41-8 醸造所の酒樽を開けよう - いたの! -
・ウサギさん
その日、俺たちは醸造所の地下に集まった。
「そろそろかにゃー?」
「いや少し早いだろ、もうちょいとだけ待とうぜ……?」
「ああ、待つべきだ。度数が低いと、飲んだ気になど、ならない」
一番最初に酒を仕込んだ樽を囲み、開けるか否かを議論した。
結局その日は我慢することに決めて、それぞれの持ち場に帰った。
リックちゃんは副産物のビール酵母も目当てだそうだ。
漬け物や調理に使うと美味いらしい。悪いがちょいと半信半疑だった。
●◎(ΦωΦ)◎●
そのまた翌日、俺たちはまたもや地下室に集まった。
「今日はどうかにゃー?」
「いや、集まっておいてなんだがよー、昨日の今日だろ? まだだ、まだここは我慢だろ……」
「失敗していないといいな」
リックちゃんが軽く樽を叩くと、気持ちのいい音が反響した。
失敗なんてしてねぇはずだ。現に美味そうな匂いが樽から少し漏れている。
「暗いこと言うなよ、リックちゃん」
「そうですにゃ。絶対に美味しいビールになってますにゃ♪ ミャー、樽見てるだけでもなんだか幸せですにゃ♪」
樽を元の位置に戻して、俺たちはランプを手に地下室から地上に戻った。
明日か、明後日か。そろそろだ、そろそろだろうな……。
●◎(ΦωΦ)◎●
こうしてまた翌日、俺たちはほぼ日課のようにここへとやってきた。
クレイの言うとおりだな。酒は飲めねぇが、酒樽を見るだけでちょいと幸せになってくる。
「今日という今日こそどうかにゃ!?」
「おう、そろそろよ、そろそろいいんじゃねぇのか……?」
「ああ、そろそろだな」
よし! そうと決まったら食堂に運ぶとするか!
ついに飲める。今日飲める。失敗しちゃいないかほんの少しばかし心配だったが、多少不味かろうと、何がなんでも今日はコイツを飲むぞ!
「いや待ちたまえ。それは早計だ。錬金術師の経験が言っている、もう二日待つべきだ」
「みゃ、いたんですにゃ」
「待て待て、錬金術と醸造は関係ねーだろっ!?」
完全にもうこっちは飲むつもりでいたのによ、暗がりからゾエの陰気なつらが現れた。
「そんなこと言うやつには蒸留酒を作ってやらん。七面倒な設備が必要なアレも、我が輩の手にかかれば、フフのフンッよ!」
「わかった、待とう……」
「すぐに飲めないのは残念だけどにゃ、二日後に飲めることが決まったにゃ♪ わーい♪」
「お前さん……アレっきりよ、パティ公に浄化されちまってねーか……?」
「そうですにゃ……。そこを否定しかねるのが、ネコヒト族のつらいところですにゃ」
俺たちはあと二日だけ待つことにして、地下室を再び暗闇の世界に戻した。
あと二日だ、あと二日でビールが飲める。
それもただのビールじゃねぇ、俺たちが育て上げたこの里、この大地で実った麦芽で作ったビールだ!
楽しみすぎてよ、へへへ、俺はもうニヤケが止まらねぇぜ……。
●◎(ΦωΦ)◎●
それから二日が経ち、ついにあの酒樽を明ける日がやってきた。
俺たちが大樽3つを食堂に運び込むと、待ちかまえていた酔っぱらいどもがそれを取り囲んだ。
食事にはまだ少し早い夕暮れ前。
だが飲み始めるにはなかなか優雅な時刻だ。
よし、もう我慢はなしだ、始めるとしよう!
酒盛りだ! 酒盛りだ! 待ちに待ちかねた酒盛りの日がきた!
酒樽のフタをリックちゃんと協力して取り外すと、中には発酵課程で生まれた不純物が浮いていた。
そいつを軽く取り除いたらもう遠慮はいらねぇ。
飲んべえどもがこぞって己のマイジョッキを酒樽へと押し込んだ。
俺も待ちきれなかったからよ、全員分作っちまったわ、へへへ……。
「うっし、全員分渡ったなっ!? わははっ、酒くせぇなここ!」
普通なら布でこして、酵母と酒に分離する。
けど待てねぇから今日はそのまま飲むぜ!
