6-3 もふもふでふかふかな最高のおみやげ
「嬉しい……。だけど、それも叶わないのです。あの、ネコさん、聞いてくれますか、私の身勝手な悩みを……」
「それでネコの恩返しの1つになるのなら何度でも聞きましょう。おかげでわたしたちの生活が豊かになっているのですから」
「うふふ……じゃあ遠慮しないで相談しちゃいます。実は――とある方の目に止まり、嫁ぐ、嫁がないと、司祭様も巻き込んだ、急なお話になっているんです……」
シスター・クークルスは聖職者だが美人です。
母性もあって人柄も聖人並み、縁談話が遅過ぎたくらいでしょう。
「なるほど見えましたよ、相手は貴族ですね」
「はい……」
彼女が暗くうなづく。
気乗りしないならば断ればいい。けれど人間の世界はしがらみの世界と聞く。
「聖堂のシスターとして、借家暮らしをするよりはずっと裕福に暮らせるのではないですか?」
「だから身勝手な悩みと、最初に言ったんです。その方は位のとても高い方で、確かに裕福にはなれます……。ですけど、聖堂のお仕事からは遠ざかってしまいますでしょ……。私、この仕事が好きで、誇りを持っているんですよ」
貴族様と結婚したいと夢見る乙女は多いものの、シスターとして枯れたいと望むものはさしていない。……クークルスは奇特な人です。
「相手の名前を聞いてもよろしいですか?」
「サラサール様、40くらいのお年の、おじさまです……」
「あなたの方は?」
「ふふっ、聞いてしまいますか? 今年で24です」
「おや、だいぶ離れていますね、ロリコンでしょうか」
年下好きのおじさん貴族からのプロポーズ、ようやくクークルスが悩むのもわかるようになってきました。
「高い位の貴族なら、そのコネと富で弱者を救う道もあります。結婚するからって人生が終わるわけでもありません。それにシスターを嫁にするくらいです、わかってくれるでしょう」
ただこのまま老いていくくらいなら、貴族のご婦人として生きた方が幸せかもしれない。……相手がまともな人間ならば。
「はい、サラサール様は立派な方です。レゥムにやってくるたびに聖堂にいらっしゃって、長いお祈りをしていって下さります。この前だって30000ガルドもの寄付をして下さったんですよ」
「それはまた、余計に断りにくい条件がそろってしまったものですね」
邪推をするならば、大口の寄付で聖堂関係者を黙らせたとも取れる。
そう見るとクークルスの逃げ道はもう無いも等しいのか。
「ありがとうございます、あなたに話して、少しすっきりしたみたい……。そうね、縁談、受けてみるのもいいのかもしれません」
戻ったらバーニィに、このサラサールという男について聞いてみることにしよう。
バーニィは元騎士です、貴族の最底辺にいた男です。きっと噂くらいは知っているでしょう。
「イヤになったら逃げてしまえばいいんですよ。レゥムの発展には及びませんけど、わたしたちがあなたを迎えましょう。なぜならあなたは、敬愛するべき恩人だからです」
●◎(ΦωΦ)◎●
鍛冶屋で新しい銅の深鍋とおたま、包丁、トング、鉄串、魚を焼くための網を買った。
しゃもじなどの木製品はバーニィに頼めばいい。愛しのホーリックスちゃんのために、さぞや張り切ってくれるだろう。
これで全ての買い物が終わりました。
いや違います、絶対に忘れてはいけないアレがまだ残っていたんでした。
「最後にうかがいたいのですが、娘が言うには、わたしの毛並みのようなもふもふが、おみやげに、欲しいそうです」
「あら、それならやさしく抱きしめてあげたらどうですか? ただいま……って、うふふっ」
「おお、そんな手が……ではなく、やはり形となるみやげでなければ、誰も納得しないでしょう」
「ならプレゼントと一緒にネコさんが抱きしめる、これですね♪」
そんな恥ずかしいノリはお断りです。
クークルスならパティアと好みも近いみたいですし、良いおみやげを思いつくと期待したというのに……。
「ふふっ、そんな顔しないで下さい。少し値段は張りますけど、良い物を知っておりますよ」
「本当ですか? ああよかった、もう全てあなたにお任せします。……あ、そうでした、実はもう1つ質問がありました」
わたしはもう1つお使いを頼まれていたのでした。
上手く接触できるか不安でしたので、彼女が何か知ってくれているとありがたい。
「タルトという仲介人を知りませんか? 何でも通称、夜逃げ屋タルトだそうで。旧市街の方で活動されているらしいのですが……」
「旧市街のタルトさん……骨董屋を営んでいる方なら存じておりますけど、夜逃げ屋のタルトさんとなると……」
「ああそれです、たぶんその人です。良かった、大まかでいいので店の場所を教えて下さい」
「はい、もちろん喜んで♪ それではお子さんのおみやげを買いにいきましょうか、ふかふかで、もふもふの♪ そういえばお子さんの名前は?」
「パティア・エレクトラム、わたしの娘で、人間です」
シスター・クークルスは買い物相手としてベストアンサーでした、彼女が選んだパティアのおみやげもきっと。
わたしは最高のプレゼントを持って彼女と別れ、残るバーニィの頼まれごとを済ませることにしました。
●◎(ΦωΦ)◎●
一方その頃パティアは――
「ねこたん、なにしてるかなー……。まちの、おんな……まちの、おんな……ぅぅぅぅーっ、パティアのっ、ねこたんなのにーっっ!!」
バーニィが後から教えてくれました、その頃パティアは湖の前で荒ぶっていたと。
ホーリックスとバーニィに左右を囲まれて、彼らは仲良くゆったりと釣りを楽しんでいたそうです。
「ばにーたん、うしおねーたん! ねこたんに、おみやげの、おかえしつるぞー! くんせい、いっぱーい、つくって、まってよー! パティアは、まちのおんなには、まけられない……」
「パティアは、やさしい子だな……。うん、教官には、魚を寄贈しておけば、間違いなんてない……」
「そういうもんかい、やっぱありゃ、ただのでかいネコなんじゃねぇかね……?」
違います、私はネコヒト、ネコに似ているだけで別の生き物です。
ゴブリンとゴブリンもどき、コボルトとライカンスロープ、ガンとガンモドキくらい違う別物なのです。
「わかってないなー、バニーたん。ねこたんはー、ただのねこでは、ないぞー? ふかふかでー、ふわふわのー、さいきょうの、ねこたんだ! はーー、おみやげ、たのしみだなー、なんだろなーなんだろなー、わくわくするなー! ……あっ、きたっ、とりゃーっっ!!」
その日の、釣果はボウズを地で行くわたしがいなかったおかげで、大物サモーヌを含む40匹近い大漁だったそうです。




