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43-2 祝い酒の影 1/2

 太陽が魔界の空に飲み込まれると、あっという間に隠れ里が暗闇に包まれていた。

 あたいはヌルと一緒に馬と羊を厩舎に戻して、飼い葉と麦をあてがうのを手伝った。


「何もかも手伝わせてしまってすみません……」

「別にかまや――じゃなくて、んん……別にかまいませんことよ」


「な、なんで急にお嬢様言葉に……?」

「はぁ、なんか違うね……。どうしたら、普通の女になるんだろうね……」


 あたいの本性――いや、今まで演じてきたあたいを知らないヌルは、あたいにとって絶好のリハビリ相手だった。

 これから食堂であたいの歓迎パーティが行われる。真っ暗闇の通路をヌルと歩いた。


「普通なら、普通にすればいいのでは……」

「その普通がわかんないから困ってるんじゃないかい……。あ、おほんっ……困ってるんですの」


「お嬢様言葉はどことなく、わざとらしい気がします……」

「これでも元々はお嬢様なんだけどね……。ヤクザの……って付くけどさ」


「え、ヤ、ヤクザッ!?」

「聞こえちまったかい……。ま、色々あってね、ちょっと前までヤクザ連中の親分してたんだよ。でも、この里じゃ元ヤクザの女親分だなんて肩書き、人を怖がらせるだけだろ……」


 予定にないのにベラベラと喋ってしまっていた。

 うちのリセリと同じ病を患っているという時点で、あたいからは他人に見えない。


「怖がらせる。という部分なら俺もわかります。こんな体になっちゃいましたから……」

「あたいは怖くなんかないよ。蒼化病は伝染なんてしないし、肌が青くなったからって、だからそれがなんなのさ」


 偉そうに言っておいて、自分の言葉が自分に突き刺さった。

 元ヤクザの親分だからって、だからなんなのさ。気にしすぎじゃないか……。


「そう言ってくれる人がいるだけでも俺たちは救われます。それに、俺に魔法を教えてくれた人が言っていました。蒼化病は病気じゃない。人間と魔族は元々は同じ生き物で、俺たちは、魔族の血が強く出ただけだって……」

「フフ、物は言いようですの」


「あの……やっぱりその口調、不自然な気がしますよ……?」

「そうですの? はぁっ、どうにも難しいねぇ……」


「普通でいいじゃないですか……」

「違うんだよ。普通にしたら、普通の連中がビビっちまうから困ってるじゃないかい……」


 途中からゆっくり歩いたけれど、とうとう食堂の明かりが見えてきてしまった。

 あたいは主賓だそうなので、一度厨房の方に姿を隠すことになっている。


「がんばって下さい」

「ありがとよ。……じゃなくて、ありがとうヌルくん」


「やっぱり素のままでいいと思いますけど……」

「だからそういうわけにはいかないのさ。あたいはもう、人を恐がらせて威張り散らすような生き方は、止めるって決めたんだよ」


 やさしい少年ヌルと別れて、あたいは厨房に入って、少しだけ残りの調理を手伝った。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



「初めまして、あたいは――私はタルト。今日は私のために、わざわざこんな席を設けてくれてありがとうございます。若輩者ですが、精一杯がんばりますので、どうかこれからよろしくお願いします……」


 間もなくしてあたいは食堂の真ん中で、顔見知りも多かったけど自己紹介をした。

 そうするとあたいと面識がある連中は、面食らった様子であたいを見た。

 特にバーニィのバカなんて、眉をしかめて首まで傾げていた。


「うっうっ……姉御、姉御ぉぉ……」

「寂しくなるなぁ……はぁっ、でもどやされなくなるのは、楽だぁ……」

「おい、んなこと言ってると雷落ちてくんぞ……?」


 うちのバカどもは大げさに泣いたり、大喜びでビールを乾杯したり、あたいのことを好き勝手言い回す。

 せっかくあたいが普通の女としてこの里にデビューしようとしているのに、そういう反応をされるとこっちは困るんだよ!


