40-1 会いてぇ……ああ、パティアさんに会いてぇ…… - 会いてぇ -
「断る! 戦場のド真ん中を突っ切れとか、そんなもんは商人の仕事じゃねぇ!」
「フフフ……そうですか。さて、今回はプランが4つあるそうでして」
人を見透かすようにネコ野郎が笑いやがった。
その尻尾を小さく揺らして、俺は依頼を受けること前提で話を進めた。舐めやがって!
最初からそのつもりだったが、やっぱコイツは気にいらねぇ!
「人の話を聞けやっ! こっちは断るって、言ってんだろがよっ!!」
「はて、パティアにもう会いたくないのですか?」
「会いてぇっっ!!」
「では頼まれてくれますね?」
会いてぇ……一秒でも早く会いてぇ、パティアさん、パティアさん……っ。
パティアさんの笑顔のためなら、俺は、俺は……!
「ちっ……しょうがねぇな! てめぇの頼みなんぞ聞きたくねぇが、パティアさんっ! がお喜びになられる話なら、特別に聞いてやらぁっ!」
やったぜ、これでパティアさんに会える!
パティアさんに会えるならなんだってするぜ、俺はよぉ! ああパティアさんっ、俺のパティアさん!
「アォォ~?」
「不思議そうですね。ですが男爵はこういう方なのですよ、イリス」
しかしよく見ると、この大山猫もなかなか悪くない……。
ネコ野郎は例外として、ニャンニャンに悪い子はいない。後で触っても構わないだろうか……。撫で撫でしてぇ……。
「はっ、よろしくな、イリス!」
「アォッ♪」
ちくしょぅ、俺のバカ野郎。もうちょっとやさしく言ってもいいじゃねぇか!
なんでこんなことができねぇんだよ!
「では話を戻します。プラン1、里の放牧地で羊を飼育したいので、まずは魔界羊を一頭手配して下さい」
「パティアさんに羊のミルクに毛皮かっ、悪くねぇ! よしわかった! なら若くて乳の出がいい魔界羊を、4頭ほど確保してやる!」
「いえ、4頭となるとこちらは予算オーバーなのですが」
「別にテメェのためじゃねぇ! パティアすわぁんっ、のためだ! 一匹じゃパティアさんがミルクを楽しめねぇだろがっ!」
「おやそうですか」
またあの目だ。このネコ野郎は、いつだってこっちを見透かしてくる。
だから嫌いだ。歳取ってんのはテメェだけじゃねぇぞ。
「ですがこれでは、あなたに貸しばかり作るようで、尻尾の付け根がぞわぞわしてきますね」
「やっと自分の立場がわかったかよ。テメェらは、俺がいなけりゃ物資の調達にすら困る立場だ! よーくわかっただろうネコ野郎が!」
ネコ野郎に貸しを作るのは気分がいい。
だがそれだけじゃない。あの隠れ里はまだまだ育つ。俺はその成長を見届けたい。
それにバーニィ・ゴライアス、あの男は面白い。アイツの夢を見届けるのも悪くねぇ。
「では、報酬としてこれを差し上げましょう」
「ん、なんだそりゃ……宝石か。んん、見慣れねぇやつだな……」
仰々しく考える素振りをしてから、ネコ野郎が俺に妙な石を押しつけてきた。
それから窓際に立ち、カーテンを引くと日光が石を照らした。俺の目の前で、石の色合いが変わってゆく……。
「これは、まさか、アレキサンドライトか……!」
「ご名答です。オオガラスがパティアの人形を盗む事件がありましてね、その巣から拾ったものですね」
俺はつい硬直していた。
その宝石は色彩を変えるその特色と、極端な希少性から、文字通り桁違いの価値を持つやつだ……。
それに今は穏健派が西パナギウム王国と結んだご時世だ。
人間の王朝や富豪に売れば、さらに価値が膨れ上がることになる……。
「はっ……ふてぇカラスもいたもんだぜ……」
「ええ、手を焼かされました。さて、これでどうか、この先もネコタンランドを、あなたにお任せしてもかまいませんね?」
「テメェ、なんで俺によこす? 自分で換金すれば、テメェは億万長者だぞ……」
「おや、そんな価値があったのですか」
価値を知っているくせに、ネコ野郎はすっとぼけやがった。
俺を信頼している。そういうツラが気に入らねぇ!
