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41-3 秘密の水浴び

・偽りの令嬢


 バーニィさんに誘われてしまった……。

 湖の対岸なら誰かもわからないから、一緒に秘密の水浴びをしようと……。


 断ればよかったんだろうか……。

 でも、みんながあんなに楽しそうにはしゃぐ姿を見てしまうと、僕だって遊びたいって、そんな気持ちがどうしても働いた。


 もう今さら後戻りはできない。

 深い緊張が僕の身体を熱くして、森の木の葉が肌にぶつかっても、感覚がまるでなかった。


 僕は今、約束の日を迎えて、バーニィさんと一緒に森を歩いている……。


「おーい、聞こえてるか? ボケッとしてると危ねぇぞ。もうしょうがねぇやつだな……」

「あの、なぜ僕の手を……」


「危なっかしいからだよ。昨日ちゃんと寝たのか? 仕事はがんばり過ぎでもよくねぇぜ?」


 バーニィさんが僕の手を引いた。

 すると余計に僕の身体は熱くなって、この真夏日を呪いたくなった。


 夏の強烈な日差しが、森に旺盛な生命力を与えて、今日は森の中だというのにムワッとした湿気を立ち込ませている。

 背中の方からは、あまりに暑いので、やけくそになって水をかぶるネコヒトの民たちのはしゃぎ声が聞こえてきていた。


「バーニィさんだって、働き通しに見えます……」

「ああ、醸造所作りか? あっちはほとんど趣味だ。ホップが余ったからペールエールも仕込んでよ、完成が今から楽しみだぜ、へへへ……。いやマジでよ、幸せだわ俺」


「お酒、好きですよね」

「好きだ。マドリちゃんは嫌いか?」


「……いえ、こういう立場ですから、お酒でうっかりやらかしてしまわないか、心配で」

「まあ、そりゃあるだろうな……。俺もビックリしたわ、はははっ」


 嫌悪感をこれっぽっちも見せないで、バーニィさんは明るく笑っていた。

 こうやって、手を引いてどんどん前に引っ張ってくれるところが男らしい。

 僕には難しいけど、こういう男らしい部分を僕も見習いたいと思う。


「魔界羊の方はどうだ?」

「とてもかわいいです。パティアも気に入って、この前あの子のおっぱいを……あ、いえ、なんでもないです……」


「ぁぁ……その話ならカールから聞いたわ。まったくあのお子様は、とんでもないこと言いやがる……。半泣きでよ、そんなに似てないよなおっさん? とか言ってきたぞ」

「それにどう答えたんですか……?」


「どうもこうもねぇだろ……。確認するわけにもいかねぇし、似てねぇよ、って言っといたけどよ……」

「カールも悩むんですね。ちょっと意外です……」


 魔界羊が里にきて、里のパンがさらに美味しくなった。

 仕事を終えて食堂に集まると、厨房からバターの焦げた匂いが香ってくる日もあって、どれだけ羊が僕たちにとって重要な家畜なのか、深く考えさせられた。


「あー、早く酒飲みてぇなぁ……」

「あの、バーニィさんの作ったあのネコヒトの家、小さくてかわいいです」


「おっ、そうだろそうだろ。ありゃ俺も気に入ってんだ。俺が入るには窮屈だがよ、ネコヒトたちがみんな喜んでくれてる。古城は小柄なあいつらには、でかすぎるのかもな」

「はい、僕もそう思います。この里にきてよかったです……」


 少しずつ、麻痺していた感覚が戻っていった。

 肌に草が触れるとくすぐったい。恥ずかしさよりも楽しさが勝ってきていた。


「ところでマドリ……いや、リードよ」

「あ、はい」


「もしもよ、魔軍穏健派が戦争に勝っちまって、正統派がアルマド公爵家の領地を手放したら、お前さんは向こうに戻っちまうのか?」

「それは、わかりません……。というより、あり得ないと思っています。正統派のアガレスは、おいそれと倒せる相手ではないと」


 父上の仇、アガレスは狡猾だ。

 僕には誰かに出し抜かれるアガレスの姿を、とても想像できない。


 いや、ただ一人、ベレトさんだけが例外だ。

 アガレスを出し抜いて、僕を落城間もない城から盗み出した人だ。


「つまりよ、帰る気はないんだな?」

「そうですね……。帰っても、僕を待っている人なんていませんから……」


「ああ、落城したんだったか。意外と図太く逃げ切ったり、降伏してよ、生きてるやつらがいるかもしれんぞ」

「……いえ、そうかもしれませんが、僕はきっと公爵の器じゃなかったんです。僕は臆病で、当主らしいことなんて、何もできませんでした。痛っ?!」


 バーニィさんがいきなり僕の背中を叩いた。

 バーニィさんも元は武門の人だ。

 いきなりのことで驚いたけど、荒っぽい方法で僕を激励してくれていた。


「安心しろ、下級騎士様が公爵様に言うのもなんだがな、当主らしいことなんて、俺だって何一つしてこなかったぜ! 最後は金を盗んで、逃げて、その金も回収できないままこのザマだ、わはははっ!」

「そ、そこまで僕、不良じゃないですけど……。でも、励ましてくれてありがとうございます、バーニィさん」


 僕はバーニィさんの元気な笑顔に笑い返した。

 公爵も騎士も同じ貴族階級だ。共感してもらえて凄く嬉しかった。

 立場は違うけど、彼も己の義務と戦ってきた人なんだと思う。


「ま、お互い帰る場所なんてないんだ。これからも仲良くしていこうぜ」

「はい! 僕、バーニィさんとずっとこの里で暮らしたいです。いつかバーニィさんがお爺ちゃんになったら、僕が面倒見ますね!」


「お、おう……。老後のことはちと、まだ考えたくねぇな……」

「大丈夫です。僕に任せて下さい、お爺ちゃんになってもバーニィさんはカッコイイバーニィさんのままですよ」


「ジジィになる自分を、想像したくはねぇなぁ……。ま、今を楽しくいこうや!」


 人間と魔族とでは寿命が違う。

 だからせめてこのひとときだけでも、大切に生きようと思った。

 だから今度は僕からバーニィさんの手を引いて、森の中を二人で走った。


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