「しかし今日の姉御変じゃね? 何女みたいなこと言ってんだ?」

「シッ、お前でかい声でそれ言うなよ……」

「姉御は元から女だろ? 俺たちよりずっと男らしいけどな、がははは!」


 雷を落としてやりたい気持ちを抑えた。

 今さらといえば今さらだけど、気性の激しいところを見せてしまったら取り返しが付かない。


「ねぇねぇ、ねこたん?」

「はい、なんでしょう」


「タルト、おとこ?」

「何を言っているのです、彼女は女性です。ただああいった役割を演じているうちに、本当の自分がわからなくなってしまったのでしょう。これからは前よりも、あなたにやさしく接してくれるかもしれませんよ」


「うーうん、タルトは、まえから、やさしい」

「うん、そうだね。でもお姉ちゃん、昔はもっともっとやさしかったんだよ」


 人を雑談材料にして、好き勝手言われるのに堪えられなくなって、あたいは食堂の中央を離れた。

 どいつもこいつも、あたいのことを見透かしているようで気に入らないよ……!


「お、おらのこと、睨まなくなるべか……?」

「いえ、それはそれ、これはこれ、といったところでしょう」


「ぅ……胃が痛くなってきただ……」

「大丈夫だよ、ジョグさん。お姉ちゃん、ジョグさんのこと気に入ってると思う」


 さあ、それはどうだろうね。それはそれ、これはこれさ。

 アンタがいいやつなのは知ってるけどね、やっぱり種族の壁があたいは気になるよ。

 あたいは自分の席に着席して、この里にしては豪勢な夕飯に手を付けた。


 ワイルドボアの骨付き肉は脂が乗っていて、それをしょっぱい味付けのオニオンスープで流し込むと、自分が空腹であることに今さら気づいた。


「おめでとうっ、おめでとうタルトくんっ! テッキリ我が輩、テーブルでもひっくり返すくらいの派手なデビュゥを見せてくれるかと期待していたのだが、すっごい地味で! それが逆さまのサプライズッ! 感動したっ!」

「お、お姉ちゃんはそんなことしないよ……っ」


 右隣がリセリ、左隣がバーニィで、なぜか向こう側にはうっとうしい錬金術師のゾエがいる。


「ケンカ売ってるのかい……? じゃなくて、おほんっ、ケンカ売ってるんですの?」

「ブッッ……?! ウッ、ゲホッゲホッ……いきなり変な喋り方すんじゃねぇっ、大事なビール吹いちまっじゃねーかっ!」

「ワハハハハッ、聞いたかねバーニィくんっ、リックくん! ですの♪ だなんて言っちゃってナハハハハッ、全然似合ってい――ウヒィィッッ?!」


 失礼な連中だよ……。あたいがお嬢様言葉使っただけで、ビールを吹くなんて酷い酔っぱらいだ……。

 リックがテーブルに置かれたゾエの指の間に、調理用のナイフを突き刺してくれなければ、あたいもぶち切れていたさ。


「すまん、少し、手が滑った」

「お姉ちゃん、あまり無理しないで、いつも通りにしたら……?」

「お、おらは……おらはちょっとホッとしてるべ……。恐いタルトさんより、今のタルトさんが、やさしそうでいいべ……」


 イノシシ男にフォローされるなんて思わなかったよ。ふん……やっぱりいいヤツじゃないかい。

 なんでこれが人間に生まれてくれなかったんだか……。


「おいおい、いきなりお嬢様言葉なんて使われたら、誰だって笑うだろ? っと、酒くんでくるわ。リックちゃんも飲むだろ?」

「ああ、オレの分も、頼む」


 木製の大きなジョッキに半分も残っていたのに、リックは一気に飲み干してそれをバーニィに突き渡した。

 ここには酔っぱらいが多いので、さっきからビールの芳香が充満している。


 美味しそうだ……。喉が乾いてきた……。

 だけどあれをもし飲んでしまったら、あたいはあたいを抑制できない。


「お前も飲むよな?」

「あたいかい……? わ、私はいい……」


「は? こっちはお前に飲ませたくて仕込んだんだぞ、飲まないなんて許さん」

「いいったらいいよっ、酒が入ったら荒っぽくなるだろ、あたい!」


 昔のあたいに戻ったら、バーニィはきっと喜んでくれる。

 もしかしたら、あたいらの新しい関係が待っているかもしれない。

 だというのにバーニィはあたいをあきれた目で見て、何も言わずに中央に置かれた酒樽に向かっていった。


今日書きました。

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