39-5 畑仕事と思春期の少年たち - 裸んぼうが参る -
城の地下へとたどり着くと、わたしとパティアは服を脱衣かごに脱ぎ捨てて、夏場の少し蒸し暑い浴室に入りました。
いえ、ところがです。
そこにパティアを強烈に刺激するものが待っていたのだから、わたしは困惑を覚えるなり、もうどうにもならないと対処を諦めました。
なんと湯船に、あの白い大山猫のイリスが浸かっていて、パティアを見つけるなり身をもたげていたのです。
「なんとぉー! あいたかったぞぉーっ、イーリースーちゃーんっっ♪」
「アオォォッッ♪」
それだけではありません。そこにはカールとヌルの姿もありました。
イリスに向かって、一糸まとわぬ姿で飛び込んでゆくパティアに、目を見開いていましたよ。
「ゲッ、パティアッ!?」
「は、裸ぁっ!?」
湯でほっそりと痩せたイリスの首根っこにパティアが飛び付き、二人の至近距離に女の子のお尻が広がると、男の子たちはつい凝視せざるを得なかったようです。
「イリスちゃんは、やっぱ、ちがうなー。ちゃんと、おふろはいって、えらいぞー」
カールもヌルも完全に硬直しています。
じゃれ合う大山猫とパティアを見つめて、赤くなったまま震えるばかりです。まったく困った娘でした……。
「なるほど、こうなりましたか」
かけ湯をして、わたしもパティアの隣の湯船へと腰を落とします。
それからそうですね、少しいたずら心が働きました。
「パティア、カールとヌルがエッチな目で見ていますよ」
「おぉー?」
「ち、違うよっ!? だって、ビックリしてついっ!」
「パ、パパパ、パティアの尻なんて見てねーよっ! 俺っ、な、何言ってんだよエレクトラムさんっ!?」
カールは尻が気になるお年頃ですか。なるほど。
「いえ、この時間は混浴ですし、あなた方は悪くありませんよ。まあ父親として、色々と思うところもありますが」
「ぅっ……す、すみません……」
「んー? カールとヌルくん、どうかしたかー?」
「ていうか今気づいた! なんでヌルだけくん付けなんだよっ!」
それはわたしも少し思いました。
どうせパティアのことですから、なんとなくでしかないでしょうが。
「んーー……だって、イリスちゃんつれてて、かっこいい、おもったから? あっ、そうだー! イリスちゃんっ、パティアがあらってあげるぞー!」
「アオッ、アオォォォーッ♪」
パティアの言葉に、まるで犬っころみたいにイリスが跳ねる。
二人は興奮のままに湯船から飛び上がると、洗い場に丸裸でかけてゆきました。
続いてゾエが作った白い石鹸を、パティアが泡立て始めたようです。
「あの猫、飼い主よりパティアに懐いてしまっているのでは……?」
「いや、俺は別に飼い主とかじゃなくて、イリスに守ってもらってる側だから……。う、うわ……」
「ぉぉ……」
二人の視線はパティアに向けられたまま、決して離れませんでした。
まあ男の子だから仕方ないでしょう。
泡まみれになった女の子が、全身を使って白い大山猫を洗う姿は、わたしから見れば単に愛らしいだけでしたが、彼らにとっては違います。
しかし気持ちはわかります。気持ちは。
私も300年前まではそうでした。
魔王様と一緒に入浴したときは、もう……。そのあまりの美しさに、心臓が止まりそうになったものです。
「いいこいいこ。イリスちゃんは、いいこだぞー。ピカピカの、ふかふかにして、こんど、いっしょになー、パティアと、ねようなー? はぁ……イリスちゃん、きもちいい……」
「か、カールさん……」
「な、なんだよヌル……」
「心臓が、止まりそう……」
「おう、そうだな……。ジアに知られたら、はっ倒されそうだ……」
「アォーンッ♪ ゴロゴロ……♪」
男の子の気持ちをよそに、パティアとイリスはとても幸せそうでした。
しかしこれでは、男の子がじきにのぼせてしまいますかね。
●◎(ΦωΦ)◎●
その後、長い入浴を終えると、わたしは夕食まで寝ることにしました。
自分の部屋に戻り、書斎式ベッドに横たわると眠気が訪れます。
「ねーこーたーん、いっしょにねよー?」
「おや、またあなたですか……」
ところがまたもやパティアです。
毛皮がまだほんの少し湿っているというのに、隣に寝そべってきました。
「へへへ……きょうは、ずっといっしょ。そうきめた」
「そうでしたね。ですがこのままご一緒すると、大切な服が湿ってしまいますよ?」
「おお、それもそうだなー。……じゃあ、ふく、ぬぐ。んしょ……」
