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43-2 祝い酒の影 2/2

「バーニィは、自分たちが仕込んだ酒を、自慢したいんだ。飲まないなんて、もったいない」

「けどあたい……昔に戻りたいんだよ。昔みたいな、普通の女にさ……」


「お姉ちゃん……。ジョグさんっ、お姉ちゃんを励ましてあげて……っ」

「な、なぁぁっ、なんでおらに振るべさ!?」

「安心しなよ。あたいはアンタのことを男として認めてるよ。理性の旦那に相応しいかは、まだ決めかねているけどね」


 バーニィと比べればずっと紳士的で、やさしくて素朴で、リセリのことしか見ていないところもポイントが高い。

 これがなんでイノシシ男なのさ……。


「待たせたな、さあ乾杯しようぜ、乾杯! ほら、お前の分もくんできたぞ」

「いらないって言ったじゃないか……」

「ジョッキ一杯くらい、平気だ。乾杯しよう」

「あるぇぇー? 我が輩の分はないのかね、バーニィくんっ!?」


「お前さんはもう出来上がってるじゃねーか……。ほれタルト、諦めて付き合え。……そりゃ昔の喋り方の方が可愛げがあるけどよ、挙動不審になってたら意味ねーだろ」


 あたいは目の前に置かれたジョッキに手をかけた。

 なんの変哲もないぬるいビールだ。

 香りが強くて、眺めているだけで喉が鳴り、我に返れば既に手に取っていた。


「よっしゃ、乾杯!!」

「乾杯であるっ!!」

「乾杯。オレも、この日を、待っていた」


 乱暴にジョッキをぶつけ合う連中に、あたいも自分のジョッキを控えめに合わせて、みんなが美味そうに腹へと酒を流し込むのをただ見つめた。


 飲んだらダメだ。この一杯で、乱暴なあたいに戻ってしまうかもしれない。

 だけど震える手であたいはビールを口へと近付けて、それからとうとう欲に負けてしまって一口だけ飲んでみた。


「美味いじゃないか……」


 これを小さな祝い事のたびに飲めるなんて、ここはなんて恵まれた土地なのだろう……。

 一口で癖になってしまい、あたいはちびちびと黄金色のビールを舐めていった。


「だろっ!? もうこれ飲んだら都会には帰れねぇ、おらもっと飲め、グイッといけ!」

「バーニィ、タルトが、困っている。タルトが定住、してくれて、嬉しいのは、わかるが」

「ほぅ、男の純情かねっ!? また追いかけ回す尻が増えるのかねっ!? それは愉快!」


「コイツの尻だぁ? んなもん追いかけ回しても――な、なんで睨むんだよっ!?」

「お、お姉ちゃん、落ち着いて……」

「お、おら、席外したくなってきただぁ……」


 ちなみにジョグのやつが酒を飲んでいるところを、あたいは一度も見たことがない。少しそこが気になった。


「アンタ、酒は飲まないのかい……?」

「お、おらか……? おら、お酒は苦いし、ヒリヒリするから苦手だぁ……」

「あり得んっ! その図体で酒が嫌いとか、○○○付いているのかね、イノシシくんっ!? あだぁっ?!」


 リセリの前で汚い言葉使うんじゃないよ!

 そうあたいが怒る前に、リックがゾエの後頭部をひっぱたいてくれた。


「ま、コイツが昔のコイツに戻ってくれるっていうなら、俺はまあ別にいいぜ。今はこんなだけどよ、昔はかわいかったんだぜ。普通に年頃の乙女しててよぉ……」

「な、何言ってるんだいアンタッ?!」


「何より俺のことをよ、バーニィ兄ぃって呼んでくれてよ、それが俺ぁかわいくてよ。まったくよー、なんでこうなっちまったんだか……」

「アンタだって、今じゃただのだらしないおっさんじゃないかい……!」


「俺はもう開き直ってるからいいんだよ。おっ、マドリちゃん」

「え、どうかしましたか、バーニィさ――ひぇっ?!」


 バーニィが隣を横切ったマドリを引き留めて、いきなりお尻を撫でると悲鳴が上がっていた。

 このマドリって子、確か男だって聞いていたけど……はぁっ、まったくしょうがないバカだよ……。


「気を付けないと尻とか撫でられるぜ」

「も、もう触ってるじゃないですかーっ!? 人前で、こ、こういうの、困ります……」


「へへへ……人前じゃなきゃいいってことか? じゃあ今度また……」


 見るに見かねてあたいはジョッキをテーブルに叩き付けた。

 主賓であるあたいがこんなことしたら、注目が集まってしまう。


 けど我慢の限界だよ。このスケベオヤジときたら、どこまで節操がないんだい!

 こんなに若い男の子のお尻を撫で、鼻を伸ばしているアンタの姿はあたいが憧れた騎士の姿じゃないよ!