リックちゃんにクーちゃん、アルスのキザ野郎にゾエ、ハンス、クレイ、それにネコヒトとイヌヒトの酒好きどもが集まって、俺の音頭を待っていた。
「お前ら、待たせて悪かったな! ついに我らがネコタンランドの酒が飲める日がやってきた! 多少不味かろうと酒は酒だ、目つぶってグイッといこうや! 乾杯!!」
ああ、しかし生きてて良かったわ……。
人生終わったかと思ったらよ、こんな辺境の地で、こんな頼もしい連中と初の地酒を飲み交わす日が来るとはな……。
大人向きの芳香を放つ琥珀色の液体を、俺は幸せ噛みしめながらグイッと一気にやった。
「うめぇぇっ!!」
「美味いニャァァッッ!!」
「我が輩天才かっ!?」
「あら、美味し♪ バーニィさんたち凄いわー♪」
俺は感動した。感動したよ……。
自分たちで作る酒が、こんなに美味いものとは知らなかった……。
地下から出したてだから程良く冷えていてよ、そいつが暑さに火照った身体に沁みるのよ……。
しかし結構強いな、カッカと火照りやがる!
ネコヒト族もイヌヒト族もテンション上げて、ミャーミャーワンワンの大騒ぎだ。
へへへ……俺が作った酒に舞い上がりやがってこの野郎ども!
「驚いたな……今日まで飲んだ、どの酒よりも、美味い……」
リックちゃんがつまみを用意してくれていたのに、立ち飲みというのも味気ない。
もう一杯ジョッキへと継ぎ足すと、俺は席に陣取って仲の良い連中を呼び込んだ。
リックちゃんにクーちゃん、一緒にがんばったクレイもお情けで加えると、席にゾエとアルスの野郎まで乱入してきた。
それぞれのテーブルの中央には大皿が置かれ、ジャーキーにカブの塩漬け、川魚の薫製、魔界羊のチーズが乗っている。
飲む。塩っからいのを摘まむ。飲む。うめぇ! ってコンボを楽しんだ。
「ラクリモサにいた頃はにゃ、お酒にだけは困らなくて、あれはあれでよかったけどにゃ。けど、こんなにお酒が美味しいものとは思わなかったにゃ♪」
「ヤベェな、これじゃ樽3つ程度、あっという間なんじゃねーか?」
「ああ、美味いな。贅沢と言わず、もっと早く、仕込めばよかった」
「って言いながらリックちゃんよっ、何往復すんだよっお前さんっ!?」
リックちゃんが酒樽と席を行ったり来たりしている。
もうかなり酒が回っているようで、褐色の肌をよく見ると血色がよく色っぽい。
「オレは、酒が好きだ。すまん、自分でも意地汚いと、思うが、止まらない」
「フフフ……酔った君は誰よりも素敵だよ」
「いやいきなり何を言ってんだよ、お前さんもよ……」
騎士アルスを演じるハルシオン姫様は、リックちゃんに向けてウィンクを飛ばして、無防備なおっぱいに目を向けていた。
人のこと言えねーけど、コイツもブレねーな……。
「なんだい、ウサギくん?」
「いいや、よくもまあ、そういうセリフを恥ずかしがらずに言えるもんだな。ってな」
そう言ってやるとアルスは明るく笑った。
今日はどいつもこいつも機嫌がいい。せっかくのこのムードを壊したくないのも、当然あるんだろう。
「バーニィ・ゴライアス、君の行動力は評価に値するよ」
「おっ、急におだて始めやがったな?」
「率直な感想さ。君はなんというか、ガキ大将だね」
「おい、それ褒めてんのか? むしろケンカ売ってねーか……?」
「だから率直な感想と言っただろう。ガキ大将の君が何か面白そうなことを言い出して、僕たちが自由意思でそれに付き合う。この里はそうやって発展していったんだなと、率直にね、ふと思ったのさ」
一応、褒められているみたいだ。
騎士アルストロメリアとしてはしゃくだが、ハルシオン姫様の言葉かと思うと悪い気しねぇな。
「ありがとよ、一応褒めてくれてるみてーだし、喜んどくわ」
「ああ。君は問題行動も多いが、この里にとって、父親のような存在だ」
「みゃ。今日からウサギさんのこと、パパって呼びますかにゃ?」
「おう、お前さんじゃダメだ、シベットちゃん呼んでこい」
「みゃーっっ! 妹に手を出したら、本気で刺しちゃいますにゃ……! みゃ……みゃーん♪」
なんか険しい顔しやがったから、小魚の薫製をクレイの口に押し付けて黙らせた。
コイツはネコヒトの中でも一番猫っぽいやつなのかもしねぇな……。
「ん? そういや、お前さんのお目付役はどこだ?」
「お目付? それって誰のことだい?」
「キシリールのことだよ、呼ばなかったのかよ?」
「ああっそのことかっ! 実はな、我が輩からも誘ったのだがっっ! 酒はそこまで好きではないと、断られてしまったのだよっ!?」
「いたのか、ゾエ」
「最初からここにいたよ、君ィィッ!?」
ゾエがジョッキをテーブルに叩きつけた。
これでもう少し落ち着いた性格ならよ、男だってできただろうにな……。
投稿が一日遅れてしまいました。
申し訳ありません。
作者急病につき、でした……。




