表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

398/443

39-5 畑仕事と思春期の少年たち - 甘いベリーだけを食べる冴えた方法 -

 まっすぐに城へと引き返すつもりでしたが、途中で気が変わりました。

 今日はあまり日も浴びていませんし、里をパティアと一緒に散歩することにしたのです。


「知らぬうちに、ずいぶんと畑が広がったものですね」

「いっぱい、ねこちゃんたち、ふえたからなー。みんな、がんばったんだぞー?」


 畑だけではなく、用水路もさらに延長されていました。

 東の湖を起点にしたその用水路は、今では南北に広がって各地の畑に水を届けています。


「ええそのようですね」

「そのようなのだー」


「なのだー、ですか」

「なのだー、ですだー」


 耕作が活発な東に向かうと、沢山の人々が畑仕事に勤しんでいました。

 それは蒼化病の子供たちやその両親、ネコヒトの民が中心です。


 とても楽な仕事とは言えないはずなのに、どういうわけか誰もが笑っています。それが印象的でした。

 少し前までは、わたしもこれを手伝っていたのですが、最近はあまり機会がありません。


「時間も余っていますし、少し手伝っていきますか?」

「ねこたん、てんさいか! パティアなー、かりもすきだけどなー、こういうのも、だいすき!」


 パティアがくっついて離れないので、土いじりをしていた方がまだ楽なのではないかという、そんな気がしたのもあります。


「すみません、交代して下さい」

「たのもー!」

「ああ、ありがとう……って最長老様にパティア!?」


 近くにいたネコヒトの民から、クワを少し強引に奪い取って大地に振り下ろしました。

 パティアの方も種まきを交代してもらったようです。


「おおきく、そだてー、ずぼっ! おおきく、そだてー、ずぼっ! ふぅ、いいしごとしたぜ……ずぼっ!」


 あまり効率的な仕事とは言えませんでしたが、本人が楽しんでいるのでよしとしましょう。

 パティアの無邪気な姿を眺めながら、わたしも横取りした開墾を進めてゆきます。


「最長老様が畑で汗水流す必要なんてないですよ~っ! というより、僕のクワを返して下さいよーっ!」

「それはお断りです。最近こういう楽しみにも目覚めてきたようでしてね。あなたたちこそ少し休んで下さっていいですよ」


 ネコヒトの民はわたしたちから仕事を取り上げるのを諦めると、一緒になって畑の開拓を手伝ってくれました。

 きっかけは気まぐれでしたが、こんな風に娘と一緒に汗水を流すのも、あながち悪くありません。


「はぁ……。イリスちゃん、かわいかったなー……」

「あなたはとことん怖いもの知らずですね。……おや、種はどうしましたか?」


「なくなっちゃった。はぁ……イリスちゃん……いま、なにしてるかな……」

「ちょっと、危ないですよパティア」


 やることがなくなると、パティアはあの大山猫が恋しくなったようで、またわたしの腰にしがみついてきました。

 これではクワを振ろうにもままなりませんね。


「あまり手伝えなくてすみませんね、そろそろ失礼しようかと」

「僕のクワ返して、最長老様!」


 さっきのネコヒトの民が手を差し出すので、わたしはクワを彼に返却しました。

 それから樫の木の梢に移動して、娘と一緒に腰を落としました。


「イリスちゃん……」

「今から会いに行ったらどうですか」


「いい……。きょうは、ねこたんのひ……スリスリ……。はぁ、イリスちゃん……」

「ちょっと、畑仕事をした手でベタベタとわたしを――いえ、もう手遅れですか……」


 イリスの毛皮を思い浮かべながら、娘はわたしに身体を擦り付けてはがれません。

 そんな娘の背中をそっと抱いて、しばらくゆっくりと過ごすことにしました。


「これが、ねこたんいる、しあわせ……」


 元はといえば、帰ってこなかったわたしのせいです。

