41-7 白化病の青年
靴を脱いで、冷たい湖で足を冷やしながら、僕は水面を眺めながらたそがれた。
こんなことしていないで、みんなところに戻って、畑仕事を手伝うべきだ。
けどそんな元気も出ない。
イリスが魔界の獣を狩って、僕の手柄にする……。そんな毎日だった……。
帰りたいけど帰る元気がない。
イリスが迎えにきてくれたら帰れるのに。そんな他人任せの自分にも嫌になった。
ところがその時、背中の森から足音が響いた。
サボっているのがバレてしまった。いやよく考えたら、向こう側に潜んでいるのが魔界の怪物だったら、これは命の危機だった。
焦りと共に背中側に振り返ると、僕はあまりの驚愕に後ずさって、湖へとお尻を漬けることになっていた。
「やぁ、こんなところで何をしているんだい?」
「だ、誰……っ!?」
僕は警戒した。
なぜならその人物は、肌も髪も真っ白で、人間にはとても見えない姿をしていたからだ。
それと凄く綺麗な顔をしていた。
だけどどこか冷たい印象のある青年で、言葉にできない不思議な雰囲気があった。
「僕は敵ではないよ。ベレトートルート・ハートホル・ペルバストの友達さ。フフフッ、ねこたんと呼んだ方が君にはわかりやすいかな……?」
「ぇ……エレクトラムさんの、知り合い……ですか?」
「そうだよ。とても古い友達だ。とてもね……」
言葉を交わしてみると、穏やかでやさしそうな人だった。
それでもどうしてか、冷たいというか、怖いという感情を抱く。
いやそれより、この姿は、もしかして……。
「その肌、僕の病気に似ています……」
「これかい? これは病気ではないよ」
「え、じゃあ、自分で白く染めてるんですか……?」
「は、はははっ、そういう発想はなかったな。いいかいヌルくん、そもそも蒼化病も、この白化病も、病気ではないんだ」
病気ではない。笑ってそう言ってくれる彼に、小さな好感を覚えずにはいられなかった。
彼が言うと奇妙な説得力があって、信じたくなってしまった。
「それ、どういうことですか……?」
「信じられないと思うけど、人間も魔族も、元々は同じ種族だったのさ」
「え、う、嘘ですよそんなの……。だって、例えばネコヒトと僕たちじゃ、全く違う生き物ですよ!?」
「そうだね。でも長い月日を経れば、生物は別の姿に変われるのさ。そして君たちの肌が蒼く染まったのは、ご先祖様のどこかに魔族がいるからだよ」
だったら、僕たちを迫害した人間が正しいってことになる……。
僕たちを魔族に種を仕込まれた混血だと、酷いことを言うやつらがいた。そいつらが正しいなんて認められない……。
「その気持ちは痛いほどにわかるよ。迫害者の方が正しかったんだって、悔しく思っているんだろう? それは違うよ」
「ッッ……けど、でも、アイツら、酷いんだ……酷いんだよっ!! いつも挨拶を交わしていたお爺さんが、僕の肌が蒼く染まると、化け物だって言い放った! 肌の色が変わっただけで、僕を、人間扱いしてくれなくなったんだ!!」
僕に魔族みたいな強い力があれば、復讐したと思う……。
アイツらは、アイツらこそ化け物だ……。
あんな人間、地上から全て消えてしまえばいい……。
「ぁ…………」
憎しみに歪んだ僕を、彼は抱き寄せて、背中をさすってくれた。
そうだ。僕は確かに人間に絶望した。でもバーニィさんたちは凄くやさしい。みんな尊敬できる人たちだ。
「昔の僕を見ているかのようだ。僕もね、その昔……いや、やっぱり本気で引かれそうだから、あの話は止めておこう」
「え……。もしかして、迫害したやつらに、仕返ししたんですか……?」
「違うよ。僕はただ救ってあげたんだ。僕は憎しみを捨てて、世界を救おうとしたのさ。まあとにかく、君の中の魔族の血が、君たちの肌を染め上げたのさ」
「そんなの、信じられれません……」