「あたしゃアンタが情けないよ……」

「しょうがねーだろ、俺ぁ開き直るって決めたんだだからよ。ん……? どうしたお前、お前らも乾杯するか?」

「姉御、ここは俺たちにお任せ下さい」


 反省しないバーニィに、あたいは怒りが爆発しそうだった。

 ところがうちの連中がバーニィのやつを取り囲んで、汚れ仕事をするときの凄みのある表情をどいつもこいつもが浮かべていた。


「おいてめぇバーニィ! 姉御に恥かかすんじゃねぇぞ、てめぇ!」

「いい歳したおっさんが女の子の尻とか触んなっ! お子様の教育によろしくねーだろがっ!」

「節操なく次から次へと女にデレデレしやがってこのクソ野郎っ、姉御の気持ちをちったぁ考えろ! おいてめーらっ、ベロンベロンに飲ませちまえ!」


 連中はテーブルからバーニィを立ち上がらせて、左右から動きを拘束した。


「な、何すんだてめーらっ!? おい待て、そういう飲み方よくねーぞ、止め――ングゥッッ?!」


 次から次へとジョッキがバーニィの口に押し付けられて、バーニィも止せばいいのに負けずにそれを飲み干す。


「へ、へへへ……ま、まだまだ平気だぜ……。あ、ありゃ……?」


 既にだいぶ回っていたのか、ジョッキ5杯目でバーニィはダウンした。

 もったいない酒の飲み方だよ……。


 だけどうちの連中には感謝しないといけないね。

 あのままじゃ、あたいのつまらないかんしゃくがまた爆発していた。


「自業自得、だ」

「バーニィさんっ、大丈夫ですか……!?」

「へへへ……おれはぁ……まだ、まだぁ、のめるぞぉぉ……さけもってこい……うぷっ!?」


 バーニィのバカは、マドリと犬っころのラブレーが面倒を見てくれるみたいだ。


「悪いね、助かったよ……。あと少しでキレちまうところだったよ……」

「いえ、いいんです。それに今だから言いますが、俺は昔の姉御に憧れていました。当時の姉御は明るくて、綺麗で、やさしくて、俺たちみんなの憧れでした。俺たちのことは気にしないで、昔の姉御に戻って下さい」


 若頭――いや、次期親分から思わぬ告白を受けてしまった。

 あの頃のあたいを褒めてくれる人がまだいたんだね……。

 バーニィくらいしか、認めてくれていないかと思っていた。


「姉御っ、そういうことだってよ!」

「けどよーっ、お嬢様言葉は止しましょうや、俺らも腹筋ヤバかったスから!」

「おいこらっ、それは言っちゃならねーことだろ……! プ、ププ……ダメだ、思い返したら笑っちまう……」

「諸君! それは遠慮せずに笑うところであろうっ! ですの♪」


 どいつもこいつも、なんて失礼な連中なんだい……。

 これじゃなんのためにバーニィを酔い潰したのかわからないよ。

 お嬢様言葉、あたい少し気に入っていたのにさ……。


「タルト、よければ今から、風呂に、行かないか?」

「あの地下の風呂かい。バカどもの相手をするくらなら、そっちも悪くないね」


「ああ、そしてもしよければ、バーニィの昔話をしてくれ。興味がある」

「ぁ、ぁぁ……。けどアンタ、あたいのことを――いや、アンタはそういうつまんない駆け引きするやつじゃなかったね。いいよ、良い話と酷い話、どっちがいいかい?」


 食べるものも食べたので、あたいとリックは立ち上がり、騒がしい酔っぱらいたちから離れた。


「両方頼む。立派だった頃のバーニィの話、ばかりでは、食傷してしまう」

「そうなんだよ、あの頃のバーニィ今とは別人さ……。あたいが理想を重ねていたのもあるだろうけどさ、立派だったんだよ。それが今じゃただのスケベさ……」


 リックは若々しく、胸が大きくて、美しい褐色の肌を持っている。あたいからすれば勝ち目のない強敵だ。

 だけど高潔で、さっぱりしていて、あたいの気質に合ういいやつだ。


「あのさ……良かったらあたいと、友達になってくれないかい……?」

「……何を、言っている? オレは既に、そのつもりだった」


「そ、そうなのかい……?」

「ああ。それと……オレは、タルトの気持ちが、よくわかる。オレも、ここに来たばかりの、頃は、不器用で、どうしようもない女、だった……。オレを変えたのは、パティアと、バーニィだ」


「はは、どっちも人を引き付ける変な魅力があるから、困ったもんだよ」


 変わるって難しい。

 自分が変わろうとしても、周囲の人間関係はこれまで通りだ。

 周りが許してくれないと人はそうそう新しい自分にはなれない。


「同意する」


 あたいはリックと軽く拳をぶつけ合って、古城地下に隠された魅惑の風呂に向かった。

 服を脱ぎ捨てて、その温かい湯船に身を沈めると、長旅の疲れが湯に溶けていった。


 周囲がどう反応しようと、恥ずかしい気持ちを堪えて変えていこう。

 少しずつ、少しずつ、昔の自分を取り戻してゆこう。

 そうしたらあたいは、本当の意味で旧市街というしがらみから解放される。


「ん……なんだい、でかい彫刻だね……?」

「ああ、この時間は、混浴だ。それは彫刻ではなく、ジョグだ」

「ヒ、ヒェェェェーッ、お、おらっ、おら何も見てないだっ、おら、二人がくるとは思ってなくて、ご、ごめんよぉぉっ!?」


「なんで男のアンタの方が先に悲鳴を上げるんだい……。だいたい毛むくじゃらのアンタの裸なんて、裸でもなんでもないよ。はぁ、情けない……それで、リセリとはどうなんだい?」

「あ、あの……おらもう上がるから……」


「残りな」

「な、なんでぇぇーっ!?」

「少し、オレも興味、ある……。話してくれ」


 バーニィの昔話は、たまたまそこに居合わせた哀れなワイルドオークを尋問してからになった。

 一緒に同じ家で暮らして、指一本手を出していないだなんて、あたいはあきれたよ……。


 人間と魔族じゃ、子供が極端に産まれにくいという問題はあるけど、リセリを最後まで見守ってくれるなら、認めてもいいかもしれない……。


 ――タルト編終わり――

遅くなってすみません。

次話から新章です。伏線回収始めます。

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