42-7 古の亡霊 2/2
「貴様は、この地に人と魔が共存する理想郷を築いた。評価しよう。貴様らは、アガレスが人と魔の全てを統べる足がかりとなる……」
「意味がわかりませんよ」
用意周到なこの男のことです。わたしたちの退路に伏兵を既に仕込んでいると考えるべきです。
逃げても詰みならば、正面のこの怪物をどうにかする方がマシでしょうか。
「従わねば、そこの者どもを殺す」
「それは困りますね。ふむ……」
ならばやるしかありません。しかし戦いになれば、タルトと男衆は無事ではいられないでしょう。
わたしはアガレスの巨体を見上げ、腰のレイピアに手をかける。
「わたしは仲間を傷つけたくありません。ここは一騎打ちで決めませんか?」
「待ちなよっ、あたいたちも戦うよっ!」
「いいえ、バーニィとリセリの元にあなたを送り届けるのがわたしの任務です。どうでしょう、脅してねじ伏せるよりも、悪くない方法かと思いますが?」
返事は剣でした。アガレスのツーハンドソードがわたしに向けて振り下ろされると、土くれの大地が炸裂しました。
「よかろう」
「では、手出し無用で」
特別製とはいえ、レイピア一本で重鎧のアガレスを相手にするのは大変なことです。
斬っても突いても、どこを狙っても鋼に弾かれてしまいます。
一方のこちらは攻撃をかわすしかありません。大木がへし折れ、足下がえぐれ、ミゴーとはまた違った確実性の高い一撃一撃がネコヒトを狙ってきています。
「フフフ……これは出し惜しみなどしていられませんね。――ウェポン・スティール」
「む……」
ナコトの書がもたらす奇跡の術で、わたしは正統派の魔族たちから根こそぎ武器を奪い取り、己の周囲にそれを浮遊させる。
そして今度はこちらからアガレスに突進して、鎧と鎧の隙間を狙ってレイピアを放った。肉を貫く感触が腕に走ると、自動迎撃の刃たちががアガレスのツーハンドソードを受け止めました。
「あなた、幽霊ではなかったのですね」
「小癪な……」
しかしこういうところはミゴーとやり方が同じです。
物理攻撃が当たらないと諦めるなり、彼は強大なその魔力を増幅させてゆきました。
噂によるとアガレスは炎の術を得意としています。
「タルト、下がって下さい! アガレスは仲間ごと全てを焼き払うつもりです!」
「あ、頭おかしいのかい、コイツ!? トンズラするよっ、アンタたちっ!」
わたしはその場に残り、アガレスに向けて全ての刃を向けました。
標的はわたしです。わたしが動けば要らぬ被害が出ます。ならば、やつが術を放つ前に致命傷を負わせるまでです。
「逃げぬか……」
「気が変わりました、ここであなたを殺します。わたしの友人たちと、里を脅した罪を支払っていただきましょう」
「ならば燃え尽きろ……」
「そちらこそもう二度と、魔王様の後継者を語れないようにしてさしあげますよ」
わたしが突進すると、アガレスの術が炎の爆風となって世界を包んだ。
彼は勝利を確信したようですが、すぐにその目を見開きました。知らなかったのでしょうね、わたしが魔法を受け付けない奇妙な身体になっていたことを。
「その力、は――ウグッッ?!」
アガレスは鎧の隙間という隙間を刃に貫かれて、血を吹き出しながら崩れ落ちました。
後に残ったのは燃えさかる炎の世界と、膝を突くアガレスの姿です。
「あなた、やはり幽霊か何かですか……?」
「ク、ククク……見事。我が覇道の、障害と認めよう……邪神を倒した男よ」
透けるようにアガレスはわたしの目の前から消えてしまいました。
魔法で転移したのではありません。空っぽの鎧だけを残して世界から消えてしまったのです。
アガレスは無数の影武者を持っていると、まことしやかに言われていましたが……まさかその全てが、実は本人だなんて言いませんよね……。
ともかく、こうしてアガレスを退けた以上はもう問題などありません。急いで里へと戻ることにしましょう。
「お前、アガレス様を退けたのか……?」
「ええ、彼が油断してくれて助かりました。……出来れば退いていただけると助かるのですが」
引き返すと部隊長とおぼしき、イヌヒトの男がわたしと甲冑の残骸に驚愕していました。
「信じられん……。だが、こちらも手ぶらでアガレス様を倒した男と戦う気などない。むしろ見逃してくれることに感謝しよう。総員、撤退するぞ!」
「しかし、アレはどういうからくりなのですか?」
「その謎を知る者は誰もいない。知れば消されるとの話だ。では失礼する」
アガレスの放った炎ももうくすぶる程度です。爆心地に目を向けると、何の木かすらわからないほどに全てが炭化していました。
あんな炎に巻かれて、よくも無事だったものですね……。
「ああっ無事で良かったよっ! あの不気味な甲冑野郎はどこだい!?」
「逃げられました。それよりも里に帰りましょう。アガレスが退いた今がチャンスです」
「ちょ、ちょっと待ちなよっ、それってつまり……アンタが魔将を追っ払っちまったってことかい!?」
「いえ、実は殺す気でした。わたしたちの里を滅ぼすと言ったからには、逆に殺し返されても文句を言えないでしょう」
「アンタね……。とにかくアンタが無事でよかったよ……」
わたしたちは進路を変えて、隠れ里への道をひた進みました。
伏兵が待機していた痕跡はありましたが、アガレス撤退の報告を受けたのか、もうわたしたちの道を阻む者は現れなかったようです。




