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0-04 猫ですが幼女拾っちゃいました

「実は追われているんでしょう?」

「ッ……?!」


 驚かれても困る、そんなの見ればわかりますよ。

 エドワードおとうたんの傷は刀傷、一般的な魔族とやりあったら今頃その腕ごと両断されていたっておかしくはない。


「そうだ……。ことが済んだらこの魔導書をお前にやる……だから自分と娘を守ってくれ。これは自分が生み出した、この世に二つと無い特別なもの」

「ちょっと待って下さい。よく考えたらこれって、ここにその追っ手が現れるってことですよね?」


「恐らくは、もう近くにいると思う」

「おやおやそれは困った。……だからわたしの隣を潜伏場所に選んだと。フフフ、思ったよりずっと賢いですねあなた」


 わたしは立ち上がり、自慢の柔軟な身体を四つ足になってよく伸ばした。

 あくびを噛み殺し、それから腰に手を当てて思い出す。

 大事にしていたレイピアはもうないのです。


 わたしは見た目よりずっと体重が軽い。

 なのであまり重い武器は得意ではないのですよ。


「頼む……ネコヒトは寛大な心と、人間に対して理解的な価値観を持つと聞く。自分たちを、せめてこのパティアと魔導書だけでも、助けてくれ、頼む、ネコヒト、ベレトートルート……」


「理解的というのは間違いですね。ネコヒトというのは魔族の中ではあまり強い部類ではありません、別に弱くもありませんが。まあですから、むやみやたらに人間の憎しみをあおれば、ネコヒトは争いにより割を食うことになるのです」


