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41-5 或るネコヒトが見た馬羊合戦

・ネコヒト


 今日は風がなく過ごしやすい日でした。

 石造りの城内だと肌寒さを覚えるくらいです。


 そこでわたしは今や空中庭園となったバルコニーに出て、見晴らしのいい塀に寝そべりました。

 温かな日差しに照らされながら、わたしは横寝になって、ときおり放牧地を見下ろします。


 里の放牧地はなかなか見物しがいのある光景となっていました。

 ですが睡魔には勝てません。

 今日の気持ちのいい気候のせいで、わたしはまどろみと覚醒を行ったり来たりしていました。


 ちなみにその放牧地ですが、少し前に拡張工事が完了しました。

 森を切り開くのも大変でしたが、牧草の生育を待つ必要があったのです。


 いえ、それは放牧地と呼ぶよりも、牧草地帯と呼んだ方が適切なのかもしれません。

 四倍では足りないくらいに広くなりました。


 拓いた土地を均している暇などありませんでしたから、放牧地には緩やかな勾配がかかっています。

 それは見ようによっては不格好かもしれません。

 ですがもう、『動物が柵の中に閉じこめられている』という印象はなくなりました。


 特にピッコロとファゴットは、本気に走れる空間ができたのがよっぽど嬉しかったようで、ときおり二頭揃って駆け回っているところを、ここから見ることができました。


 まどろみながら彼らを見下ろして、羊の鳴き声を子守歌にする。

 そんな日があってもいいと思います。

 眠っては目覚め、眠っては目覚める怠惰な贅沢を、わたしは繰り返し満喫しました。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 ところがでした。

 浅い眠りから目覚めると、ネコヒトの目には馬と羊の姿が映りました。


 その広大な放牧地は、馬側と羊側で柵が分けられており、その境界線で両者のにらみ合いが始まっていました。

 特に馬たちからすれば、こんなに巨大な羊をこれまで見たことがないせいか、いまだにどう付き合えばいいのかわからず戸惑っているようでした。


「こまった……ピッコロさんもファーたんもかわいい……。でも、じょにーもかわいい……。パティアは、どうすればいい……」


 対立の原因はもう一つあります。

 パティアです。ぼんやりを眺めていると、パティアが柵の間を行ったり来たりしていました。


 馬と魔界羊のためのものですから、けして低い柵ではありません。

 メェメェと甘える声が響くと、パティアが馬側の放牧地から柵をよじ登り羊毛に身を沈めます。


 逆に馬たちが気を引こうと強くいななくと、同様に柵をよじ登って馬の横顔を撫でるパティアがいました。


「はぁはぁ、ぜぇぜぇ……いがいと、たいへん……。でも、でへへ、でへへへへ……これ、しあわせ……♪」


 パティアは幸せそうでしたが、馬と魔界羊はお気に入りの少女を奪い合い、今もにらみ合っていました。

 忙しいパティアを見下ろしながら、わたしはふと思い返します。


 昨晩聞いてもいないのに聞かされたのですが、バーニィたちのビールがようやく半月後に完成するそうです。

 一階が保管庫となった立派な醸造所が出来上がり、地下にはビールを仕込んだタルがひしめいているのを自慢されました。


 次はワインが作りたいと、ブドウの苗をせがまれてしまいましたよ。

 ですがグスタフ男爵はだいぶ前に帰ってしまいました。


 往生際悪く長居しようとしていましたが、商会員にせっつかれて、パティアとの別れに号泣していました。

 そんなに帰りたくないなら、いっそ商会なんて辞めてしまえばいいのに。


 そうわたしが指摘すると、商会は領地を失ったグスタフ男爵家の誇りだとかなんとか言って、なぜかこちらに怒り散らしてきました。

 ああ、思い出してみたら、一部始終を忘れたくなってきました。

 男のツンデレなんて、誰が得をするのやらです。


 こういうときは寝てしまいましょう。

 再び深いまどろみが思考回路を包み込み、わたしは目前の珍騒動すらも忘れました。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



