6-1 再びレゥムの街で、お人好しのシスターと
前章のあらすじ
魔軍正統派の斬り込み隊長、牛の女魔族ホーリックス、魔軍を追われる。恩師ベレトートルートの処刑に疑問を抱いたため。
一方そのベレトはパティアに虫除けの補助魔法を仕込んでいた。
ところが何の手違いか、術は生命活動増幅の術となり、栗の雄株の花粉を爆裂させる。
花粉は大地の傷痕にやってきたホーリックスにも降り掛かった。
積み重なる不幸に気を落としながら、ホーリックスが湖で身体を洗っていると、そこで元教官と弟子が再会することになる。
ネコヒトが説得して、ほとぼりが冷めまで共に暮らすことになった。
意外と彼女は料理が上手で、穏やかな人柄も含めてすぐにパティアとバーニィに慕われた。
その後ベレトは再度パティアに術を仕込み、パティアの魔法オールワイドで己の潜伏魔法ハイドを範囲化させ、大地の傷痕丸ごとを世界から隠蔽することに成功した。
こうして彼らは魔軍襲来の脅威を未然に防いで、ネコヒトはレゥムの街への再買い出しを決めるのだった。
余談、裏切り者のミゴーは事態を殺戮派の魔将ニュクスに報告した。
ニュクスは結果に妥協し、さらなる魔族殺しをミゴーに依頼していた。
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ネコヒト買い出し紀行
-season2- 猫と兎のコネと、蒼化病の里
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6-1 再びレゥムの街で、お人好しのシスターと
パティアにもっと美味しい物を食べさせてやるために、また同時に魔軍を抜けたホーリックスに料理作りのやりがいを見つけてもらうために。わたしは再び東に旅立ちます。
あの城門前広場で、だんだん畑という名に変わってゆくその場所で、わたしは皆さんからの見送りを受けていました。
「ねこたん……はやく、かえってこい……。バニーたん、うしおねーたんいるけどな、ねこたんいないと、さびしい……。でもなーっ、ごはん、おいしくなるってきいた! きたいしてる、あとっおみやげもなー!」
「はい、もふもふでふかふかなやつを、必ず買ってまいりましょう」
時刻は日没、これから向かうギガスライン側の空は、既に濃紺に包まれて冴え冴えと白き月が浮かんでいる。
たかだか長くて2日ばかりの別れを、うちの娘はいちいち深刻に受け止めていました。
しかし子供相応に気分屋です、おみやげという単語に気分をうきうきとさせて笑い出します。
「やーたーっ! あ、でもねこたん、きをつけてなー、あぶなくなったら、もどってこい? パティアが、めぎどふれいむぅー、で、やっつけてやるからなー!」
「あなたは女の子なのに本当に勇ましいですね。ああそれと、わたしがいない間のお勉強は、バーニィに任せておきました、がんばって下さい」
表情がコロコロと変わる子です。聞くなり口を苦くして、お勉強はいらないと内心の不満をこぼしていました。
バーニィはこの子に甘いので、ちゃんとやってくれるかどうかはわからない。
いえ子供の扱いはわたしよりずっと向いているのかも。
「教官、パティアと同じことを言うが、どうかお気をつけて……。ギガスラインを越えられるのは教官だけだ、それはわかってる、だが、歯がゆい……」
「こっちのお使いもどうか忘れないでくれよ、ネコヒト。繰り返すがアイツはレゥム旧市街で骨董屋をやっている、接触して例の件を頼む」
「例の件……? バニー、何か悪巧みをしているのでは、ないだろうな……?」
「へへへ、さあどうだろうなぁ。とにかく頼んだぜネコヒト」
「ええ、では行ってまいります」
きりがないのでわたしは彼らに背中を向けて、この秘密の里を東に旅立ちました。
「ねこたんっ!」
「おっと……」
いえ、最後にパティアに抱きつかれました。
少女はお気に入りのもふもふにミルクの匂いのするその身を擦り付けて、別れを惜しんでくれたのでした。
「パティア、まちのおんなには! ねこたん、わたさないからなーっ!」
「何の話ですか……ああ、あの時のアレですか。わかりました覚えておきましょう」
帰りはシスター・クークルスの匂いが残らないよう、気を付けないといけないようです。
◎●(ΦωΦ)●◎
ギガスラインに到着した頃には、長い夜がようやく終わろうとしていました。
じきに朝日が顔を出してしまう、速やかに目的を果たしたいところです。
さていつものようにゴロツキ、ではなく冒険者どもを待ち伏せする予定でしたが、時刻もあってかこれがなかなか現れない。
当然、夜が明けてしまうと突破のリスクがそれ相応に上がる。
「おや……よく見たらあの辺り、かがり火が消えてますね……。まったく、来るたびに平和ボケを見せられる側の身にも、なってほしいものですよ」
今回は荷物、つまり売り物が前回よりだいぶ多い。
そこでわたしは予定を変えて、アンチグラビティで身を軽くして、かつて巨人を阻んだ絶壁を物理的に乗り越えてしまうことにしました。
「おい、火を絶やすなと隊長がおかんむりだ、早くたきぎを持ってこい!」
「俺のせいじゃないって! 前の当番のせいだ、そもそもその間、見張りの仕事は誰がやるんだよ?」
アリのように壁をはい、わたしはギガスラインを登り切った。ただちに暗闇に包まれた不用心な城郭を、レゥムの街側に忍び足で駆け抜ける。
「じゃあ俺が見張ってるから、お前が持ってこい」