 ここは古戦場、探せば錆びた剣の中から、状態のマシなものが一本くらいは見つかるでしょう。

 交渉の結果を待たずして、わたしは部屋を出ることにしました。


「ねこたん、どこいくのー?」

「ベルとお呼び下さい小さなお嬢さん。ちょっとそこまで武器を探しに行ってまいります」


けん(・・)か?」

「はい、それがないと、おとうたんもわたしも非常に困ります。わたし、身体がとっても軽いので、取っ組み合いになるとまず負けてしまいますから」


 身体もこの通り人間より一回り小さい。

 わたしの長所といったらこの身のこなしと、長い長い月日の中でつちかった器用貧乏なテクニックくらいなものです。


「待ってくれ、取引は成立したと見ていいんだな……?」

「騒動を持ち込んでおいて、取引なんて成り立つとお思いですか?」


「すまない……。だがこの魔導書の価値は保証する、ネコヒトは魔法も巧みと聞く、きっと気に入るはずだ、どうか頼む」

「……ではそれをいただきましょう」


 大切なのはその書よりも、娘のパティアといったあたりですかね。

 人間の頭の中はよくわかりません。なぜ追われているのかも。


「おとうたん、ベルたんに、けんのばしょ、おしえてくる」

「おや小さなお嬢さん、おやさしいですねあなたは。ではお願いしましょうか」


 ……ふむ。

 エドワードはわたしが娘を連れて行くことに文句を言いませんでした。

 信用するには早い気がしますけど。


「こっちだぞ、ねこたん。て、つないでもいいか?」

「歩きにくいかと思いますが、まあお好きにどうぞ」


 わたしとしたことが不憫になりました。

 父親エドワードの肌の色、どうも思わしくありません。

 わたしが無事に追っ手とやらを片付けたところで、彼はここで元気を取り戻せるのでしょうか。


「けん、ここ。ほらあそこいっぱい」

「まだ小さいのにめざといですね、ありがとう。……おや、折れた」


 しばらく小さな手と一緒に歩いていくと、武器庫の1つに案内されました。

 1つ目に手を伸ばすと、錆びきった剣がボキリとへし折れた。


「これはエペですか、これなら……使えるわけありませんか」

「あはははーっ、また、おれたー!」


「パティアさん、どうやらここは想像以上に古いお城のようです」

「ねこたんねこたん、あれはどうだー?」


 槍は木製の握り手が腐っていました。刀身もダメなようです。

 するとパティアが元気に武器庫の片隅を指さしました。

 あれは……。


「これは黒曜石ですか。こんなもの、誰の趣味でしょうかね」

「くろくて、すけすけで、かっこいいとパティアはおもうぞ」


 それは黒曜石のダガーでした。

 刃渡りがかなり短いですし、刃を受ける部分すらありません。

 しかし錆びた鉄剣よりはずっとわたし向き、良い物を手に入れました。


「良い見立てですねお嬢さん。では戻りましょうか」

「うんっ、おとうたんにもみせよう。ねこたん、て、つなご」


「……どうぞ」

「わーい、ぷにぷにー」


 ところがその帰り道で、訓練されていない乱雑な足音に続いて、恐ろしい叫び声が司令室より響き渡りました。

 火だるまになった男が部屋より飛び出して、奥の通路にのたうち回ったのです。


「パティア、この部屋に隠れていて下さい。約束どおりわたしが、悪いやつらを倒してきます」

「ひ、ひとりでか……?」


「時間がありません、ではご機嫌ようお嬢さん」

「あっ……」


 かわいそうですが一刻を争います。

 わたしは元の司令室へと飛び込みました。

 そしたらそこは火の海でした。


「ベレト! その3人が最後だ、頼む片付けてくれッ!」

「エドワードてめぇっ、まさか魔族どもと手を結んだのか?!」


 敵は人間の世界で言うところの冒険者でした。

 依頼を負ってわたしたちの同胞を殺したり、資源泥棒を働く不届き者です。

 クズばかりと相場が決まっているので、わたしは容赦なく1人目の軽剣士の喉をダガーで刈りました。


「は、速ッ、よくも仲間を! ジェイクの仇だ、死ねこの怪物ッ!」


 弓手が1人、彼はクイックショットでわたしに弾幕をはる。

 それを走り抜けてわたしはかわし、避けられないものは繋がったばかりの左手の獲物で斬り払った。


「ギャッッ?!」


 次なる目標は弓手ではなくもう1人の剣士、わざと突撃を一時停止させて相手の空振りを誘い、ネコヒトの跳躍力で首の動脈を切り裂いた。


「後ろだベレトッ」

「わかってます。……ほら、言われなくともね」


 剣士を足場にして蹴り、狙い撃ちされた矢をやり過ごす。

 哀れにもその矢は仲間の胴体を射抜いていた。


「ぇ……。そん、な……カハ……」


 同士討ちすらいとわないその戦い方に、わたしなりに嫌悪をいだいた。

 行いの報いとして黒曜石のダガーを投げつけ、やわらかい人間の喉を一投の下に貫いた。


 しかし炎を放った魔法使いらしき姿はない。

 もしいるとすれば、それは魔導書を持ったエドワード本人だろう。


「これで最後でしょうか」

「ああ……」


「参りましたね」

「ああ……」


 わたしが依頼人の前に立つと、彼は受け取れと目で意思表示して小さくなった魔導書を押しつけた。

 彼の胸と腹には赤黒い染みがあり、出血が足下を濡らしている。


「ネコヒトよ……頼む、娘を……。自分は、もう……」


 わたしは気休めの治癒術を使い、倒れ込んだ彼の顔を見つめ返した。

 また知り合った者が死んでいく。せっかく面白そうな男だったのに残念でなりません。


「これは、労力に見合う、報酬だ……娘を、娘をどうか、お願いだ、ベレト……」

「人間の世界に彼女を戻すのは、危険だということですか?」


 エドワードが小さく、あまりに弱々しくうなずいた。

 困りました。参りました。ですがわたしは、図太く今日まで生き抜いた歴戦の士として、散りゆく者には最大限の敬意を払うべきだと常々思っています。


 わたしは強くはありませんが、悪運の星の下にありました。

 わたしのネコヒト生は、散っていた戦士たちと共にあるのです。

 それに、わたし追放されてますから、ここで独りぼっちで暮らすより、子供の1人くらい拾った方がいいのかもしれません。


「わかりました、わたしのような捨て猫でよろしかったら、あの子を引き取りましょう。どうか悲しまず、心安らかに逝かれて下さい」

「ありがとう、ベレト……。自分は、罪人(つみびと)、あの子に、罪……罪は、お父さんが、代わりに…………」


 エドワードは亡くなりました。

 わたしは開かれたままの彼の目を安らがせ、魔導書を手に立ち上がりました。

 彼の死と同時に部屋の炎が姿を消し、静けさだけが残る。


「え……おとうたん……?」


 300年生きました。それでもこういうのは心が痛みます。

 彼らの事情は知りませんけど、ただただ理不尽だと思います。

 隠れていろと言ったのにパティアはもうここに来てしまっていました。


「お嬢さん。いえ、パティア。今日からわたしがあなたのお父さんです。好きなだけ、わたしの毛並みに触れていいですから心を強く持って下さい」


 わたしは異種族の少女をやさしく抱き込み、小柄なわたしなりに保護しました。

 思えば彼女もわたしも追放者、手をたずさえるのが道理でしょうか。


「おとうたん……」

「エドワードさんは死にました。もう目覚めません。けれどわたしはあなたの隣にずっといます。彼にあなたのことを任されて、わたしはそれに、うんと言ったのです」


 長い沈黙の果てに、推定8歳の少女は大きなわめき声を上げて泣いた。

 死という理解しがたい現実を突きつけられ、殺戮者への恐怖もあってか震えてネコヒトにすがりついた。


 わたしのような崖っぷちのネコヒトですが、子供を拾いました。

 齢300年生きてますが、こういうのにはわたし、弱いみたいです。


 ……齢なだけに。それに実際弱いですしわたし。


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