42-2 嘘のような現実の話
予定より早く着いてしまったので、わたしはナラの木の上で朝を待ちました。
しばらく熟睡すると、まぶた越しの朝日がわたしを起こして、寝ぼけまなこにギラギラとした挨拶をして下さいました。
足下を見下ろすと、レゥム側からきた冒険者たちが魔界の森へと旅立つ姿があります。
そのギラスラインの門衛に、イヌヒトの民が加わっているのを見ると、わたしは地上へと飛び降りて、クレイに言われた通りに通行手形を突き出しました。
「た、大変だっ、将軍を、将軍をすぐに呼べっ!」
しかし妙ですね。わたしの想像していた展開ではありません。
イヌヒトは人間たちと一緒に驚いて、イヌヒトの方は自分が走った方が早いではないかと気付いたらしく、そのまま走り去ってゆきました。
「エレクトラム様ですね! お会いできるなんて光栄です!」
「逆賊を討った英雄に、敬礼!」
必要に迫られたとはいえ、当たり前に人と魔が助け合っていました。
さらにはその誰もがわたしに向けて、最敬礼を向けてくるのだから、もうわけがわかりませんでした。
「ようこそ、ギガスラインへ! 私はこの砦を守護するアイゼ――」
「いえ、ただ通して下さればそれで結構です」
暑苦しい将軍とやらが現れたので、わたしは即、話を打ち切って要塞の中を進みました。
「そう言わずお付き合い下さい! あなたが外道サラサールを討ち、世界の恐怖ニュクスをも倒したと聞いております!」
「サラサールはともかく、最弱種のネコヒトがニュクスなんて倒せるわけがないでしょう。これから用事があるのでどうかお構いなく」
「兵士一同、エレクトラム様のお帰りをお待ちしております! 一同、敬礼!」
どうやらわたしは、英雄に仕立て上げられたようですね……。
悪い気はしませんが、わたしはそんな器ではありません。逃げるようにギガスラインを抜けて、レゥムの街へと駆けました。
●◎(ΦωΦ)◎●
レゥムの街に入ると、異変はさらに大きなものになっていました。
古くより生きる者だからこそ、とても信じられないものがそこにあったのです。
なんとレゥムの街に、魔族たちが堂々と闊歩していました。
わたしの同胞、ネコヒトの姿すらあります。これでは暑苦しいフードをまとう自分がバカのようでした。
一緒に戦っているのだから当然と言えば当然です。
それでもわたしには驚きでしかありません。
魔王様のいた時代から、一度も実現されることのなかった夢が、いともたやすく現実になっていました。
「魔王様……わたしたちは今日まで、何と戦ってきたのでしょう……。あなたが自らを犠牲にして救った種族が、わたしたちを受け入れています……」
仮にこれは一過性のものだとしても、この救いようもない世界の希望にも見えました。
どちらかが滅びるまで戦い続けるしかない。わたしもニュクスもそう諦めていました。
レゥムの街の公衆の面前で、ローブを脱ぐと子供がわたしのことをかわいいと指さします。
そうでした。早く用件を済ませて、パティアの元に帰りませんとね。
●◎(ΦωΦ)◎●
旧市街に向かい、骨董屋タルトを訪ねました。
今回は正面から堂々とです。店番の男がわたしの姿に飛び上がったのは言うまでもありません。
「エレクトラムさんっ!?」
「正統派が退いたと聞いて、物資の調達に来ました。タルトはいますか?」
「へいっ、姉御ならもうじき戻ってくるはずですぜ!」
「では上で待たせてもらいましょう」
「どうぞごゆっくり! ……おいっ、お前は姉御を探してこい! 急がかねぇと姉御にはっ倒されんぞ!」
相変わらず扉もプライベートもない二階に上がると、わたしは真っ先にタルトのベッドへと身を投げました。
人間が人間にすると犯罪臭いですが、人間からすればわたしは大きなネコです。遺憾なことですが。
とにかく許されるだろうと勝手に決めて、快適な仮眠に入りました。
●◎(ΦωΦ)◎●
一方その頃、パティアは――
・蒼化病の少年
バーニィさんたちからの指示で、パティアを水浴びに誘った。
少しでもパティアの気をまぎらわしたいと言われて、イリスを連れている俺が適任だと言われた。
「ほらほら、みてみてイリスちゃん! しろぴよ、かわいいでしょー!」
「アォォー♪」
実際、効果はバッチリだった。
パティアが両手ですくった湖水の中で、楽しそうに水浴びをするしろぴよがいた。羽ばたく翼に水が飛び散って、一瞬虹が見えた。
イリスの方はしろぴよが気になるようだ。
大きな体を湖に沈めて、パティアに寄り添い、白くて丸い小鳥を見つめている。
「キュッキュルルッ、プキュルッ♪」
「アォー、アォォォー♪」
しろぴよとイリスは気が合うようだった。
何を言っているのかわからないけれど、見ていると心が和む。
本当に、何を言っているのか気になるけれど……。
「よーし、ヌルくんも、いっしょにいこー!」
「行くってどこに?」
「あっち」
「え……? いやダメだよ、バーニィさんが奥には行かせるなって」
「そっか。じゃあ、ちょっとなー、いってくる」
「ちょっと行ってくるじゃないよっ、ダメだってばっ、ちょっとイリスッ?!」
イリスは最初から俺の命令なんて聞かないんだった。
自分に任せろと俺に向けて鳴いて、イリスは自分をパティアの浮き輪にしたまま、湖の奥へと猫かきしていった。
その頭の上にはしろぴよの姿がある。
パティアも足の着かない湖を少しも怖がらず、俺は彼らが遠ざかるのを、不安を抱えながら見守ることしかできなかった。
寂しがったら慰めておけと、バーニィさんに言われていたけど、今のところ大丈夫そうだ。
というよりも、慰めろと言われても遠い。俺は釣り小屋に移動して、そこに常設されている釣り竿を湖水にたらしながら、一人と一匹と一羽を見守った。
イリスはよっぽどあの子が好きなんだろうな。
この一部始終は後でエレクトラムさんに伝えてあげよう。
眠気を誘う気持ちのいい朝が俺を少しまどろませて、それからふと顔を上げると――パティアたちの姿が対岸にあった。
イリスもイリスだけど、パティアもパティアで信じられないほどに肝がすわっていた……。
しかも彼らは、再び俺の方角に向けて泳ぎだして、湖を一往復しきっていたという……。
「あ、おさかな! いいな、パティアもつる! ねこたん、おみやげ、かってくる、いったしなー! パティアもおかえし、しないとなー!」
パティアは自分で魚をさばけると言っていたけど、さすがにそれは嘘だ。
最後の最後に大きなサモーヌを釣り上げると、俺たちは城へと戻った。
笑顔いっぱいのパティアを見て、バーニィさんとクークルスさんが喜んでくれた。
湖の奥に行ってしまった話は、エレクトラムさんが帰ってからにしよう。本当に、とんでもない大物気質の子だった。
長らくお待たせしてしまってすみません。
本日より、毎週金曜日更新で続けてゆく予定です。
本作を楽しみにして下さってありがとう。まったりと付き合って下さい。
追記。投稿するエピソードがまた抜け落ちていました。
差し替えました。ごめんなさい!