「いやそれはおかしい、見張りは俺の当番だろ。だったらお前が持ってこいよ。バカみたいに長い階段下って、たきぎ持って上り直すだけで腰が死ぬわ」
「お前の方がずっと若いだろ! ったく、昔の連中は、何でこんなバカみたいにでかい壁作ったんだろな……」
近くで守備兵たちのやり取りが聞こえました。
こうして警備に穴を空けるだけあって、そこはかとなく浅はかです。
「……もう夜が明けます。なら近くのかがり火から、薪を移せばいいだけのことでしょう」
「おおーっ、お前頭いいな!」
「え……いや、今の俺じゃないぞ。……誰だ?」
ただのネコヒトです、わたしは売り物を背負ったまま城壁を滑り降りました。
この様子なら次も同じ手が通じそうですね。高い城壁頼りのザル警備、これではまさに本末転倒でした。
●◎(ΦωΦ)◎●
一方その頃、パティアは牛魔族ホーリックスにくっついて、おかしな寝言を言っていたそうです。
「すぅすぅ……。ねこたん……パティア、おっぱい、こんなに……んぇへへ、でっかくぅ、なったぞぉー……もみもみ……んへ、んへへ……」
「ぅ……ぁ、ぁぅ……はぅ……」
ホーリックスの少し色っぽい声もしたと、後でバーニィがわたしにいちいち報告してくれました。
「おっぱい……おおきくなる、まほー……。ねこたん、おしえてくれ……。すぴぃー……すぴぃー……」
あいにく存じ上げてはおりません。
そんな都合の良い術があったとしたら、今頃女魔法使いは巨乳ぞろいのおかしな世界になっていることでしょう。
●◎(ΦωΦ)◎●
レゥムの街に入った頃には夜が明けて朝が来ていました。
少し不思議な感覚です、あの要塞の西側はまだ夜明け前の蒼に包まれているのでしょう。
念のため潜伏の魔法を使って街の聖堂に向かい、シスター・クークルスの姿を遠くから探しました。
修道服を着込んだ緑髪の若い女、しばらく観察を続けると大聖堂内部より現れたので、彼女の足下に何度か石を投げて注意を引きました。
「あらっこんなところにネコさんがいたわー♪ うふふ……ごぶさたしております、まさか会いに来て下さるなんて、私嬉しいです」
「こちらこそお久しぶりです、あっさり釣れてくれて助かりましたよ。さてシスター・クークルス、可能であれば今日一日、あなたを貸していただけないものでしょうか」
いとも簡単に茂みの中に連れ込めた。
変わりなく元気そうです、お人好しのクークルスはのんきに微笑んで、それからわたしの頼みごとにぼんやりと今日の予定を考えだしました。
「ふふふー、嬉しい、ネコさんに誘っていただけるなんて♪ でしたら、今からすぐお付き合いしますよー」
「いえ無理をされなくとも……。そのお姿からして仕事があるのでは……? あ、これ前回のお礼とわたしどもからの気持ちです」
わたしはシスター・クークルスにお礼の毛皮と、とても貴重な――アユーンフィッシュの薫製を寄贈しました。
「それでしたら大丈夫です、今日はおやすみなんですよ。これは、私の普段着みたいなものなので~。それより、こんなに立派なもの、私なんかが貰っちゃっていいのかしら……」
「ええ、毛皮には今回の依頼料も含めてあります。いつものウサギの皮で代わり映えせず申し訳ありませんが」
「あ、でしたらこうしましょう! 少し、待っていて下さいね!」
「……はい? あの、シスター、どちらへ……?」
「少しだけ、待っていて下さい」
クークルスが大聖堂の内部に消えた。
説明も無しに置いてけぼりにされたわたしは困ってしまったものだが、彼女は息を切らしてまたここに戻ってきてくれました。
薄茶色のフードローブを手に。
「どうぞ、聖堂の物なので他のローブより疑われにくいと思います」
「フフフ……シスター・クークルス、あなたは大した悪党ですね。こんなものを手に入れてしまったら、わたしという魔族がレゥムの街を闊歩することになってしまいますよ」
ありがたく袖を通させてもらいました。
重ね着になるので少し暑いがそこは我慢です。むしろ人間の視線を警戒して、常時張りつめているよりずっと快適でした。
「少し大きい物を選んできました。その方が毛並みを隠せるでしょうから」
「そうですね、人間に毛皮は生えていない、素晴らしいご判断です。あなたの行動力にも驚きですよ」
親切でやさしい人です、クークルスは嬉しそうに笑ってくれました。
喜ぶべきなのは親切にされたわたしの方だと思うのですが、なぜかとても嬉しそうでした。
「あら~? だって、私を借りるってネコさんは言ったではないですか。だからー、こうしただけなんですよー?」
「いえ、あれは例えです。極めて結果オーライなので文句などありませんがね。では、お嬢さん、参りましょうか」
シスター・クークルスの手を引き、わたしたちは茂みを出た。
カッコ付けてみたはいいものの、市場の方角がわからないという中途半端なオチが残りましたが。
「市場ならこっちですよ。今回は何をお買い求めですか? えっと……ですが、ネコさん、ではこれからは困りますね……」
「前にも申しましたが、エレクトラム・ベルです。どうかあなたのお好きにお呼び下さい」
「ならトラベルさんにしましょうか~♪」
「また妙な略称を取り出してきましたね……。まあ便宜上のものです、それでかまいません」
荷物もあったので1度シスター・クークルスの自宅に寄った。
華やかな聖堂区とは一変してわびしい、旧市街寄りの地区です。その家賃の安そうな狭い借家に荷物を置き、晴れて市場に向かいました。




