45-2 おとうたんのしんじつ - 偽り -
「わらわを抜け殻に入れたところで、それはお前の娘ではない。それはわらわだ」
「おい、イェレミア、そりゃないぜ……」
「そなたは黙っていろ。魔王の封印を破るほどのこととは思えぬ」
「そうだけどよ、魔界のお姫様にわかんねぇかもしれねぇが、もうちょっと言葉をよ……」
エドワード・パティントンは娘と妻を諦めて、新しい人生を歩むべきだった。
だが彼はできなかった。才能があったからだ……。
「それでもかまわない……。娘の記憶と人格を持っているならば、それは、私のパティアだ……。魔王よ、私はただ、もう一度パティアを取り戻したいだけなのだ……。親として、今度こそ、幸せな一生を遂げさせたい……。頼む、魔王よ、その魂……パティアのために捧げてくれ!!」
愚かだ。あまりに愚かだ。理解はできるが、それは歪んだ願いの叶え方だ。
だがこれも、わらわとクーガが救った人間の末でもある。大切なものを取り戻したい。その願いに、わらわは少しずつ共感していった。
「イェレミア……そろそろ結界の中も飽きてきた。って250年前に言ったよな?」
「言ったことは言ったが、その後の250年もそなたはわらわと共にここに在ったであろう」
「そうだけどよ……俺ぁ、コイツの気持ちがわかる……。偽者でもいいから、取り戻してぇ気持ちがよ……。痛いほどわかる。封印も破られちまったんだ、そろそろ潮時だろ……」
「黙れクーガ、羽根をもぐぞ……。わらわもここから世界を見守って、色々と思うところがないわけでない」
「だったらよっ、くれちまえよ、そんな魂!」
「わらわの存在はわらわの物じゃっ! ……と言うものの、本格的に傍観だけの生活に飽きてきたのも事実じゃな」
その後も何度も何度も言い合った。
エドワードは話の決着が付くまで待ってくれた。
まあそういったわけだ。わらわはクーガと相談した後に、エドワードの願いを叶えることにした。
どちらにしろエドワードは、わらわの魂をパティアに入れるつもりだったようだからな……。
ならばなるようにしかならん。
パティアの肉体で一人生生きて、もう一度法国の者に封印してもらうことにしよう。
「魔王イェレミア様、聖王クーガ様、ありがとうございます……。愚かな私を、どうかお許しを……」
わらわはエドワードの生み出した死者蘇生の術により、彼の娘パティアとなって蘇った。
そして、結社とエルリアナ法国を敵に回した彼と共に、新しいパティアとして世界中を逃げて回った。
エドワードは魔王の魂を再び地上に解き放ち、歪んだ形で死者を蘇らせるという罪を犯したが、彼は最期まで幸せそうだった。
わらわから言わせると、彼は立派に己の役割を果たしたのだ。
わらわをベレトート……いや、エレクトラム・ベルの娘として、あの古城に導くことが彼の役割だったのだろう。
わらわのねこたんが邪神クトゥヴァの残骸を倒し、復活を困難せしめるどころか、ある面で清めてしまった今となっては、わらわが封印の中に閉じこもる理由ももうない。
ちなみにだが、わらわと共に封じられていたクーガーの魂は、わらわとの長い生活で奇妙な魔力を得ていた。
封印の破壊と共に、彼はあるべき転生を迎え、そして本物の鳥となって生まれ落ちた。
鳥の成長は早い。
瞬く間に成長したクーガは、イェレミアと共にいるという誓いを守り、パティアを探し、ついに見つけ出し、約束を果たしてくれた。
『100回焼き殺されても、俺はアンタのところに帰ってこよう』
300年前のクーガの言葉はわらわの中で今も色あせずに生きている。
嬉しかった。何もかもを、命すら投げ捨てて、わらわとずっと一緒にいてくれたことが……。
●◎(ΦωΦ)◎●
「お……おぉー? はれぇ、ここ、どこ……?」
長い夜が終わり、夜明けがやってきた。
イェレミアという夢からパティアは目覚めて、わらわを滑舌もままならないアホに変えた。
