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43-1 後日談 思春期を捨てた彼女が見た楽園 2/2

 お茶が入るまでのしばらくの間、何もかもが小さい世界を見回して過ごした。

 それからあたいらは小さなテーブルを囲んで話し込む。

 あたいら共通の共通の話題があるとすれば、それはバーニィ・ゴライアスというスケベ男だ。


「昔のバーニィさんって、そんなに男前だったんですか?」

「そうだよ。それに今はただのスケベ親父だけど、昔はキリッとした騎士様をやっててさ……」


「あの頃のバーニィ兄ぃを知っていたら、今の姿に失望するよ。あり得ないくらい堕落してるから……」

「でもタルトさんは彼が好きなんですよね?」


「ば、バカ言うんじゃないよ……っ。そりゃ、昔はね……昔は本気だったよ……。でも今さらさ。いいんだ、リセリと同じ土地で暮らせるならそれで……」

「えっ、リセリさんともお知り合いだったんですか? 私、リセリさんが好きです。やさしくて、女の子らしいというか純情で……。早くジョグさんとご結婚されたらいいのに」


 あたいの顔がひきつるのを彼女は見た。

 言葉を間違えたと、気を使わせてしまったようだ。


「あのイノシシ男かい……。あのジョグってやつは、そんなにいい男なのかい? アンタから見て、リセリのいい旦那になると思うかい……?」

「はい、あんなにやさしいワイルドオークは見たことがありません。あの方が嫌いな人なんて、この里にそうそういないと思います」


「そうかい。ただちょっと頼りない気がするよ。リセリを任せるにしても、すぐあたいから目をそらそうとするところが良くないよ」

「そうなんですか……? そこは、性格もあると思いますけど……」


 立場が変わって、ジョグを認めてしまいそうな自分がいる。

 けどリセリのことを考えれば……。

 盲目のリセリをありのままに見守ってくれる男なんて、あのジョグの他にいないから困るよ……。


「放牧地かい? へぇ、魔界羊ってそんなに大きいのかい。これから見に行ってみるよ」

「また来て下さい、タルトさん。いつでも大歓迎ですから」


「お言葉に甘えてそうさせてもらうよ。バーニィ兄ぃにが変なことやってたら、あたいに報告してくれていいからね」


 ネコヒトの小さな家を出ると時刻はもう夕方だった。

 空高く上った太陽が魔界の暗雲に近付き、オレンジ色の光を降り注がせていた。

 半分が人間の空。もう半分が魔界の空。何度見ても不思議な場所だ。


 魔界羊と馬たちが気になって、あたいは放牧地に向かった。

 日当たりの悪い古城の北側を切り開いた場所だったはずだ。いざやってきてみると、またあたいは驚いた。


「わ、でかいね……」


 前に見たときはこんなに大きくなかった。

 けれど今は広々とした牧草地が彼方まで広がり、そこに巨大な魔界羊と馬たちの姿がある。

 馬に負けず劣らずの巨体を持った羊の姿は、現実より目の方を疑いたくなるおかしな光景だった。


「ん……?」


 ところがよく見ると、その馬の背の上に白くて丸い球が乗っている。


「ん、んんー……? なんたい、アレ……?」


 気になって牧草地に入ってみて、変に固まっている馬と羊たちに近付いてみるとようやく合点が行った。

 パティアのお気に入りの小鳥、しろぴよだ。


「アンタ、そこで何してるんだい……?」

「ピュィ?」


 声をかけてみると、全ての顔が一斉にあたいを見た。

 馬も羊の白い小鳥にばかり目を向けて、小さな身体が馬の背を毛繕いする姿を見つめていた。


 もしかしてこれは、順番待ちか何かなのだろうか。

 毛繕いを受けるピッコロを、雄のファゴットの方が羨ましそうに見るので、あたいは代わりに背中をかいてやった。


 するとあたいの方を向いて、嬉しそうにいなないた。


「ピヨッ!」

「なんだい、アンタも忙しいね」


