42-1 旅の理由 - ずっと -
仕立て部屋を訪れると、リセリとシスター・クークルス、それにお母さん方が和気あいあいと仕事を進めていました。
クークルスの隣にパティアの姿もあります。わたしがやってきたことに気付くと、針ごと仕事を投げ捨てて飛んできました。
「ねーこーたーんっっ!! きてくれたのか、でへへー♪」
いつものことなので説明するまでもありませんが、わたしはタックルを胸で受け止めました。
こうやって大歓迎されると、言い出しにくいですね……。
「エレクトラムさん、いらっしゃい」
「あらいいわね~♪ クーちゃんも飛び込んじゃおうかしら~♪」
「だめ。これは、パティアのねこたん。ん、スンスン……ちがう、おんなの、におい……」
「それはあなたのお友達の匂いです。それよりパティア、わたしはレゥムに行こうと思います」
簡潔にこちらの予定を伝えると、娘は途端に身動きを止めました。
わたしの胸の中で固まり、かと思えば呆けたような眼差しでこちらを見上げてきます。
「あっ、危ないよパティアッ、も、もう……」
「あらー……クーちゃんの方には来てくれないんですね……しゅーん……」
それから娘はわたしを捨てて、リセリの胸に引っ越ししてしまいました。
さらにそこへとシスター・クークルスまで抱擁に加わって、普段ひかえめな彼女が少し責めるような目を向けてきました。
「ねこたんの、むすめは、つらい……」
ちょっとした一言が、鋭くわたしの胸へと突き刺さりました。
ですがずっと家族の隣にいられる親なんていません。やるときはやらなければ。
「ねこさん、パティアちゃんはずっと、あなたの帰りを待っていたのですよ?」
「うん、見ているだけで私も辛かった……」
「存じています。しかしわたしは情には流されませんよ」
それにあちら側に心残りもありますから。
わたしはパティアに理解してもらおうと、彼女の後ろ姿の前にひざまずきました。
「ねこたん、このまえみたいの、もう、やだ……」
「ええ、わかっています。もう二度とヘマはしません。今回はあの時みたいに危険な旅でもないですから、どうかわたしを行かせて下さい。どうしても会いたい人がいるのです」
「はっ!? それは、もしかして、おんなかーっ!?」
嫉妬でも構いません。パティアがわたしに振り返ってくれました。
その姿に対して、わたしは小さく微笑んで、変わらないこの子の姿に安堵しました。
「ええまあ、女性ではありますが、年頃ではありませんのでご安心を」
「あっ! パティアわかった! それって、タルトだなーっ!?」
「えっ、お、お姉ちゃんっ!?」
「これは驚きました、ご名答ですよ。このチャンスを逃したら、タルトは次にいつこちらに来れるかもわかりません。ですから、あの強情者を、今度こそ口説き落としてきます」
タルトの性格を考えれば、ちょっとやそっとでは動かせないでしょう。
しかし先の見えないこんな情勢だからこそ、リセリもバーニィもこの里に彼女を招きたい。考えるまでもないことです。
「どうか私からもお姉ちゃんをお願いしますっ! お姉ちゃん、本当はこっちに来たいんだと思う! でも、立場があって、来たくても来れなくて……」
「ええ、このわたしにお任せを。タルトはバーニィの手綱を取れる数少ない人材です。そういった人間が彼には必要でしょう」
「ふふふ……そうかも。エレクトラムさん、お姉ちゃんに伝えて。お姉ちゃんが嫌じゃなかったら、こっちで一緒に暮らそう。リセリがそう言っていたって」
「グスッ、なんてお姉ちゃん思いな……。ふぇぇぇ……なんだか、とってもいい話です……。私、泣けてきちゃいました……」
「クー、むねなら、パティアのかすぞー」
先ほどと立場が逆転していました。
シスター・クークルスは10歳児の胸に抱きつき、後ろ髪を撫でられています。
「どうでしょうパティア、行ってもいいでしょうか?」
「うん、いいよ。でもなー、みんなになー、おみやげ! かってきてなー!? パティアだけじゃ、ずるいから、みんなにだぞー!」
「ええ、必ず手配して戻りましょう」
「やったーっ! みんなに、いいふらしとく!」
「お好きなようにどうぞ。……では、今から行ってまいりますね」
「あら~、今回は早いんですねー?」
「ええ、クレイにこんな物をいただきまして」
それは通行手形です。
サラサールは最低の異常者でしたが、結果的に世界へと大きな影響を与えました。
今の南ギガスラインは、西パナギウム軍と魔軍穏健派の共同戦線となっています。
なのでわざわざ夜中に城壁を上らなくても、この手形さえあれば、巨大要塞の向こう側に通してもらえるそうでした。
●◎(ΦωΦ)◎●
これは後からパティアより聞いた話です。
わたしが出立すると、パティアはやはり寂しくなってしまったそうで、広場にある大きな楓の木の下で、しんみりしていたそうです。
「はぁ……やぱり、さびしい……。こんやは、こげにゃんか……はぁ……」
時刻は夕方過ぎ、広場からも人影が消えて、落ち込むパティアに気付く者はいませんでした。一匹をのぞいては。
「ピヨヨッ、ピヨッ、ピヨヨヨヨッ!」
「しろぴよ……。パティア、すぐに、げんきになるむり……。ぅぅ……ねこたん、へいきかな……」
「ピュィィ……」
「ごめんね、しろぴよ……」
しろぴよさんもがんばったようですが、難しかったようです。
どんなに励ましても調子を取り戻さない友達に、愛想が尽きたのか、飛び去ってしまいました。
やがて太陽が魔界の雲に飲み込まれると、夜がやってきました。
そろそろ戻らないと、人を心配にさせてしまう頃です。
「ピヨッ♪」
「しろぴよ……? ぁ……」
その白くて丸い生き物は、どうやったのかそのくちばしで、ブラッディベリーを枝ごと折ってきました。
そして自分の好物を、彼にとっては軽い荷物ではないというのに、パティアに差し出したのです。
「ピュィーッピュィィッ♪」
「もうくらいのに、パティアのために、とってきたの……? しろぴよーっ!」
「ピヨヨッ!」
「ありがとっ! これ、はんぶんこっ、しよ!」
甘いベリーを半分ずつ食べたら元気が出た。パティアはそう言っていました。
自分にはしろぴよがいるから、大丈夫だと。
「しろぴよ、ずっとパティアと、いっしょにいてね。パティアと、しろぴよは、ずっといっしょ。ずっとだぞー?」
長生きして下さいね、しろぴよ。
あるいは、あなたにそっくりな賢い子供をたくさんお願いします。
投稿ペースが落ちていてすみません。
これからは1週間1回更新を目指していこうと思います。
落選を繰り返してしまったので、無理をしない趣味レベルでのまったり更新になります。




