39-3 どうやら里に、史上最強のひっつき虫が生まれたようです - イリスとヌル - (挿絵あり
「これをやったのは、あなたですか?」
氷漬けのアイアンホーンを指さして、少年をうかがいました。
「パティアだぞー!」
「いえ、確かにトドメを刺したのはあなたですが、その前に致命傷を受けていたようです。だからおとなしかったのですよ」
「僕じゃない。でも、イリスがやったのかも……」
少年からは魔法の素養をまるで感じません。
嘘を吐いているようにも見えません。
これはどうしたものかと、わたしは困り果てることになりました。
疑わしい。だが蒼化病の、しかも魔力も感ないただの少年を、怪しいからと森に放置するわけにもいきません。だが疑わしいのは事実です。
「ネコタンランドくるかー!?」
「――! あぉぉぉーっっ♪」
すると少年ヌルよりも先に、イリスが低い鳴き声で喜び混じりに応じました。
「イリスは行きたいって言ってる。ネコタンランドって、もしかして町か? 町があるなら俺も行きたい……。もう一人で夜を過ごすのは、堪えられないよ……」
「そこは一人と一匹では」
「そうだぞー、イリスちゃんも、かぞえてあげないと、だめだぞー? スリスリ……はぁっ、いい……。これ、ジアたちにも、みせよー?」
この生まれつきの剛胆さには敵いません。
上手くお膳立てしてやらないと、この大山猫がリックに狩られることにもなりかねないです。
「悲鳴を上げるどころか、ラブレーがおしっこをチビるような結果になると思われますが……?」
「そうかなぁ……。イリスちゃん、かわいいのに」
誉められたのが嬉しいのか、イリスが高い鳴き声と喉を鳴らしました。
「よかったら乗ってみるか?」
「いいのかっ!?」
「ちょ、ちょっと待って下さい。何勝手に決めてるんですか!」
しかしイリスがわたしを見る。信じてくれと言っているようにも、見えなくもありません。
「対応を少し考えますので、時間を下さい」
「そか。じゃ、めぷーるのきのとこ、いこ? ねこたんがきめるまで、あまいのなめる」
そうすると、さも当然とパティアはイリスの背に飛び乗り、のんきに行き先を指さすのでした。
この異邦人、どうしましょうか……。
助けたいのは山々ですが、ふに落ちない点が多すぎます……。
●◎(ΦωΦ)◎●
メープルの木を目指しながら、わたしは考えました。
巨大な山猫イリスと少年ヌルをよく観察しました。
訓練次第で、嘘を包み隠す技能を高めることはできます。
しかし人間の、おまけに蒼化病を患った子供が、そんな訓練を受ける必要もなく……。
わたしは氷漬けのアイアンホーンを押し滑らせながら、何重にも彼らの分析を重ねました。
彼らは不自然です。野獣がなぜ蒼化病の子を食らわずに、庇護しているのですか。
「それにしても、ねこたんさんは凄いな……。こんなに大きな魔獣を、片手で押していっちゃうなんて……」
「これは特殊な術を使って、持ち物を軽量化しているだけです。わたしそのものは貧弱なものでして」
そもそもこの大山猫はなんなのですか。
長く生きましたが、今日まで一度も見たことがない個体です。
「俺、その時点でとんでもない気がするんだけど……」
「ええまあ、確かに」
「でへぇ……イリスちゃんの背中あったかーい……」
パティアと少年ヌルがイリスの背に乗って、楽しそうに進んでゆく姿をわたしは後ろから眺めました。
イリスはパティアがよっぽど気に入ったのか、歩きながらもしきりに背の上の少女に目を向けています。
パティアの手前、里に連れて行かないなどとは言えません。
見捨てれば彼は死ぬでしょう。国から追放され、魔族とも共存できない。いずれ魔軍の戦争に遭遇して、命を落とすことになります。
「ゴロゴロ……ウナァァッ♪」
「イリスちゃん、パティアはもう、イリスちゃんをはなさないぞー!」
大山猫が立ち止まって、パティアの手のひらにすり寄るのを見せられました。
それからイリスがわたしに目を向ける。わたしたちは少しの間見つめ合うと、移動を再開しました。
どちらも悪い子には見えません。
だからといって情を寄せて、里に危険を呼び込めば、不幸をまき散らす結果にもなりかねません。
ジョグに相談するのもいいかもしれませんね……。
そうこうしているとメープルの木が見えてきました。
いえところが、そこにジョグの姿まであったのだから幸先がいいです。
「ジョグさん、なにしてるのー?」
「おぉっ、パティアだべか。メープルの樹液、リセリが好きだからよぉ、持って帰ろうと思ってなぁ……」
その樹液採集に忙しいジョグの背中に、イリスが近寄りました。
「ん……なんか、急に獣臭く――ウオァァァァッッ?!!」
ジョグがいかにもワイルドオークらしい野太い声を上げたので、わたしとしては笑ってしまいました。
「ななななっ、なんだべかこれっ!? あっ…………」
「グルル……?」
「うっわっ……イノシシ男まで出てきた!?」
ジョグの対応次第では、やむなくわたしが止めることになるかもしれません。
ですが違ったようです。思い返せばジョグはあの子供たちを哀れんで、一人で陰ながら隔離病棟を守り、食料を差し入れしていた筋金入りの善良オークです。
「まさか隔離病棟からきた子だべかっ!? よくやったべ、エレクトラムッ、ああ無事で良かったべなぁ……っ」
「えっ……こ、この人、もしかしていいやつ……?」
「そうだぞー。ジョグさんはー、みんなのパパだ。みんな、ジョグさんすき」
パティアの言うとおりです。目立った働きはありませんが、ジョグは人当たりがとてもいいので、魔族と人間の橋渡しになってくれています。
「そうなんだ……。あ、でも俺、隔離病棟からきたんじゃない。なんか、全滅したって聞いて、今はそのまま俺たちみたいなのは、魔界に捨てられるんだ……」
「なんてことだぁ……人間は、なんて酷いことするんだべか……。エレクトラム、今すぐこの子、里に連れてくべ」
ダメと言っても彼には通じそうもありません。
ジョグは普段行使しない発言権の全てを使って、この子だけは助けてくれと言うに決まっています。
「では行きますか」
「いいの……!? ああ、よ、良かった……」
「ねこたん、パティアはねこたん、しんじてたぞー!」
仕方ありません。わたしはアイアンホーンをジョグに任せて、斥候として結界の前まで彼らを誘導しました。
「な、なんなんだ、この場所……。この先がネコタンランド……?」
「中は意外と地味ですよ。さあどうぞ中へ」
色彩のない世界に驚く彼を誘導して、安全な内部へと戻りました。
「運搬しやすいように、林道でも作った方がいいでしょうかね」
「そうだべな。だけんど整備しすぎちまうと、里に魔物さ呼び込みそうな気もするべ。……誘導頼むべ、エレクトラム」
「ええお任せを」
「みんなに、イリスちゃんみせるの、たのしみだなぁー、でへへ……。にゃーん?」
「アォーッ♪」
「にゃにゃにゃーん♪」
「アォッ、アォォーッ♪」
はてさて、どうなることやら……。
そうそう大歓迎とはならないと、わたしは思うのですがね……。
しーさんの体調不良により、ラフ段階の公開になりました。
完成版も楽しみにしていて下さい。