「あるに決まってるだろバカ野郎! 戦争中は、こういうのを取引する連中が増えんだよ! 戦争特需ってやつだ!」
「そうですか。では注文の続きです。プラン2、工具と農具がまた不足しています。リストアップしてきましたので、これらを手配して下さい」
メモ帳を受け取った。少人数だけじゃ運び切れない、結構な量だ。
多くの荷台か、荷馬車が必要になるだろう。
「工具……工具か。悪いが工具はな……」
「何か問題がありますか?」
「ある。一部の工具は、戦争に持って行かれて手配が難しいな……。逆に農具は、余り気味でダブついてはいる。……いっそ鍛冶職人の移民者でも、募ったらどうだ?」
「ええ、それも考えましたが、そうなると精錬された金属が必要になるでしょう。付近で鉱石が得られるわけでもありませんから――リックは喜ぶでしょうがね、里の労働力をそちらに割く余裕はありません」
延べ棒をこっちで買って、あっちで加工すれば融通が利くだろうが、安上がりとは言えねぇな。
「そして、プラン3です。くず鉄と使い物にならなくなったガラスを下さい。可能ならば、次の機会までに、砂漠の砂を仕入れておいてもらえると」
「変な注文しやがるな……」
「ええ、錬金術師のゾエという女性が、ガラスや鉄を生き返らせてくれるそうです」
「ゴミをよこせか……。まあいいがよ、あまり商会としちゃ、受けたい仕事じゃねぇな……」
ゴミが売れると勘違いして、その後も俺たちに売りつけようとしてくるやつらが出るからな。
そういう勘違いをされると困る。
「最後のプラン4。ビールの酵母とホップが欲しいそうです」
「おおっ、酒かっ!」
「あなたも食い付きがいいですね……。ええ、カスケードヒルと安全な貿易ができない今、酒の枯渇が深刻だそうで。私はどうでもいいのですがね、酔っぱらいどもが発狂しそうなのです」
「ケッ、飲みたいときに酒が飲めるのも幸せの一つだぜ。なら飛び切り強い酒も持っていってやるか……」
しかしネコタンランドのビールか。
ああ、パティアさんの手で作られた酒が飲みてぇ……。
「以上ですが、今日明日中に手配して、明日は里に入れるように急いで準備をして下さい」
「グスタフ商会を舐めんな、今日中に手配してやる!」
「ええまあ、パティアのことを考えると、それが理想なのですが。ですが今回は……」
「とにかく俺に任せとけ、どうにかしてやる! だが、どうやって正統派にバレずに、里まで物資を運ぶつもりだ? 魔界羊なんて、メェメェやかましいぞ?」
夢が膨らんだところで悪いが、こいつが危険な依頼なことは変わりねぇ。
商会の人員にも危険手当てを払わなきゃ、不満が高まるしな……。
「それなのですがね、ある抜け技を使う予定です」
「抜け技なぁ? テメェのお得意ではあるが、大丈夫なのかよ?」
「ええ、明日の日没、里東部のとあるエリアで待機していれば、後は安全に里へ入ることができます」
「わからねぇな。つまりどういうことだ?」
「わたしたちが結界に入るのではなく、結界がわたしたちを飲み込むのです」
「そうかよ。全然わからねぇわ……」
だがそれにはきっと、パティアすわんっ! が噛んでるに違いねぇ!
ああ、早く会いてぇ……パティアさんのために、最高の羊さんを用意しなくちゃならねぇな!
パティアさんが羊を見たらよ、喜ぶに決まってる。
ああ想像するだけでやる気が増すぜ!
そして、そのご褒美に、俺はパティアさんに、お腹を撫で撫でされてよ、へ、へへへ……。
完璧な仕事をするしかねぇな……。
次回更新分、分割の都合でかなり短くなります。
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皆様のご支援おかげで、超天才錬金術師2巻が4月30日に発売します。
買って損のない楽しい一冊になりましたので、どうか1巻ともども買い支えていただけると嬉しいです。
必ず楽しめます。2巻は特に仕上がりがいいので、楽しみにされていて下さい。
 




