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45-2 おとうたんのしんじつ - 真実 -

 この肉体に眠る遠い記憶によると、エドワード・パティントンという男は、平凡で心やさしいごくごく普通の魔法研究者だった。

 そんな彼には妻と一人の娘がいた。娘の名はパティア。この肉体の本来の持ち主だ……。


 わらわは……彼らを哀れまずにはいられぬ。

 わらわのおとうたんは、ただ幸せを取り戻したかっただけだった。


「お父たん、また出張?」

「ああ、すまないねパティア……。半月後には戻ってくるから、そのときは、お母さんと一緒に美味しい物を食べに行こうね」


 わらわの中に眠る幸せな思い出は、わらわの物ではない。

 少女パティアは明るく聡明で、物わかりのよい父親思いの娘だった。


「うん、わかった! お父たん、気を付けてね、パティア、待ってるぞー!」

「できるだけ、できるだけ、早く戻ってこれるようにするよ。母さんと家を任せたぞ、パティア」


「うんっ、パティアに任せとけ! お父たんは、伸び伸びと、勉強してくるんだぞー!」

「ありがとう。必ず、必ず早めに戻るよ」


 法国所属の研究者という仕事柄、エドワード・パティントンは家を離れることが多かった。

 もしもここで彼らの元に悲劇が訪れなかったら、わらわはクーガと共に今も、永久の時を過ごしていただろう。


 クーガとああだこうだと言い合いながら、わらわたちが守り抜いた世界を見守っていたに違いない。


 それでもわらわは構わなかった。

 おとうたんと、本当のパティアと、おかあたんが平和に暮らす未来があるなら、今もそれでいいと思っている。



●◎(ΦωΦ)◎●



 それから半月後、エドワードは我が家に帰ってきた。


「ただいま。帰ってきたよ、パティア」


 エドワードがそう言葉を投げかけても、誰も返事を返さなかった。


「隠れん坊をしてるのかい? 少し帰りが遅れたのは謝るよ。だけどおみやげを買ってきたんだ。出ておいて、パティア」


 誰が受け止められるだろうか。

 仕事で家を離れている間に、大切な妻も娘も流行病で亡くなり、教会の冷たい地下室に安置されていたなど。


 あんなに愛らしい娘を守れなかった苦しみは、魔王であるわらわにも計り知れん。

 それはどこにでもある悲劇だが、その悲劇がエドワード・パティントンの才能を開花させた。


 なんとエドワードは教会からパティアと妻の遺体を引き取ると、それを魔法の力で保存して、生き返らせる方法を探すことにしたのだ。

 自分にはそれができると、驕るだけの才覚を持ち合わせていたのが、彼の不幸だった。



●◎(ΦωΦ)◎●



「ん、んんっ? 今なんといったのであるかっ?」

「異界よりの異邦人にして、ネクロマンサーのゾエ殿に伺いたい。死者を生き返らせる方法はあるか……?」


 彼は流浪の果てに、錬金術師ゾエと出会った。


「おおっ、おおっっ、なかなかいい質問だ、エドワードくんっ! まあ手順は色々とあるが……最も肝心なのは、そう! 劣化していない新鮮な魂だよ」

「魂だと……? だが、妻と娘の魂は……」


「ハハハハ、そんなものはいらんっ! では逆に聞くがね、エドワードくん? 君は家族の思い出を忘れた妻と娘が、君を愛してくれると思うかね?」

「ッッ……?! や……止め、止めてくれ……。その話は、私だって、それは、わかって……だが……」


 ゾエに悪気はない。ゾエの言葉は真実だ。

 妻と、本当のパティアの魂が天へと帰ってしまった以上、他に方法はなかった。


「肉体が残っているなら幸いだ。後はその肉体に、劣化していない、強い魂を入れるだけだ! だがただの人間の魂では力が弱すぎる! 特別な魂が必要なのだよっ!! さすれば君の娘と妻は、眠りから覚めたように、生前そのままの姿で君を愛してくれるだろう」

「生前、そのまま……? もう一度、私たちは……。その話、本当か……?」


「当然だ。大切なのは魂ではないっ、肉体に宿る思い出がその人間を形作るのだよっ!!」


 エドワードはゾエに師事し、死者蘇生の術の鍵となる技術を授かった。


 さらにはとある結社にも加わった。

 そこでは魔王を人間として蘇らせる研究を行っていた。

 ゾエの言葉によりタガが外れたのだろう。彼は結社の資金と知識を利用することにした。


 こうして、長い月日の果てに、エドワードの研究は実を結んだ。

 後は魔王の魂を手に入れれば、最愛の妻か、娘のどちらかを生き返らせることができる。


 そこでエドワードは、法国と結社の双方を裏切ることにした。



●◎(ΦωΦ)◎●



 彼は魔王の魂の眠る禁忌の地を訪れ、300年の封印を破り、わらわにこう言った。


「私の名前はエドワード・パティントン。今は動かない、この子の父親だ」


 ありとあらゆる者を裏切って、ここに到達した者とは思えないほどに彼は落ち着いていた。

 月日が家族の思い出を風化させ、妄執だけが彼を突き動かしていた。今さら立ち止まれなかったのもあるだろう。


「魔王イェレミア、これから貴方の魂を、この子の中に入れさせてもらう……」

「再び魔王システムを求めてここにやってきた――という顔付きではないな。なれば聞こう、なにゆえにわらわをその娘に入れたがる?」


「生き返らせるためだ……」


 このときは同情などしなかった。ただの他人事だった。

 どこにでもある悲劇に遭い、死を乗り越えられない哀れな男にしか見えなかった。


「私が仕事で家を離れなかったら、流行病から妻と娘を救えた……。だが私は、愚かにも仕事を選んでしまった……」


 エドワードはわらわとクーガの前で頭を抱えてひざまずいた。


「私はもう一度娘に会いたい……。もう一度会って、謝って……今度こそ守り抜かなくてはならない……。私はそのために、全てを裏切ってここにきた……」


 愚かだ。あまりに愚かだ。隣にいたクーガは彼に同情していたが、わらわはそうではなかった。

 ただ愚かだと思った。


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