42-3 ご注文は? - あまぁぁぃの! -
風物詩ですみません。
「42-2 嘘のような現実の話」が抜け落ちていました。
本日該当エピソードを投稿しましたので、引き返して呼んでいただければと思います。
お手数をおかけしてごめんなさい!
「バ、バカ言うんじゃないよっ! そんなの……そんなのは、もう今さらさ!!」
タルトの人生は自己犠牲そのものでした。
今さらそれを止めろと言われても、そう簡単な勇気では自分を変えられません。
「そうでしょうか」
「そうに決まってるよっ! だって、だって気付いたら、もうこんなババァさっ! 今さら新しい人生なんて、選べるわけがないだろう! バーニィのバカは……若い女が好きなんだよっっ!!」
「大丈夫ですよ、バーニィはあなたが思っている以上の節操無しです。あなたがちょっと女性らしい格好をしてアタックをかければ、コロッといくとわたしは踏んでいます」
「そ、そんなことなおさら出来るわけないじゃないかっ!!」
タルトの本棚にあった小説に、そういった話があったはずです。
素直になれない勝ち気な女が、憧れの騎士様に心を開いて、女の子の格好をすると騎士がメロメロに……。
といった、タルトのハートを掴んだこと間違い無しの安直な一冊が。
「素直になったらどうですか? このチャンスを逃せば、あなたは一生――」
「姉御ッッ!!」
追い打ちをかけようとすると、2階のこの現場に男衆たちが大挙してきました。
タルトは大声を上げていましたから、下に話が聞こえていないはずがありません。
代表として、あの元冒険者の若頭が前に出ました。
「何油売ってんだいっ、仕事しな!」
「姉御、こいつらの面倒なら俺が見ます。ずっと隣で姉御の仕事を見てきましたからね」
「そうだぜ姉御! 行ってバーニィのバカのタマ取ってきて下さいよっ!」
タルトは立ち上がって、フラフラと危なっかしい足取りで彼らの前に立ちました。
いや、一気に気が抜けたのか、手と両膝を床に突いてしまったようでした。
「もう俺たちは大丈夫です、行って下さい、姉御。いや、タルトお嬢様……」
「だけどあたいは……あたいだって、アンタたちがいないと……どうやって毎日を過ごせばいいのかすら、わからないんだよ……」
「自分の気持ちに素直になって、好きに生きればいいじゃないですか。俺たちだって応援します」
「もうだぜお嬢っ、昔のかわいかったタルトお嬢様に、戻る時がきたんじゃねぇですかい!」
「バ、バカ言ってんじゃないよ……っ。このあたいに、そんな好き放題言って、覚悟、できてるんだろうね……。ぁぁぁぁ……」
彼らの言葉がタルトをしがらみの枷より解き放ちました。
そこにいる女性は、もう旧市街を束ねる女親分ではありません。彼らが古くより慕い続けてきた、かわいいタルトお嬢様でした。
「平和になったら、好きなときに帰って来れます。いっそ長い休暇だと思って下さい。バーニィのバカに愛想を尽かしたら、いつだって俺たちの親分に戻ってくれてかまいませんから」
「その時はお嬢の娘とか連れ帰ってきて下さいよっ!」
「む、むむ、娘っ!? 調子に乗ってんじゃないよっ、この場でぶっ殺されたいかいっ!」
騒ぎが騒ぎを呼んで、次から次へと男衆が2階にやってきています。
どこからこんなにかき集めたやら、階段までいっぱいでした。
「行ってくれ、姉御!」
「寂しいけどよぉ、俺たち物資とか積んでよぉ、ネコタンランドに行くからよぉっ!」
「姉御がいないと張り合いないですけど、恐い上司が減る分には、俺たちも文句なんてないですよ」
若干一名、正直な方もいて、それに他の男衆も笑って同意しました。
「あたいは好きで恐い女やってんじゃないよっっ!!」
「いやそういうところが恐いんですって!」
「しょうがねぇだろ、姉御は素で恐い女だからなぁっ!」
バーニィの話によると、昔は普通の明るい女の子だったそうです。
もしその頃のありのままの姿を取り戻せたら、あの節操無しの心臓に突き刺さることでしょうね。
