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44-1 眠れぬ夜 少年と老父 2/2

 あの頃の俺は舞い上がっていた。

 ガキ同士のチャンバラごっこに夢中になっていたら、たまたま旧市街を通りがかった老騎士の目に止まってよ。


 そんで冗談みてぇな話だがよ……。お前には才能がある。私の養子にならないかと老騎士に言われた。

 平民のガキなら誰だって騎士に憧れるもんだ。


 普通なら戦争で手柄を立てて、王に気に入られなければたどり着くことのできない位だ。

 旧市街の貧しい大工のせがれが、騎士ゴライアスの気まぐれに乗らないわけがなかった。


 親父もお袋も喜んでくれたよ。

 お前は賢くて強い子なので、騎士として立派にやっていける。このまま旧市街に残るよりずっといい、ってな。


 あの時、騎士ゴライアスの誘いを断っていたら、俺はどこかで死んでいただろう。

 ずる賢くて腕っぷしをおごっていたクソガキだったからな、ヤクザになっていたかもしれねぇ……。

 そういった部分で見れば、俺はクソッタレのお義父さんに感謝しなきゃならなかった。


 だがな、絶対に感謝はしねぇ。

 俺が旧市街から這い上がるために騎士ゴライアスを利用したように、あのクソッタレもまた己の目的のために俺を利用した。


 ヤツの望みは、俺を理想の跡取りにすることだ。

 己の代役となる人間をこの世に生み出し、己の代わりに騎士の役割を遂行する人間をヤツは求めた。


 頭がおかしいんだ、あのクソッタレは。

 ヤツは先の戦争で大きな戦功を立てて、正規兵から騎士として拾い上げられた。まだ20代の頃だったそうだ。


 普通ならばここで下級貴族の娘を嫁にして、生まれた子供をまた貴族の家を結ばせる。

 だがゴライアスは違う。ヤツは結婚をしなかった。


 騎士の職務だけを愚直にこなし、下級騎士ながらパナギウムの守護者となった。

 そんな変人を先代の国王も重用した。だが……老いてからヤツは気づいたのだ。


 己が死んだら、騎士ゴライアスはパナギウム王国より消える。

 この国を影ながら守護するやつがいなくなる。もっと早く気づけよ、って話だ。


 ま、そんなわけでな、俺は騎士ゴライアスの抱える負の部分を叩き付けられて育った。

 己の分身を生み出すべく、ヤツはまだガキだった俺に、常軌を逸した訓練と勉学を押し付けた。


 誰もが騎士ゴライアスを尊敬する中、俺だけがヤツを憎んで育った。

 ヤツの歪みを、俺と家政婦のババァだけが知っていた。

 俺はまだガキで、逃げる場所もなく、誰もがゴライアスの味方だった。


「バーニィ、あの日お前と出会えたことは、私の生涯の中で二つ目に幸運なことだった。お前には期待している。さあ立て、この苦難を乗り越えて、お前はパナギウム王国の誉れとなるのだ」

「はい、お義父さん……。俺は、貴方の名に相応しい男に、なりたい……ウグァッッ?!」


「願うだけでは意味がない。力だ、力がなければ、お前は前線で無惨な死を迎えるだろう。この世界では、力がなければ意地すら通せんのだ」

「もう、立てない……お義父さん、少し、休ませ……ゥッッ!」


 泣き言は特に禁句だった。弱さを見せれば、ゴライアスは俺に失望した。

 ヤツはサディストではない。ただ、正気とは思えないほどに息子に厳しかっただけだ……。


 俺には理解できなかった。

 ヤツは王の信頼厚いが、あまりに厳しく、あまりに正義に忠実過ぎて、俺にはヤツが理解できなかった。


 もっと人生を楽しめばいいのに、ヤツは忠義に何もかもを捧げてしまっていた。

 確かに立派ではあるが、滅私奉公という言葉に足が生えて、それが剣を振るっているような男だった……。


 騎士ゴライアスのおかげで、俺は確かに強くはなれた。

 旧市街で育っていたら、教育すら受けられなかっただろう。


 そのことには感謝するべきなのだろう。だが、俺にはまともな青春時代はなかった。

 他に生きる道がなかった俺は、血反吐を吐いて訓練を乗り越え、ヤツの理想に賛同し、ヤツの厳しさに怯えて生きた。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 騎士学校に入ると、俺はゴライアスお義父さんから解放された。

 卒業後は騎士見習いとして、騎士団に顎で使われることになったが、そこでの生活は自由で楽だった。


 ゴライアスは俺が各地で手柄を立てるたびに喜んで、俺に手紙を送り付けてきた。

 父として誇らしい。お前は私の誉れだ。常に忠節を忘れるな。口癖のようにヤツの手紙には必ずそう言葉が添えられていた。


 暇だったんだろう。

 その頃にはヤツは騎士を引退して、あの陰気くさい館で隠居生活をしていた。

 その騎士ゴライアスが倒れたと聞いて、俺が館に帰郷すると、ヤツは既に死にかけだった。


「バーニィよ、お前が次の、ゴライアスだ……。お前ならば、パナ、ギウムの、秩序を守り、抜け、る……。民と王家に、忠節を……」


 どうしてそこまで尽くすのかと聞いたことがある。

 ヤツは拾い上げてくれた前王への恩だと答えた。


 いやおかしいだろ。

 いくら恩があるからといって、人生全てを捧げる必要があるのか? そう問いかけることは一度も許されなかった。

 ついに鬼がくたばってくれると、俺は歓喜した。


 俺はそれまでかぶることを強制されていた心の仮面を外し、初めて騎士ゴライアスに逆らった。

 くたばる前に、逆らうことのできなかった相手に、一度だけでもいいから逆らいたかった。


「ケッ……俺はアンタの代わりじゃねぇよ」

「バーニィ……お前、は……」


「俺は俺のやり方で忠義を尽くす。もうアンタの指図は受けねぇ。最低の青春時代をありがとよ、一応感謝してるぜ、お義父さん」


 だというのによ、ヤツは俺を怒りも憎みもしなかった。

 そんで思い出したよ。コイツは元から頭のおかしいやつだったと。

 ヤツは俺という最高傑作に見守られて――


「お前は、誠実な、男だ……。お前を、選んだ、のは――――だ。後は任せ……ぞ……」


 勝手に満足しておっちんだ。

 逆らうことを覚えた俺に喜んで、死にゆく自分が新しい自分に乗り移れると信じているかのように、ヤツは俺の反抗を喜んで死んだ。


 何から何まで気に入らねぇ……。だが!


「ハ、ハハハ、ハハハハッ! これで俺は今日から騎士だ。俺が騎士ゴライアスだ!! 旧市街のド貧民を跡継ぎに選んだバカめ、俺はこれから自由に生きてやる!! 死んでくれてありがとよ!!」


 家政婦のババィに、辛気くさい目で見られたが構やしねぇ。

 俺は騎士ゴライアスの死を神に感謝した。

 これから自由だ。俺はもう何者にも縛られねぇ!


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