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42-6 けっこん

「またのお越しをお待ちしております! 総員、敬礼!」


 赤毛のタルトと男衆による輸送隊を率いて、ギガスラインを正門から抜けようとすると、わたしはまたもや暑苦しい歓迎を受けるはめになりました。

 あまりの特別待遇に困惑するわたしの様子を、タルトが意地悪に笑っていたかもしれません。


 わたしはすっかり偉いネコヒト様にされてしまったようで、これではまた新しい偽名を作らなくてはなりませんでした。


 さてギガスラインを抜けたわたしは、いつものように斥候として前に出ました。

 先行しては索敵し、脅威があれば排除して、ついでに採集も行いつつ、樹木の上で後続を待ちました。


 一時期は『森の妖精さん』と呼ばれてしまったこともありましたが、人間から見ればわたしは導きの妖精も同然なのかもしれません。

 願わくば、ギガスラインの向こう側で、わたしの話に余計な尾ひれが付かないよう祈るばかりでした。


「慎重な英雄様もいたもんだよ。もう少し手を抜いてくれたっていいんだよ、あたいらだって戦えるんだからさ」

「いえ、両軍が停戦を行ったとは聞いていません。里に近付くにつれ、軍と遭遇する危険が高まります。いくら警戒しておいても損はないということです」


 穏健派ならば話が通じますが、魔軍正統派との接触はよろしくありません。

 魔将アガレスにとってわたしは、落城寸前の城からリード・アルマド公爵を奪って姿をくらました泥棒猫なのですから。


「そうかい。ん、なんだいこりゃ?」

「あ、それは……それはなんでもないです、姉御!」


 後続が追いついたので再び先行しようとすると、タルトが荷台の中に気になる物を見つけたようです。

 様子をうかがうと、彼女が取り出したそれが森の木漏れ日に白く輝くのが見えました。


「こりゃ、ウェディングドレスじゃないか。なんだってこんな……。それも2着もあるじゃないかい……」


 そうです。白のウェディングドレスです。

 片方は少し小さく、小柄な者でも着やすくなっています。


「それは私が注文しました。これから必要になるかもしれませんので」

「へぇ……わざわざ、このあたいに内緒でドレスをねぇ……?」

「あ、姉御、すまねぇ……どうしてもって、エレクトラムさんが言うから……」


 ドレスを注文しろと言い出したのはわたしではありません。

 自称英霊のエルリアナです。平和になってしまった今では、人の恋路をのぞき見るのが数少ない楽しみだと、わたしが聞いてもいないのに本人が教えて下さいました。


「アンタ、いったい誰の結婚式を開くつもりだい……? まさか、うちのリセリをあのイノシシ男と結婚させるだなんて言わないだろうね!? そんなのあたいの目が黒いうちは許さないよ!!」

「里の者で共用する予定です。幸い、腕のいい仕立て職人がいますので。……別に、あなたが使って下さってもかまわないのですよ?」


 エルリアナの趣味はあまり理解できませんが、これは必要な物だと思います。

 里の女性たちがこれを身にまとう姿を想像すると、楽しい気持ちにわたしもなりました。


 いつかパティアもこれを着れるくらい大きくなるのかと思うと、あと10年は誰にも渡さないと、強い決心が芽生えてきます。


「あたいみたいなババァを捕まえて、バカ言うんじゃないよ。誰があたいなんか拾うバカがいるんだい」

「あなたは今でも十分に美人です。もしかしたら、その気になる方がいるかもしれませんよ」


「なっ……お、おかしなこと言うんじゃないよ……。それよりさっさと斥候に出なよっ、後が詰まってるじゃないかい!」

「あなたにも似合うと思うのですがね。そうです、試しに袖を通してみたら、気が変わるかも――」


「バカなこと言ってんじゃないよっ! こっちはこのままレゥムに引き返してやったっていいんだよっ!」


 そう叫びながらも、赤毛のタルトは白いドレスを抱えて手放しませんでした。

 わたしは再び斥候として森を進んでは、後続が追いつくたびにどこかソワソワとしているタルトを、遙か遠くから眺めるのでした。


 どうやら、なんだかんだ言ってウェディングドレスが気になっているようです。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 その頃、パティアは――