失われた青春は、それだけの起爆剤ともなるのです。
「その気勢で、バーニィの野郎をモノにしちまってくれよ、姉御!」
「だ、だから、なんでっ、そこでなんであのスケベバカの名前が出てくるんだいっ!?」
ともあれ良かったです。タルトの性格からして、万が一も想定していました。
ですがこれなら、一緒に暮らしたいというリセリの願いも叶うでしょう。
「引っかき回しておいてすみませんが、これを」
「これは注文書……え、いいんですかい? これから別れの酒盛りで盛り上がると思いますが」
「わたしはそこまで無粋ではありませんよ」
わたしは邪魔をしないように、物資調達のリストと代価を若頭――いや、新親分に手渡して、骨董屋タルトから旧市街へと出るのでした。
ローブをまとわずに、好きに街を歩けるなんて。レゥムは素晴らしい街です。
出来ることならば、この街を魔王様に見せたかったものでした。
タルトにはこれから悔いがないように生きて欲しい。わたしはそう願わずにはいられません。
●◎(ΦωΦ)◎●
その頃、パティアは――
なんと遊び疲れたヌルをおいて、あれだけわたしが言ったのに、結界の外を散歩していたそうです……。
イリスちゃんとしろぴよいるからへーき。などと本人がのたまっていました……。
「あ、これ、おいしいやつ! イリスちゃん、よくしってるなー!」
「アォォ……♪」
「ピヨヨヨッ、キュッキュルル……♪」
彼らは森で美味しいものを採集しては、互いに収穫物を分け合ったそうです。
ベリー類を基本として、イリスは小鳥だけが好む小さな実まで採集して、パティアには決して与えず、しろぴよに向け差し出したとか。
巨大な大山猫にまたがり、頭の上に白い小鳥を乗せて、無邪気に森を進む姿が目に浮かぶようです。
それからパティアはいつものメープルの木の前にやってきて、ポンッとその手を叩いたそうです。
「パティアなー、いいこと、おもいついた。ここ、ネコタンランドにしよう」
「アォォ……?」
パティアは一度、結界の内側に戻りました。
そして驚くべきことに、ナコトの書を頼らずにオールワイドの術を放ったと証言しました。
そうです。わたしが放ったステルス魔法ハイドの範囲を、メープルシロップ欲しさに拡大させたのです。
これにより、西部にあるメープルの木のエリアが里に併合されることになりました。
「ふぅふぅ……ほらーっ、これで、あまーいの、とりほうだい。ぐふふふ……いいでしょー」
「ピヨヨッ、ピヨヨヨッ♪」
しろぴよが大喜びで空を舞い、パティアの肩に乗ってくすぐったい羽毛を首筋にすり付けました。
「イリスちゃん、どうしたのー?」
「……アォ」
イリスの方は少し素っ気なかったそうです。
というよりですね、併合したはいいが、魔軍を巻き込んでいないか心配だったのかもしれません。
「イリスちゃん、もどろー? これで、あまーいの、いっぱいだぞー?」
「アォォッ♪」
その日の夕方前、クークルスは樹液で口元べたべたのパティアを見つけました。
布で口をぬぐってやっても、まるで取れないようなので、お風呂へと連れて行ってパティアの髪を洗ながら、ふとこう言いました。
「甘いモノばかり食べていると、虫歯になっちゃいますよー?」
「なにそれー?」
「歯の病気です。凄く痛くて、歯を引っこ抜くことになりますよ。そして最後は、喋ることも食べることもできなくなるんです」
「ひ、ひぇ……こ、こわい……」
「これからもちゃんと、歯磨きしましょうね」
「うん、はみがき、する……」
その日からしばらくの間、皮をはいだ木の枝をくわえて、熱心に歯を磨くパティアの姿がよく見られるようになりました。
またエリアの併合によりメープルシロップの供給が増えたことで、羊の乳と混ぜて飲む贅沢を、バーニィがパティアに教え込んだようです。
「あまぁぁぁぁーいっっ♪」
栄養事情が好転していっているのはいいのですが、気を付けないと、みんな一緒に虫歯になってしまいますかね、これは。