 満足するまで好きにさせるしかありません。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



「あっ、そうだ! これ、ねこたんに、おすそわけだぞ」

「おやラズベリーですか。……というより、いつのまにこんな物を採集していたんですか」


 採集用の小さなポーチから、パティアは赤く熟したラズベリーをわたしに譲ってくれました。

 わたしにべったりと張り付いたまま、ですがね……。


「へへへー……でも、ちょっとだからなー。これはー、ふたりじめにしよ。んっ……これ、ちょっぱい……」

「そんなに甘えん坊だと、みんなに笑われてしまいますよ。おや、こっちは甘いです」


 少しかじったラズベリーをパティアの口へと運ぶ。

 すると大きく口が開かれて、ネコヒトの指ごとくわえ込むのだから困ります……。


「ほんとだ、あまずっぱい! そうだ、ねこたんは、あじみやく。パティアは、あまいの、たべるやく。そうしよう」

「突拍子もないことを考えさせたら、あなたはきっと里一番ですよ。……これも甘いです」


「わーい、あむぅーっ♪ おおっ、これ、あまぁーいっ! つぎつぎ、ねこたん、つぎ!」

「これはとても酸っぱいです。食べますか?」


「うーうん、それは、ねこたんのぶん」


 舌が痺れるほど酸っぱいやつを、もし騙して食べさせたらどうなるでしょうか。

 甘いのはまだかと見守るパティアを横目に、わたしは誘惑にかられながらも、甘いラズベリーだけをパティアに与えました。


 パティアの獣たらしの魔性に、わたしは既にやられていたようです。



●◎(ΦωΦ)◎●



 ほどなくしてパティアのポーチから、ベリーがなくなってしまいました。

 そしてその頃には、わたしの指はパティアの唾液と、ラズベリーの果汁でベタベタです。

 それを見てうちの娘はこう言いました。


「ねこたん、おふろはいろ? あ、そだ! イリスちゃん、つれていこう!」

「はい……?」


「イリスちゃん、おふろ、はいりたいかも……」


 とんでもないことを考えますね、この子……。

 城で受け入れるなら、まず入浴をするなりして汚れを落とすのは、間違ってはいないのですが……。

 あの巨大な山猫を、乱暴な手を使わずに入浴させるなんて、それこそ無理でしょう。


「いえ、野生の猫は濡れるのを嫌うはずですよ」

「そうかー。あっ、じゃあ、ヌルくん? ヌルくん、おふろにさそお?」


「あれは男の子です。一緒にお風呂に入ろうだなんて言ってはいけませんよ」

「ねこたん、そういうの、きびしいな?」


 ところで果汁と唾液が乾いて、だんだんと不快になってきました。

 狩りと畑仕事で付いた汚れも気になります。

 この疲れを、グラングラム地下の湯でほぐしたら、さぞや気持ちいいでしょうね……。


「男の子の気持ちもわかってやって下さい。それよりお風呂にいきましょう」

「うん! ねこたんと、おふろいく! あらいっこ、しよー?」


 この時間は男女混浴です。

 わたしは元気なパティアと手を繋いで、引っ張られるように古城の地下へと向かいました。


 空の一番高いところで、太陽が赤く輝いて隠れ里を照らし、もうじき魔界の暗雲に飲み込まれようとしています。

 それを見上げると、この不思議な境界の土地に帰ってきた実感が湧いてきました。


 空なんて見上げていないで、早く行こうとパティアに手を引っ張られることになったので、すぐにそんな感慨は消えてしまいましたがね。


天才か……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

小説家になろう 勝手にランキング
よろしければ応援お願いいたします。

9月30日に双葉社Mノベルスより3巻が発売されます なんとほぼ半分が書き下ろしです
俺だけ超天才錬金術師 迷宮都市でゆる~く冒険+才能チートに腹黒生活

新作を始めました。どうか応援して下さい。
ダブルフェイスの転生賢者
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