魔界を駆け回っている。

 グスタフ男爵と最初に会ったときは、パティアに手を出したらお座りできない身体にしてやると言われた。どこかで聞いたセリフだった……。


 そして、俺を助けてくれたパティア様とエレクトラムさんは、クークルスさんといつも仲良く同じ食卓を囲んでいる。

 その姿はまるで親子のようで、エレクトラムさんが何よりも大切にする気持ちがよくわかった。


 外では邪神を倒した英雄と呼ばれているけど、普通の父親にしか見えない。

 それも当然だ。この地では、外での役割を捨てられるんだ。きっと彼らも、何かを捨ててここにやってきたに違いない。


「よう、ジャック。今からのぞきに行かねーか? 東の湖によ、穴場を見つけたんだが、同じ元ドロボーのよしみで連れてってやるよ」

「いや、200万ガルド盗んだバーニィさんと同格にしないで下さいよ……。遠慮しておきます、俺は心を入れ替えると決めたんです」


「なんだよ、つまんねぇやつだな……。しょうがねぇ、ヌルのやつを誘うか」

「ヌルさんもクソ迷惑だろうから、止めてやって下さいよっ!?」


 ヌルさんはカールさんと双璧となる若手の戦士だ。

 氷の魔法を得意としていて、たぶん……里の規格外の連中に次いで強かった。


「ミャァッ、シベット! なんでお兄ちゃんの言うこと聞かないにゃ! ヌルくんはダメだミャ!」

「お兄ちゃんには関係ないでしょ。私、ヌルくんとはお兄ちゃんより分かり合えてるんだから」


「そんにゃぁぁ……シベットはお兄ちゃんが一番大好きじゃないと困るミャァァ……ッ」


 昔は病弱だったそうだけど、ネコヒト族のシベットさんは明るくて多感だ。

 今はヌルさんがお気に入りで、先週はカールさんのことを絶賛していた。来襲は誰だろう……。きっとネコヒト族ではないことは確かだ……。


 そして、もう一人……。


「やぁ、ジャック。今日も魔法の教練を付けてほしいのかい?」

「はい。ネコタンランドはこういった立地ですから、俺も最低限戦えるようになりたくて……お願いします」


「喜んで付き合おう。君も僕も、元々は同じ側の人間だからね……」


 彼の名はニュクス。かつて魔軍殺戮派を生み出した男。

 今は大山猫のイリスに化けて、素知らぬ顔でこの里で暮らしている。

 この事実を知る者は、俺とヌルくらいで、後はエレクトラムさんが薄々感づいている程度だ。


 不法入国ではあるけど、彼もまた俺と同じだ。

 外の世界で取り返しの付かない罪を犯し、新しい人生を求めてここにやってきた。


「あの……エレクトラムさんに、真実を伝えないのですか……?」

「僕の立場を考えると、それは難しい選択でね。それに……今では人の姿が夢で、獣の姿が現実なのさ。今は、パティアに撫でてもらえれば、僕はそれでいい」


「そうですか……」

「しかし、最初は驚いたな……。どうりで、魔王を人工的に生み出せないわけだ……。最後の魔王イェレミアにとって、ここは彼女のための巨大な封印なのだろう……。ならば、陰ながらこの封印と魔王様を守るのが、僕の役目なのかな……」


