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41-2 魔界羊のために放牧地を広げよう - にている -

「あ、エレクトラムさん! パティアたち戻ってきたみたいだぜ!」

「おや、意外に早いですね……」


 材木の運搬から戻ってくると、カールがあちらの様子を教えてくれました。

 そこでわたしは彼に背を向けて、しかし気が変わったのでもう一度振り返ります。


「あちらが気になっているようでしたら、いっそご一緒しませんか?」

「ち、ちげぇしっ! 別に、ジアなんてどうでもいいしっ!」


「おや、わたしはてっきり、羊が気になっているのかと思っていたのですが、そうですか」

「ぇ……っ。あ、いや……ち、ちげぇってっ!! 俺、そうじゃなくてっ!!」


「フフフ……これ以上の追い打ちは野暮ですね。では行きましょうか」

「何勝手にっ、俺、仕事があるし……っ。ちょっ、エレクトラムさんっ?!」


 わたしがカールを引っ張ってゆくと、ネコヒトの民が彼から手斧を奪い取りました。


「がんばって、カール!」

「こっちは僕たちに任せて!」


 激励もしてくれたようです。

 かくしてわたしたちは、乳搾りを終えたマドリとクークルスたちの前に戻るのでした。


「あ、カールだっ、これからバター作るんだって! 見ていきなよっ!」

「お、おう……。面白そうじゃねぇか……」


 なぜか赤くなって目をそらすカールに、ジアは不思議そうに目を向けました。

 けれども今のジアは、バター作りの方に夢中のようです。

 やれやれ、噛み合わないものですね……。


「あのな、ぞえりんなー、いなかった。でも、びん、あった!」

「もしかしたら、羊がくると聞いて、事前に作っておいてくれたんでしょうか……」

「どうでしょうね。そんなに気の利くタイプとは思えませんが」


 クークルスもこれから何をやるかわかっていたようです。

 二人は乳のたまったバケツから、白い乳をガラス瓶に移し替えました。

 そして封のされたそれを、パティアとジアに手渡します。


「おぉぉー?」

「何々、これがどうかしたの……?」

「なんだよジア、知ねーのかよ、それを振るんだよっ」


「振る……? これを? なんで?」

「なんでー? シャカシャカ……」


 パティアと一緒になって、ジアも瓶を振り始めました。

 振るとバターの成分だけ固体になるだなんて、知らない人間からすれば魔法のようなものです。


「ふぅ、疲れた……これまだやるの?」

「パティアも、て、つかれてきた……。ほんとに、ふるだけで、バターできるのかー?」


「ええ。必要なのは根気です」


 私たちは瓶を交代で回し合って、脂肪分が固体となるまで振り続けました。


「あーっっ、みてみてジアーッ、なんかできてるー!!」

「あっ本当だっ!? 凄いっ、なんでーっ!?」


 やがてバターが完成しました。

 瓶の中で乳と脂肪分が分離された姿に、パティアとジアは興奮に目を広げています。


「これが、バター……あこがれの、たべもの……。あけていいかっ?」

「いいよ。本当はもうちょっと振りたいところだけど……」


 許可が下りると二人がそろって瓶の封を開けました。

 すると中から、独特の濃厚な香りが立ちこめて、誰かのお腹が鳴ったようですね。


「面白いねこれっ! ミルクの中から塊が出てくるなんて、魔法みたい……」

「では見るだけではなく、味見をしてみてはどうでしょう」

「しゅるっ!! あこがれの……ばた……ばたぁぁぁぁ……あむぅっ!」


 乳精に浮いた固体を指ですくって、パティアとジアはそれを口へと運びました。

 とても美味しかったようです。すぐに怪訝そうな顔が笑顔に変わりました。


「ヤバッ、これ美味しい!」

「パティア、きょうのごはん、これだけでいい……」


 翌朝、あなたの顔が皮脂でテカテカになっている姿が目に浮かびますね。


「ちょっと俺にもよこせよっ!」

「ふふふー、パンが欲しくなりますね~♪」

「バターも久しぶりに食べると美味しいですね。ベレトさんもどうぞ」


 わたしも遅れてバターをマドリの指からいただきました。

 作りたてを食べるのは何年ぶりでしょうか。


 それは皆が興奮するのも無理もない、喜びに満ちた味わいでした。