「ちょっとイリスッ、そっちは行っちゃダメって言われただろっ!?」

「アォォ……♪」

「あーーーーーっっ、イリスちゃんだぁぁーっっ!!」


 騒がしい声に目を覚ますと、役者が二名ほど増えていました。

 もちろんそれは巨大山猫のイリスと、あの日森をさまよっていたヌル少年です。


 柵を飛び越え、羊側の放牧地にいたパティアの隣にイリスが飛び込むと、もはや馬も羊もケンカどころではなくなったようです。

 巨大な肉食獣の登場に後ずさりました。


「パティアからも言ってやって、エレクトラムさんに知れたら叱られちゃうよ!」

「えー、なんでー?」

「アォォ~?」


 叱るも何も見ていますよ。

 放牧地に近づくなとは言っていませんが、これは誉められた行為ではありません。


「あーよしよしよしよし……イリスちゃんは、あまえんぼだなぁー。ここかー、ここがいいのかー? はぁぁ……イリスちゃん、だいすき……」

「アォッ、アォォォ……♪」


 一方の魔界羊と馬たちですが、パティアをイリスに奪われて嫉妬しているようです。

 それでもその肉食獣が怖いようで、イリスが甘い声を上げると怯えに後ずさっていました。


 ストレスで乳が出なくなっても困りますし、そろそろ介入するべきでしょうか。

 しかしそうなると、ヌルが少し可哀想な気もしてきます。


「みんなー、こわくないよー? イリスちゃん、いいこだよー?」

「メ、メェ……」


 パティアがイリスにまたがりました。

 そして何を考えたのか、イリスの首根っこに抱きついて、羊たちに向けて指をさします。


 巨大な山猫が接近すると、当然ながら羊たちは恐怖に後ずさってゆきました。


「こわくないよー? イリスちゃん、いいこだよー?」

「アォ……アォォォ……♪」

「いや無理があるよっ!? 怖くないって言われても通じるわけないよっ、俺だって最初は――ちょっと待って、パティアッ!?」


 羊たちはパティアとイリスに追いかけ回されました。

 まずいですね。本格的にそろそろ止めなければいけません。


 わたしは身を起こして、どこに着地したものやら思案しました。

 いえ、ところがそれは中止になりました思わぬことが起きていたのです。


 羊たちの窮地に見えたのか、ピッコロとファゴットが柵を飛び越えて、羊と大山猫の狂騒劇に乱入しました。

 イリスを猛獣と見なして、賢くて義理堅い馬たちは魔界羊たちを守ろうとしました。


「メェメェメェメェ……」

「ひんひんひんひーん! しゅごい、ピッコロさんたち、ひつじさん、まもってるのか!?」


 そのようです。あなたは加害者側ですがね、パティア。


「アォーーッッ!!」

「お、おわぁぁーっっ?!」


 もしかしてですが、イリスはこの結果を狙っていたのでしょうか。

 わざと悪役を演じたのでしょうか。いえたまたまでしょう。


 大山猫はパティアを振り下ろして、代わりにヌルの股ぐらに入り込んで背中に強引に乗せると、颯爽と一陣の風となって森へと消えてゆきました。

 一瞬の出来事でした。


「メェェェーッッ♪」


 後に残ったのは、顔を寄せ合う羊と馬たちです。

 こうして、放牧地の中央に邪魔ったく設けられていた柵は、急に仲が良くなった彼らの姿に、翌日中に撤去されることになったそうでした。


「イリスちゃんに、すてられた……。じょにー、なぐさめて……」


 ちなみに魔界羊の羊毛に顔を寄せると、パティアの機嫌はすぐに元通りになりました。

 それから立て続けに、わたしが放牧地側に飛び降りてくると――


「あっ、ねーこーたーーんっっ!! おはよーっ、ねえきいてきいてっ、イリスちゃんがねーっ!!」


 今度はわたしが羊と馬の嫉妬の対象になりましたが、この先は蛇足なので割愛しましょう。

 魔界羊と馬たちはこの日から、そろって牧草地を駆け回るようになったのでした。


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