39-4 隠れ里と大山猫を連れた少年 - アォ…… -
そしてそこに、白い大山猫に騎乗するパティアとヌルの姿が現れると――
「ミャァァァァーッッ?!」
「な、なんか、パティアさんがでっかいのに乗ってるミャァァッッ!?」
わたしの同胞たちは情けない悲鳴を上げて、後ずさりしてゆきました。
けれどカールとジアは違います。イリスにも驚いていましたが、同じ病を患った少年ヌルにばかり目を向けています。
「アォォォォーッ♪」
「フニャァァッッ、化け猫出たミャァァッッ!?」
イリスが甘い声を上げて挨拶をすると、ネコヒトの民がまた遠ざかります。
こんなことはあまり言いたくありませんが、世間一般的に、化け猫と名指しされるのはわたしたちネコヒトでしょうに……。
「あれー? ねこちゃんたち、イリスちゃんに、びっくりしてるなー?」
「そりゃビックリするに決まってるよ、パティア……」
「ていうかさっ、そいつ誰っ!?」
カールとジアがイリスに駆け寄ると、ヌルの方は少し怯えたようでした。
同じ病を患っているとはいえ、迎え入れてくれるとは限らない。普通はそう思うでしょうから。
「お、俺は、あの、ヌル……」
「へー。俺はカール、よろしくな!」
「私はジア、カールはバカだから気にしないで」
けれどそこにいるのは、隔離病棟で生き抜いた二人です。
どうやらこの様子なら問題なさそうでした。
ジョグに目を向けると、同じ感想だったようでホッと胸をなで下ろしていましたよ。
「ごめんなヌル、このデカ女は口が悪いから無視でいいぞ。それよりスゲェのに乗ってんな、お前ー!」
「でへへー、そうだろー! イリスちゃんは、ふかふかで、きもちいいんだぞー」
「アオンッ♪」
パティア、カールはあなたにではなくヌルに言ったのですよ。
一方のヌルはまだ緊張した面もちで、カールとジアに目を向けていました。
「二人とも、イリスが怖くないの……?」
「うん。だってそういうの、もうジョグさんで慣れてるから」
「そうそう、初めて会ったときは心臓縮んだよなーっ、はははは!」
「お、おらってそういう扱いだったべかっ!?」
なるほど。確かに見ようによっては、イノシシ男のジョグの方が大山猫よりもずっと怖い外見ですか。
わたしがパティアと出会ったあのときは、怖がってすらもらえなくて、最初からねこたん呼ばわりでしたが……。
「とにかくよろしくな、ヌル!」
「よろしくね!」
「お、俺……。ここにいても、いいの……?」
ヌルがイリスから降りると、パティアも一緒になって大地を踏みしめます。
すると恋しそうに、イリスが尾をパティアに巻き付けたようでした。
「いいに決まってるべ! ずっとここにいろっ!」
「そうだぞー。それにー、イリスちゃんもなー!」
「アォォーンッ♪ グルル……♪」
その尻尾をパティアが胸で抱き締めると、イリスの舌が娘の頬を舐めていました。
そんな一部始終を眺めて、ネコヒトの民も警戒を少しずつ緩めつつあるようです。けして近付いてはきませんが。
「あ、あれ……力が抜けて、あ、あはは……。よかった……俺、ここにいていいんだ……」
ヌルの方は安堵のあまりか腰を抜かしていました。
わたしはまだ正式に認めてはいませんが、ここを安住の地だと、命が助かったのだと思ったのかもしれません。
「よーしっ、今日からお前は俺の子分だ!」
「はぁっ、何いきなり失礼なこと言ってんの!?」
「うっせーな、女は黙ってろ。いいな、ヌル!」
「お、おう……わかった!」
「え、それでいいのっ、チビだよこいつ!? ああもう、男の子って……よくわかんない」
「へへへー……。カールはなー、やっぱりなー、バニーたんに、にてきたなー」
同感です。カールは小さなバーニィになりつつあります。
活動的でリーダーシップを発揮する子ですから、自然とアレを見習ってしまうのでしょうね。
「しっかし二人とも疲れたべ。イリスとヌルはおらたちに任せてよぉ、二人は休憩するといいべ」
「えー。えーえーえぇぇー……。パティア、イリスちゃんと、ずっといっしょがいい……」
「そうですか。ではわたしはゆっくりするとします。また後でお会いしましょう」
少し寂しい気もしますが、これでようやくフリーです。
これまでの様子を見る限り、イリスとヌルはまあ今のところ問題ないでしょう。
誰がアイアンホーンを倒したのかという、疑問こそ残りますがね……。
「ね……ねこたんっ、おいてくなぁーっ! イリスちゃん……パティアは、パティアは、きょうはな、きょうは、ねこたんとくっつく! そうきめたっ!」
「そうですか。では行きましょうか」
予定にはありませんでしが、パティアがわたしの腰にしがみつきました。
名残惜しそうに、後ろのイリスに目を向けながらです。
「アォ……」
「ぅ、ぅぅー……。イリス、ちゃん……」
「アォォォォ……」
「意地を張らずに残ればいいでしょうに……」
大山猫のイリスは遠ざかるわたしたちを見つめて、いつまでも視線を外そうとはしませんでした。
ずいぶんと好かれたものですね、パティア。さすがは史上最強の獣たらしです。