 わたしたちの隠れ里で、バターを使った料理を食べられるようになった。これはそういうことですから。


「リックが喜びそうです。オイルとして使うのもいいですが、パンに練り込めば皆で食べられますね」

「それに残った乳精を再利用すれば、それでチーズも作れると思います。たぶん……」


「まどりん、すっごーい! まどりんは、はかせだなー!」

「腹減ってきたよ、俺……昼飯まだかなぁ」

「まだまだに決まってるじゃん。でもそのうちチーズも食べれるんだ……。それって夢みたいだね、カール!」


 あるべき学者の姿というのは、こういうものなのかもしれません。

 塔にこもって研究に明け暮れる者よりも、なんでもない知恵を人に分け与えるマドリの方が、わたしにはずっと立派に見えました。


「では、今日からマドリのあだ名は博士にしますか?」

「や、止めて下さいよっ!? ベレトさんの方がずっと博識じゃないですかっ!」

「いえ、わたしの知恵は又聞きや経験則ばかりなので、人に教えるのには向かないのですよ」


 うちの娘はバターの浮いた瓶を抱え込んで、突っついてはペロペロと乳脂肪を口に溶かしています。

 憧れのバターがお気に召したようです。


 バター入りのパンや、バターで焼いた肉料理を食べたら、パティアがどんな顔をするのか想像するだけで、わたしは笑ってしまうようでした。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 その後、見るからに暑そうな魔界羊から羊毛を刈り取りました。


「ふふふー……。これだけのあれば、お人形も毛布も、もこもこの服もたくさんつくれますね~♪」

「ジョニーたちも嬉しそうにしてるね! あ~~、羊ってかわいいなぁ……」

「でも目玉が怖くないか、こいつら……」


 これで防寒着を作れば、毛皮のない彼らもある程度の野外活動ができるようになるでしょう。

 冬の積雪相手にやれることなど、はなから限られますが。


「あれ、どうしたのパティア?」


 それにしてもパティアが静かでした。

 不思議そうに魔界羊のジョニーを見つめて、娘は何やら考え込んでいるようでした。


「んーー……」

「なんだよ、なんか気になるのか?」


「なんかね、あのね、これ……にてる……」

「何に?」


 わたしたちは魔界羊のジョニーに目を向けました。

 似てると言われても、なんのことやらわかりません。

 そもそもパティアの頭の中を理解できたら、わたしはこんなに苦労などしていません。


「んー……なんだろ……。なんだっけ……なにかに、にて……あっ!?」

「思い出したのか?」


 するとパティアはジョニーのおっぱいを指さして、こう言いました。


「これ、カールの○ん○○みたい!」

「ぇ…………」


 そのとんでもない発言に、ジアが小さく声を上げたのも印象的です。


「いっ……いきなり何言ってんだよぉっお前ぇぇーっっ?!」

「あらー♪」


 ジアとカールの目が合いました。

 それからジアが羊のおっぱいに目を落として、カールに戻しました。


 ジアだけではありません。

 皆が羊のおっぱいをチラりと確認してから、カールに目を向けたようですね……。


「な、何見てんだよお前らぁぁっっ?!!」

「カール、すみません、本当にすみません……。今度という今度は、よく言っておきますので……フフフ」


「なんでエレクトラムさんまで笑うんだよぉっ?!」


 パティアには困ったものです。

 ジアはしばらくの間、カールではなくジョニーのお腹にばかり目を向けて、全く微動だにしませんでした。


「パティア、もしかして、またへんなこと、いったかー?」

「はい。もう少し、男の子の気持ちをわかるようになって下さいね、パティア」


「うん、わかった!」


 こうしてこの日から、ジアは乳搾りを受け持つと、自分の世界に没頭することが多くなったそうでした。


ごめんなさい! 更新が遅くなりました!

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― 新着の感想 ―
[一言] ジアがやばい方向にいってしまっている・・・大丈夫だろうか(汗
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