僕は己の手を見つめて、邪悪なあいつらの意見こそが正しかった現実に苦悩した。
仮に僕が魔族の血を引いていたからといって、それがなんなんだ。
エレクトラムさんやリックさん、ラブレー、クレイさんみたいなやさしい人たちも沢山いるのに。
「ヌル、僕はね、人と魔族の二つに分かれた世界を、一つにしようとしたんだよ。この里のやり方とは、全く別の方法でね……」
彼は抱擁を解くと、僕の肩に手を置いてそう言った。
やさしいけど冷たい。それでいて、僕を震え上がらせる圧倒的な何かを持っていた。
「貴方は本当に、エレクトラムさんのお友達なんですよね……?」
急に怖くなって、彼の手をふりほどいて湖に向かって後ずさった。
するといきなり彼は指先を、僕から左手の岸辺を指す。
魔法だ。指先に鋭い氷の矢が生まれて、それが奥の岸一帯を凍らせた。
驚きのあまりに僕が湖から飛び出して、岸辺に腰を抜かしたのは情けないけど、誰だって当然のことだ。
「僕は弓も剣も教えられないけど、魔法なら教えてあげられる。君には魔法の才能があるよ。さすがに、魔王の生まれ変わりには及ばないけれどね……」
「本当ですか……? 才能、あるんですか僕?」
「少なくとも弓よりはずっとね」
この人凄い……。この人に教われば、僕でも戦えるようになる……?
もうみんなのお荷物は嫌だ。イリスの背に乗るには、もっと強い力が必要だ。
「お願いです、僕に教えて下さい! えっと――白い、お兄さん……?」
「フフフ、それって僕のことかい? うん、困ったな、自分の名前を考えていなかったか……」
「ええっ、自分の名前ですよ……?」
「うん、本名はとてもまずいんだ。そうだな、僕のことは、アポロとでも呼んでくれ。さて、では早速始めようか、ヌル」
真っ白な肌の青年アポロに、僕は魔法を教わった。
彼は厳しかったけど的確で、すぐに尊敬できる指導者だと僕に感じさせた。
●◎(ΦωΦ)◎●
「やった……やりました! 僕やりましたよっ、アポロさん!」
「素晴らしい。君は僕と同じで、氷の魔法が得意なようだね」
僕はアイスボルトという下級の魔法を習得した。
僕が舞い上がる姿に彼はまぶしそうに微笑んで、それから急にめまいでも覚えたのか、木の幹に上体を倒れ込ませた。
「えっ、だ、大丈夫ですかっ!?」
「太陽という名前は、皮肉が利きすぎていたかな……。ごめん、僕は夏と日差しが苦手でね……そろそろ、おいとまさせていただくよ」
「で、でも、少し休んでいったら……」
「森の中なら大丈夫さ。また日をあらためて授業にくるよ、ヌル」
心配する僕に笑いかけて、アポロは森の奥へと去っていった。
すると待ちかまえていたかのように、イリスが入れ替わりで僕の前に戻ってきた。
「アオォォーッ♪」
口にくわえた2匹の首狩りウサギを地に下ろして、甘えた声でイリスが鳴く。
そんなイリスに、僕はアイスボルトを披露した。
氷の矢が湖にぶつかって、水切りみたいに遙か彼方に飛んでゆく。
「ほらっ、これでもうイリスのお荷物にはならないよ! さあ、ウサギをみんなに届けたら、今度こそ一緒に狩りをしようよっ!」
「アォッ! アォォォォーッッ!!」
僕はその日、初めて自分の手で獲物を狩った。
向こうも生きるのに必死だけど、僕たちだって必死だ。命を殺める罪悪感よりも達成感の方が遙かに勝った。
それにしてもアポロさん、少し怖い雰囲気の人だったけど、どこか寂しそうなところがあった。
彼は僕たちの苦しみを深い部分まで理解してくれる、数少ない人だ。
また会えるといいな……。
いっそアポロさんも、この里で一緒に暮らしたらいいのに。
今度会いに来てくれたときに、そう伝えてみようかな……。
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ねこたんも書籍化したいです……。