 眺めていると、しろぴよが翼をはためかせてファゴットの背に乗り移った。

 すぐさまくちばしを馬の背中に差し込んで、一カ所ずつついばんでは歩き回る。

 あたいはぼんやりとその姿を馬と羊と一緒になって眺めた。


「平和だね、ここは……」

「メェメェメェメェ……」


 まるで同意するように魔界羊が鳴いた。これだけ大きいと、知能の方もそれだけ高いのかもしれない。

 ピッコロが物足りなそうだったので、あたいはその長い首を撫でて慰めた。


「ん、なんだい……?」


 ところがそうしていると、でっかい魔界羊の巨体があたいを囲んだ。


「メェメェ……」

「メェメェメェメェ……」


「まさか撫でろって言ってるのかい? 無理言わないでくれよ、あたいの手は二本しかないよ……? ああもうっ、しょうがないね……!」


 それからしばらくの間、あたいはしろぴよと一緒に獣たちの毛繕いを手伝った。



●◎(ΦωΦ)◎●



 ところが――


「アオォォ……♪」


 巨大な羊がいると聞いてはいたが、巨大な山猫がいるとは聞いていない。


「なっ、ば、化け猫っっ!? あたいらの里に入るとはふてぇやつじゃないかいっ、叩き斬ってやるよっ!」


 あたいは短剣を引き抜き、やつに向けて切っ先を突きつけて威嚇した。


「アォォ……?」


 威嚇、したはずなんだけどね……。

 その白くて綺麗な山猫は、ころんとヘソを見せてあたいに甘い声を上げる。


「なんだい、アンタ……。まさか、ここの連中に飼い慣らされてるのかい……?」


 山猫が一人で毛繕いを始めた。

 敵意はどこにもない。大きな舌で毛並みを整えては、ときおり誘うようにあたいを見てくる。


「でっかいだけで、ただの猫じゃないかい……しょうがないね」


 あたいはその巨大猫に近付き、放牧地に腰掛けて腹を撫でた。

 ふわふわしていて気持ちいい。山猫は嬉しそうに目を細めて、もっとしてくれと腹を空に突き出す始末だ。


 巨大な羊にも驚いたけど、まさか猛獣まで飼いだすなんて予想してなかったよ……。

 その腹を、誘われたからといって撫でてるあたいもあたいだけどさ……。


「イリスーッ、イリスーッ、今日はお客さんがきてるから、勝手に動き回ったらダメだよっ! イリス――あっ!?」


 そこに蒼化病の少年がやってきた。見覚えのない顔だ。

 彼は山猫――イリスの腹を撫でるあたいに相当に驚いているみたいだった。


「なんだい、アンタも新顔だね。あたいはタルト、よろしく」

「イリスが怖くないんですか……?」


「はっ、このくらいでビビッてたら、あたいの仕事は――んっんんっ……。あたいは、あたいはただ、猫が好きなだけさ……」


 この病気を抱えた子は初対面の相手に怯える。あたいは取り繕いながらも、彼に自然な笑顔を向けた。

 ヤクザをやってた今までのあたいを捨てよう。


 できるだけ言葉も直して、人を怖がらせるようなことのない普通の女に戻ろう。

 この里では誰かを脅かしたり、必要以上に大げさに怒ったり、睨んだりする必要なんてない。


 あたいは異常な世界に身を起きすぎて、おかしくなってるんだろう。


「凄い……。あ、僕はヌル。この子はイリス。よろしくお願いします、タルトさん」

「こちらこそ、よろしくね、ヌル」


 こんな感じでいいのだろうか。

 んん……なんだか変な感じだけど、こりゃ慣れてゆくしかないね……。


 今日からはバーニィの挑発にも乗らないようにしよう。

 人を怖がらせるような生き方はもう止めないと、あたいの人生はレゥム旧市街のタルトに逆戻りだ。


「アォォ……ッ」

「ああごめんよ、イリス。あんたもよろしくね。あんたのお腹、癖になっちま――なっちゃうよ」


 参ったね……。

 どんな自分を演じればいいか、わかんなくなってきたよ……。

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