ええ、そうくると思いましたよ。
小さなレディは身を起こして、すぐに服を脱ぎ捨てに入りました。
「この現場を、誰かに見られたらどうするんですか……」
「へへへ……ねこたん、ふかふかだから、はだかんぼーのほうが、きもちいい」
「人の話を聞いて下さい……。誰かに見られたら、とても恥ずかしいですよ?」
「うーうん、はずかしくない。ふかふか、たのしむために、ふくぬぐ。パティアはそれ、ただしいとおもう」
「すみません、何を言っているのかわかりませんので、お先に失礼します」
しかしこうして横たわると、眠気の方がずっと勝ります。
試しにまぶたを閉じてみると、意識もどこかへと消えてしまっていました。
「ねこたん……。これからは、ずっといっしょだぞ。ちゅー……」
くすぐったいです、パティア……。
●◎(ΦωΦ)◎●
「エレクトラムさん、バーニィ先輩がそろそろ夕飯だから起こ――えっ!? な、なっ、何をしてるんですか二人ともっ!? なぜ裸っ!?」
大きな声がして、目を開けるとそこに騎士のキシリールがいました。
何かに驚いているようですが、あいにく頭が回らないので、翌朝まで待ってもらいたい気持ちです……。
「あ、キッシリだ」
「キシリールです……。じゃなくて、なんで裸なんですか……?」
「んー? そのほうが、きもちいいからだぞー」
「そ、そんな……。これは、まさか、犯罪、現場……?」
ですがやかましいので寝ていられません。
わたしは寝ぼけまなこで身を起こしました。夕飯だと、聞こえたような気もしましたから。
「どうしたキシリール。む……これは、何をしているんだ、教官……」
「あっ、うしおねーたん、おはよー」
元気な声に引き寄せられて、わたしは隣のパティアに目を向けました。
「おや、なぜ、裸なのですか……」
「へへへ……はだかで、ねこたん、くせになりそうだ……。ふわふわぁ……♪」
「よくわかりませんが、はしたないですよ、パティア。キシリールも見ています」
「え、いや、見てはいますけど……」
のんきなわたしとパティアの姿に、キシリールはなぜか安堵のため息を吐きました。
それより、この裸んぼうさんをどうにかしませんとね……。
「服を、脱ぎ散らかしているな……。教官とキシリールは、先に行ってくれ。オレは着せてから行く」
「えー……。パティア、ねこたんと、ずっと、いっしょにいる。きょうは、そうきめた」
それは少しの間だけ我慢して下さい。
「それは、服を着てからだ……。教官、後でブラシを入れよう」
「おや、嬉しいですね」
しがみつこうとするパティアからすり抜けて、寝癖だらけのネコヒトはキシリールと共に、食堂へと向かいました。
「驚かしてしまってすみませんね。うちの娘は、予測の付かない行動を取る子でして。服を脱げば、生乾きのわたしと一緒に寝れると考えたようです」
「それは斬新な発想ですね……」
「安直と言って下さい」
「ですがそれだけ、エレクトラムさんの帰りをあの子はずっと待っていました。二人が仲良く寄り添っている姿を見るだけで、里の人間は皆救われています。あらためてお帰りなさい」
「ただいま。……ああ、ところでヌルとイリスには会いましたか?」
「え、ええ……。騎士を長く続けてきましたが、あんなに大きな山猫を見たのは初めてですね……。実はさきほどあの大きな舌に、顔を舐められてしまいまして……つい剣を抜きそうに」
イリスがあまりに強烈な存在感を放つせいで、ヌルについては話題にすら上がりませんでした。
少年ヌルはともかくとして、あの大山猫はいったいどこからきたのでしょうか。
あれだけの知能と順応性を持っているとなると、里での生活もそう難しくないのでしょうが……。
そんなものが魔界の森を理由もなくフラフラしていただなんて、ご都合主義にもほどあります。
「アォ……♪」
「うわっ!?」
「おやイリス、まさかわたしを待っていてくれたのですか?」
食堂の前まで下りてくると、件のイリスがわたしたちを待ち構えていて、それから姿を確認するなり中に消えていきました。
やはりとても獣とは思えない知能です。
「驚きました……。しかしなんなんでしょうか、あの山猫……」
「そこは考えたところでムダなのかもしれませんね。わたしたちにわかるわけがありません」
今のところ確かなのは、イリスが危険な獣ではなく、わたしとパティアに強い興味を持っている。そして蒼化病のヌルを助けた。この事実だけでしょう。