「あーっ、えれーおねーさんだ! おーい、どうしたのー!?」


 件のウェディングドレス騒動の発端でもある、エルリアナの姿を森の湖に発見したそうです。

 彼女は浴びるように湖水へと身を沈め、パティアから聞いた限りではぼんやりとしていたそうでした。


「ん……水浴びかな。パティアちゃんは今日も元気だね」

「ゆーれーなのにかー?」


 肉体を失おうとも、水を浴びたいという気持ちは変わらないのでしょう。

 むしろ時間的制約も、食事や睡眠の必要もない幽霊だからこそ、気持ちの切り替えが必要なのかもしれません。


「だから幽霊じゃないよ、英霊だよー……」

「んーー? だからー、ゆうれいのー、えれーおねーちゃん、じゃないのー……?」


「はぁ……まあ、お化け扱いされて怖がれるよりいいか……。あ、それよりパティアちゃんって、好きな男の子とかいるのっ、よかったら私に教えてっ!?」


 わたしもそこは気になるところでしたか。いえ、ところが……。


「ダーンすき!」

「え……?」


「ダダーンッなー、しゅごく、いいやつ! ちからもちで、やさしくて、しずか。パティア、ダーンすきだぞー」

「まさかそれって……ダンさんのこと!? あの、山みたいにおっきいおじさんのことっ!?」


 あまりパティアの言うことを額面通りに受け止めないことです。

 この子は人の話を半分しか聞かないところがありますから。


「ダーン、だめかー? じゃあ、バニーたんかなー。バニーたん、パティアすきだぞー」

「ええ、私はあのおじさん苦手かな……。だってこの前、空をふわふわしてたらね、あの人、私のパンツのぞこうとしてたの……」


 バカな姿が目に浮かぶようです。バーニィならチャンスさえあればやるでしょうね……。


「わかるー。バニーたんなー、そういうところある」

「じゃなくて男の子! 男の子の話だってば! パティアは気になる男の子とかいないのっ!?」


「らぶちゃん、ふかふかしてすき! あとねあとね、カールもおもしろいから、すき! あとなー、ジアもすき! リセリもかわいい! ヌルくんもすきだぞー!」

「いや、そうじゃなくて……。ずっと一緒にいたい相手とか、いないの? みんなと別れることになっても、この人とだけは絶対一緒にいたい! って相手!」


 パティアに誰かに恋する日はまだまだ先になりそうです。

 大人になってもずっとこんな調子だったらどうしようと、ときどき不安になるときも実はあります。


「ねこたん! パティアはー、ねこたんがいちばんすき!」

「そうなんだ。私は小さい頃、お兄ちゃんと結婚したかったかな……。あ、じゃあ、ベレト――エレクトラムさんが他の誰かと結婚することになったら、パティアはどうする?」


「ぇ……」

「だから、誰かがエレクトラムさんのお嫁さんになったら、パティアはどうする?」


 パティアは言葉を失い、湖の彼方ばかりを見つめました。

 わたしに結婚の予定などありませんので、考えるだけムダな話だと思います。


「ねこたんは……そんなことしないもん……」

「そうかな」


「そうだもん……。だって、ねこたんは……ねこたんはパティアとけっこんするんだもん!! クーには、わたさないもん!!」

「ぇ……!? そ、そうなのっっ、あの二人って実はそうなのっ!?」


 誤解です。ですがパティアにとっては、シスター・クークルスは母親同然の存在となっているのでしょう。

 それだけあって複雑なようでした。


「ちがうもん!! ねこたんは、パティアのねこたんだもんっ!!」

「そう、ごめんね……。じゃあおわびに、パティアのねこたんがまだ小さかった頃の話、してあげるよ」


「そんなこといわれてもーっ、パティアのいかりは――ぇ、ちいさいころの、ねこ、たん……?」

「うん。今よりずっと小さくて、かわいかったよ。背はこのくらいだったかな……」


「えーーっ!? パティアより、ねこたん、ちいさいのかーっ!? ききたい!」


 ここから先は怖いので聞くのを遠慮しました。

 パティアは幼いねこたんの姿を想像するように目を閉じては、ご満悦ではしゃぐようにエルリアナを質問漬けにしたそうです。


次話、次次話の文字数少し少なめです。

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