 彼のつぶやきは俺にも聞こえたが、よくわからなかった。

 ただ一つ確かなのは、この里の連中は過去の罪を抱えている者もいるが、みんないいやつだってことだ。


 ここはネコタンランド。人生のやり直しが始まる土地だ。

 愛するこの里のために俺も強くなろう。そしていつの日か――盗賊をやっていた罪滅ぼしができたら、あの子に告白しよう。


「ねーこーたーんっ、おかえりぃぃぃーーっっ」

「ピョッ、ピヨヨヨッッ♪」


 どこか遠くから、パティア様のいつもの甲高い声が聞こえた。エレクトラムさんのやさしい声が続いて頭に浮かぶのは、俺がもうこの里に住民になった証拠だ。


 丸くて白い小鳥たちが群れをなして、魔界の暗雲と青空が混じり合った楽園の空を飛び回っていた。


 ―― 魔界を追放された猫ですが、人類最強の娘拾いました 終わり ――

 長らく本作を追って下さりありがとうございました。

 こんな趣味全開の物語でしたが、皆様と一緒に楽しんで、ここまでやってこれたと思っております。

 皆様の支えがなければ続けられませんでした。完結まで応援ありがとうございました。


 もっともっと続きを読みたい、という読者さんがいるのは承知しておりますが、新しい作品に挑戦して、チャンスを広げてゆこうと決めました。

 きっと物語としては、ねこたんがイェレミア様の仇を取り、眠りに落ちたところで終わっていたのだと思います。


 実は、元々のプランでは、あの昏睡は長引く予定でした。

 ねこたんが目覚めた頃には10年ほどが経っていて、里に戻ったところで成長したパティアと再開する。という構想でした。

 お話として見る限りは、きっとそちらの結末の方が綺麗だったんだと思います。


 ただ、それがハッピーエンドかというと、どうも違うのではないか。

 このほっこりとした物語に必要とされている結末は、物語としての美しさを追求した結末ではない。

 ねこたんが無事に里へと帰って、パティアの成長を見守る後日譚が続く方が、本作らしい姿なのではないか。


 そう思いまして、結末を変えました。

 そんなわけでして実は、ねこたんの一時的な昏睡から続くここまでの物語そのものが、大きな後日譚であり、おまけシナリオでした。


 あるいはとらえ方を変えれば、ニュクスが物語の結末を変えたとも言えます。

 彼がねこたんを目覚めさせなかったら、あるべき結末を迎えていました。


 この二年、長らくお付き合い下さりありがとうございました。


 こうしてねこたんとパティアは、いつまでもいつまでも、幸せに暮らしました。



 ・



 けど、やっぱりパティア、ねこたん、クーちゃんを捨てるのは惜しいので、新作に出します。

 新作・ダブルフェイスの転生賢者では、ティア(12)と、実の父母として暮らしているねこたんとクーちゃんが出てきます。

 このティア(12)がかわいいのなんのって、超おススメの仕上がりになりました。


 物語が長くなると、どうしても勢いや新鮮味が失われてしまいます。

 こればかりはどうにもなりません。

 話が進むと、増え続ける設定やキャラが物語を豊かにしますが、同時に情報量が増えて、全体像を把握しにくくなります。


 だから新作に、まだまだ書きたいキャラを移すことに決めました。

 そんなわけである面で言えば、新作の「ダブルフェイスの転生賢者」は、パティアたちをもう一度楽しむための新しい物語になります。


 また最近はptクレクレをしないと非常に厳しいと聞きますので、新作では積極的にあとがきでクレクレします。ご容赦ください。


 ではあらためまして。

 本作まで最後まで楽しんで下さりありがとう。

 皆様の感想や反響、嬉しかったです。


 これから明日公開の新作、その主人公エドガーとアルクトゥルスを応援してやって下さい。

 もちろん、モフモフが出るよ! 出さないわけがないよ! モフモフの絵もあるから待っていて!


 以上。長らくご愛顧下さりありがとうございました。またよろしくです。

 書きたくなったら、続きをSSとして書きます。

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9月30日に双葉社Mノベルスより3巻が発売されます なんとほぼ半分が書き下ろしです
俺だけ超天才錬金術師 迷宮都市でゆる~く冒険+才能チートに腹黒生活

新作を始めました。どうか応援して下さい。
ダブルフェイスの転生賢者
― 新着の感想 ―
[良い点] お疲れ様でしたーヾ(*´∀`*)ノ 長い長い物語でしたねー。 次回作も楽しみにしています。
[良い点] 完結おめでとうございます! ほっこりするお話で良かったです。 さらっとイリスのネタバレ?も盛り込まれててそうなんや!となりました。 クーガはなんとなくそうかな?と推察できたけど、イリスはび…
[一言] 完結おめでとうございます ネコタンランドに幸多からんことを
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