だが別に構わぬ。今のわらわは、パティアはわらわが憧れ続けていたもの全てを持っている。
「ほわぁぁ……おったまげたぜ……。でも、いいてんき! みんな、おはよーっっ、あさだぞーっっ!!」
しかしなぜこんな存在になったのだあろう……。
生前のパティアはもう少し賢かった。わらわもアホでない。なのになぜ、パティアはパティアなのだろう……。
「あっ……!?」
元気な大声に反応して、丸くて太くて、いと愛らしい小鳥、しろぴよが飛んできた。
真っ白な翼を朝日に輝かせて、パティアにまとわり付き、すり寄っている。
「おはよ、しろぴよ! きょうもふかふかのー、まんまるで、パティアのこのみだなー!」
「ピヨヨッピヨヨヨッ♪ ピュィィーッ♪」
「しろぴよ、これからも、ずっとずっと、いっしょだぞ。ねこたんと、しろぴよは、ずっと、パティアといっしょにいてね。やくそくだぞー」
いや違うのかもしれん。わらわだからこそ、こうなったのかもしれぬな。
わらわたちは本当のパティアではない。肉体に宿る記憶と、魔王の魂が混じり合って、こうなったのだろう。
パティアが乗り出すように見晴らし台に寄りかかると、朝日に輝く隠れ里の彼方まで、何もかもが見えた。
ここでは人と魔が共存している。ここを住む者は、誰しも外の世界とのしがらみと決別を果たしている。
笑顔があふれ、騒がしく、平凡な幸せが詰まった世界だ。
ネコタンランドは魔王イェレミアが憧れ続けてきた世界そのものだ。
この地こそ、わらわの理想。わらわは、成長してくれたベレトートが誇らしく、そしてわらわのねこたんに近付く女が、非常に目障りだ……。
あのもふもふはわらわの物だ。
あれはわらわのねこたんだ。
300年前からずっと、ねこたんはわらわの所有物だ! 近付く女は許さん!
300年我慢したのだ。立場はひっくり返ったが、そこはこの際どうでもいい。
わらわには、ねこたんのもふもふを楽しむ正統な権利がある!
「ピヨッピヨヨッ!」
「おぉぉー? どしたのー、しろぴよー? あーっ!」
しろぴよを追って後ろを振り返ると、なんとそこに寝ぼけたねこたんがいた。
目を擦りながらも、半分眠っている頭でパティアの姿に安心したように見えた。
「ふぁぁぁ……心配しましたよ。てっきり、こんな朝方に、メープルシロップを舐めに行ったかと思ったではないですか……。まったく、あなたという人は……」
「えへへ……ねーこたーんっ、おはよーっ! むぎゅーっ! でへへ……きょうも、ねこたんは、さいこうだ……ぐへへへ―♪」
レアル・アルマドがベレトートを育て、わらわがそれを引き取り家族にして、果てしない時の果てにこうして再会して、今度はわらわが娘になるとはな……。
うむ、大きくなったベレトートも、ふかふかのボリュームが増してよい。それにクーガだってここにおる。
「安心したら眠くなってきました……早く戻りましょう……」
「うんっ! あのねっあのねっ、ねこたんっ!」
「ふぁぁ……なんですか……?」
「ねこたんと、わらわは、ずっと、いっしょだぞー!」
「はい、ずっと一緒です」
これパティア、疑わせるようなことを言うな。
わらわは娘に畏まるねこたんなど見たくない。ただでさえ、わらわの失踪がねこたんの人生を狂わせたのだからな。
「ん……? わらわ? フフフッ、これはまた、随分と懐かしい響きの言葉を覚えてきましたね……。わらわ、ですか、フフフ……」
わらわはここにいるぞ。
これからはずっと一緒だ。わらわは永久に、そなたと共にあろう。
「いつまでも、いつまでも、ずっとずっと、いっしょだぞ、ねこたん!」
「おやおや、怖い夢でも見ましたか? ええ、ずっとずっと、世界が終わってもずっと、わたしはあなたと一緒にいますよ」
魔王を超える大魔王パティアは、どんな方法を使ってでも、そなたと永久に親子であろうとするだろう。
わらわは魔王イェレミアの末路にして、そなたの愛する娘だ。




