45-1 消えた魔王イェレミアと不死の英雄クーガの真実 - 黒 -
前章のあらすじ
初秋、眠れない夜。
バーニィは偶然に居合わせた後輩キシリールに、国を裏切った理由を語る。
少年バーニィは義父ゴライアスに認められ、訓練付けの厳しい少年時代を過ごした。
やがてキシリールとの親好を結び、民を守る立派な騎士として活躍していったが、転機が訪れた。
パナギウム王家より与えられた汚れた仕事が彼を変え、彼に裏切りを決断させる。
バーニィは王家の財宝を盗み、隠し、同僚を斬れなかったがあまりに追われ、魔界の森に逃げ込んだ。
一度は人生の終わりを覚悟したが、バーニィは少女パティアとネコヒトと出会った。
こうして騎士バーニィ・ゴライアスは、亡き義父の妄執から解き放たれ、働き者で面倒見が良いが、スケベでしょうがない、あまりに自由過ぎるおっさんとなった。
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終章 消えた魔王と、太陽の娘の真実
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45-1 消えた魔王イェレミアと不死の英雄クーガの真実 - 黒 -
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その晩、久々に昔の記憶が少しだけよみがえったので、わらわは古城グラングラムの見晴らし台に上がった。
石工のダンが築いた月光石の照明たちが、真っ暗闇の道を淡く照らし、バーニィ・ゴライアスたちが築いた住宅地へと続いている。
なんと美しい里だろうか。なんと自由で、世のしがらみに縛られぬ理想郷を体現した土地であろうか。
かつて人と魔が手を結んだ地に、かつての役者とその末裔が集まるなど、誰が想像したことだろう。
レアル・アルマドの末は少し気弱だが、優雅な彼の末裔らしい教養とやさしさを兼ね備えている。
少し……バーニィとベッタリし過ぎているようにも、見えなくもないが……。まあそこはいい。
親しかったレアルの末を、すぐ側で見つめていられるのは、わらわにとって幸福なことだった。
エドワード・パティントンに死者蘇生の方法を教えた異界の錬金術師ゾエも、わらわには遠からぬ因縁がある。
……誰かがこうなるように仕組んだのだろうか。
あるいは、因果の糸がこの地に結びつけられるのが、この世界のあるべき宿命だったのか。
小さな身体で見上げる星空は美しく、城は巨大で、イヌヒトも、ネコヒトも、馬も魔界羊も、人の姿を棄てた大山猫も、わらわの目には何もかもが愛おしく映った。
これより語るは300年前の真実。消えた魔王イェレミアと、不死の傭兵クーガの物語だ。
我が名は魔王イェレミア。魔王システムを消した最後の魔王だ……。
●◎(ΦωΦ)◎●
あの日、人間たちを東の最果てに追い詰めたあの日、わらわは蓄えてきた力の全てを振り絞り、己の肉体を奪った邪神から、しばしの間だけ肉体と意識を取り返した。
わらわを乗っ取った邪神クトゥヴァは魔族の神ではあるが、魔族を救う存在ではない。
人間の世界を焼き払った後は、デーモン種を中心とする純血種をのぞき、全てを粛正するだろう。
その先は、邪神による独裁と暴虐の世界だ。
要するにこの戦いで魔族が人間に勝とうと、狩る者と狩られる者が入れ替わるだけなのだ。
わらわはやつに魔王の資質を感じたことなど一度もない。
わらわは決断しなければならなかった。
愛すべきもふもふたちのために、わらわの大切なベレトートのために、根は同じ種族である人間もついでに守ってやるために、わらわは覚悟を決めるしかなかった。
よって、わらわはクーガに声をかけた。
世界を救う陰謀の仲間として、幾度となくわらわの前に現れては戻ってくる、あの男が邪神クトゥヴァを謀るには必要不可欠だったのだ。
「待たせたな。人間が滅びる前にどうにか間に合わせたぜ」
「遅い……。今日まで何をモタモタしておった……」
「無駄口叩いてる暇はねぇだろ、さっさと始めてくれ。いくら世界最高の美女が相手とはいえ、またメギドフレイムで焼き払われるのはごめんだぜ」
わらわが指定した森の洞窟の前で、黒鬼のクーガは待っていた。
焼かれても焼かれても帰ってくる不死身の英雄が、魔王イェレミアと結託していたなど、誰にも想像できなかっただろう。
巨体のクーガに導かれて浅い洞窟の奥に入ると、おおむね注文通りの環境が整っていた。
魔法陣の向こうに、大小の魔石の山が積み上げられている。
世界中を焼き払われている中、これだけの数を用意できたのは人間のたくましさの証明だ。評価に値する。
それでもこれから始める術の規模を考えると少し少ないが、ギリギリでどうにかなるだろう……。
デーモン種たちの糧ともなるこの石には、別の使い方がある。
「どうしたんだよ、イェレミア、怖じ気づいたのかよ?」
「まさか。わらわはずっと待っていた。あの無粋な存在に、こうして一矢報いれる日をずっとな……。クーガよ、協力感謝するぞ」
「美人の頼みだ。ついでに世界が救えるなら、釣りがくるってもんだ」
「わらわにそんな軽口を吐けるのは、世界でもそなたくらいのものだ。……どこまでも野卑な男よ」
洞窟に敷き詰められた魔石の山の中で、わらわは邪神を起こさぬように気を配りながら、魔力の増幅を始めた。
まだ起きるなよ。ここで起きたら世界は終わり。わらわの大好きな、もふもふのいない世界が生まれてしまう……。
わらわは生きてほしいのだ。ありとあらゆる命に、レアル・アルマドと、愛するベレトートに。
「では行ってくる。もしもこのまま戻ってこなかったら、そなたは入り口を埋めて去れ」
「悪いが失敗は計算に入れてないな。人間はもう詰んでるんだ、アンタがしくじったら、俺もおとなしく滅びるさ」
不死身の英雄が言うと、どこまでも嘘としか聞こえぬ。
本当に、クーガは恐るべき男だった。倒されても、倒されてもわらわの前に帰ってきた。
英雄の資質は、どこかしらが狂っているのが条件なのかもしれぬ……。
「世話になった。ありがとう、わらわの炎で百度焼かれた男よ」
「おう、行ってこい。……待ってるからな、ここで」
「安易な保証はできぬ」
わらわは最後の力を振り絞り、魔石の力を外部電源にして、魔法陣の向こう側の世界に転移した。
それは過去最悪の転移だった。
ミートマシーンに詰め込まれて、挽き肉にされているような感覚だ。
絶対に入り込めるはずのない隙間に押し込まれて、拷問同然の苦しみに堪えなければならなかった。
だがそれも当然だ。
わらわが飛んだ先はアストラル界。肉体を捨てなければたどり着けない、世界の外側にある領域だ。
わらわは自らの肉体を次元の狭間に捨て、眠れる邪神を連れて、精神体だけが存在できる世界に到達した。
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25日に完結します。




