40-2 魔界羊がきた日 - ラブレー -
・イヌヒトの少年
ヘンリー・グスタフ商会の一員として、僕も今回の計画に加わった。
ホーリックスさんとクレイ、それとネコヒトの民がパティアの護衛として、東の湖のさらに向こう側、結界の目前で待機している。
時刻は夕暮れだ。
キラキラとした金色の木漏れ日が騒がしい森に降り注いでいた。
「えっほ、えっほ……はぁぁー、わくわくが、とまらねぇぜ……」
「パティア、まだ気が早いよ。ベレトさんは日没って言っただろ」
パティアが準備運度を始めている。
屈伸をしたり、足を伸ばしたり、落ち葉を鳴らして跳ねていた。
「うん、わかってる。まだ、あかるい。けどな、パティアを、とめるな、ラブちゃん……」
やる気いっぱいだ。
今からこれだと、日が落ちた頃には疲れてしまわないだろうか……。
「別に止めはしないけど……今から気張ってたらさ、バテちゃうって言ってるだけだよ」
「そうか……」
「そうだよ。ほら座って」
「んー……。でもなー、ねこたんなー、ひつじさん、つれてくるって、いってた。もふもふ……ぐふ、ぐふふふふ♪ たのしみしゅぎるっ、しゅごいもふもふなんだってーっ!」
これは僕の手に負えない。
羊に夢中になって、男爵様が無視されたりしないか、ちょっと心配になってきた。
「ホップとビール酵母も楽しみですニャ」
「地酒地酒ー!」
「羊のミルクも楽しみだミャー♪」
クレイと一緒に、ネコヒトの民がミャーミャーと騒いでいた。
森の中でこうも盛り上がられると、モンスターを呼び込んでしまわないだろうか……。
「オレも新しい調理道具が楽しみだ。自家製のビールも飲みたいな……。それと、たまたま、結界の内部に、魔軍を飲み込んでしまったら、やむを得ないな。その時は、久々に楽しめる……」
「僕はイヤですよっ、そんな展開!」
みんなしばらく自給自足を続けてきた。
だから外の物資に焦がれていた。商会の一員としては、早くこんな戦争終わってほしい。
「ラブちゃん、やっぱり、パティアひまだ……。だからー、パティアとー、おいかけっこしよー?」
「えっ、おいかけっこっ!?」
「パティアとおさんぽ、してこよ、ラブちゃん♪」
「うんっするする! あ、いや、えっと、特別に、少しだけなら、付き合ってあげてもいいよ……っ」
尻尾を無意識に振ってしまうのは尻尾を持つ者の宿命だ。
僕はパティアの背中を追って、森の奥へと駆けていった。パティアと走るのはワクワクして楽しい。何が起きるかわからないのもあるんだと思う。
だけどこんな姿、グスタフ様には見せられない。嫉妬で首にされたら大変だ。
●◎(ΦωΦ)◎●
パティアと走り回って、ベリーの実を持ってみんなと合流した頃には、もう日没寸前だった。
さあ、これからパティアとみんなで考えた奇策が始まる。
太陽が沈むと、木登りをしたネコヒトの民が声を上げると、パティアが魔力の集中を始めた。
とんでもない魔力だった。パティアは無尽蔵に成長していた。
「いくぞぉぉぉ……ねこたんとぉぉぉ、イリスちゃんとぉぉぉ……もふもふのために! もうちょっと、ひろがれぇぇーっ……ちょいやぁーっっ!」
キラキラと輝くオールワイドの術が結界に放たれると、色彩を失った外側の森が、見る見ると僕たちの里へと飲み込まれていった。
これでベレトさんたちは、危険を冒さずに隠れ里に戻ったことになる。
世界を飲み込むなんて、もはや神にも等しい、信じられない力だった。




