39-3 どうやら里に、史上最強のひっつき虫が生まれたようです - 予期せぬ遭遇 -
休憩を済ませて、わたしとパティアは魔界の森という無尽蔵の狩り場から、食べられる肉をかき集めました。
ジョグによると、連れてきたネコヒトの民が皆出払ってしまったので、あと1頭が限界だそうです。
そこで選り好みをしながら森の奥に入ってゆくと、そこに珍しい魔獣と遭遇することになりました。
「パティア、あれはアイアンホーンです。あれはボアより美味しいですよ」
「本当か!!」
「ええ、リックも喜ぶかと。しとめて下さい」
「わかったっ。あいすぅぅぅ……いまだーっ、こきーんっっ!!」
しかし何か妙です。アイアンホーンは鋼鉄の角と堅い表皮を前面に持つ、まるで鉄騎兵のような魔獣なのですが、わたしたちを目撃してもいやにおとなしかったのです。
まあ、わたしが正確な判断を下すよりも先に、問答無用の氷結魔法で、トロルをも貫き殺す凶暴な魔獣が、凍り漬けになっていたのですがね。
「へっへへい! いっちょあがりでい! どうだー、ねこたん、パティアはー、みないうちに、せいちょーしたか?」
「……ええそうですね。少し男前な言葉づかいが気になりますが」
やはり何か妙な気がして、氷漬けのアイアンホーンをよく観察する。
角は錬金術師のゾエに任せれば、再利用できるでしょうか。
いえ、よく見ると胸部に傷があります。
通常の武器ではない、例えば強力なマジックアローで突きさされたかのような、非常に珍しい痕跡でした。
「ねーこーたーんっ、ちゃんと、パティアのはなし、きいてー!」
「あなたは誉めすぎる調子に乗るでしょう。いえそれより、警戒を」
これは魔族の狩り人による技にも見えます。
そるなるとこの展開は、どちらが仕留めたかで、取り分をもめることにもなりかねません。
「わるいやつか……?」
「わかりません。ですが誰かがこちらに近付いてきます」
わたしはレイピア(エルリアナ抜き)を抜いて、いつでも対応できるように樹木を盾にしました。
ちなみに聖女様は、寝てばかりいるわたしに愛想が尽きたようで、今度はシスター・クークルスの縫い針に憑り付いたそうです。
「そわそわ……はらはら……スーハァスーハァ……」
「静かにして下さい……おや?」
ところがです。そこに現れたハンターは人間でした。
それも信じられないことに、蒼化病を患った青い肌の、まだ13歳前後にしか見えない少年です。
「あっ、リセリたちと同じだ!」
「えっ……」
「ちょっとパティア、静かにしていて下さいと言ったでしょう……」
妙としか言いようがありません。
ここは魔界の森の奥地、子供が歩いてこれるような場所ではないのです。
だというのにパティアからすれば、肌が青ければ里の仲間に見えるそうでした。
「猫と、子供……? なんでこんなところに……」
「それはこちらの言い分かと。人間の子供がこんなところで何をしているのです。迷子だなんて不自然な言い訳は――いたたっ、何をするんですかパティア!?」
「んー……おどかしたら、だめだぞ、ねこたん? あ、けがぬけた」
何を考えたのやら、パティアに肩の毛をむしられそうになりました。
そういえば抜け毛の時期を昏睡状態で過ごしたせいか、毛のボリュームが減っていませんね……。
「なんてことするんですか……」
「俺は別に怪しい者じゃない! 迷子といえば迷子だけど……。いや、とにかくその剣戻してよっ!?」
レイピアをさやに戻せと言われても、素直に従うわけにはいきません。
彼があの強力なマジックアローの詠唱者と見れば、警戒しておくべきです。
「あーーっっ!? みてみてねこたんっ、にゃんこだぁぁっ!!」
しかしそこにまた妙な者が現れました。
草むらがいきなり揺れて、そこに一匹の巨大な大山猫が現れたのです。
その白い山猫は何やらわたしを見つめたまま、なぜか動きを止めて長い凝視を続けています。
「あっ、待って違うんだ! この子はイリス、無闇に人を襲うようなやつじゃないから!」
「いえ、そう言われましても猛獣にしか――」
「おぉぉぉーっ、そうなのか! イリスってゆーのかっ、そのねこちゃん!!」
計算外があるとすれば、パティアが獣たらしであると同時に、獣狂いであるという点でしょうか。
こんな猛獣のどこがいいのやら、わたしのリュックから抜け出そうと暴れだしました。
イリスは少年に名前を呼ばれたのを思い出して、彼に小さく喉を鳴らしてすり寄っています。
それがまたパティアを刺激して、ついにリュックから脱走する結果を導きました。
「パティア、近づいてはダメです!」
何を思ったのか、わたしの言葉にイリスがパティアに注目しました。
それに怯えてくれたら嬉しかったのですがね……。娘はさらに興奮して、引き留めるわたしの胸の中で暴れてくれます……。
「はなせぇーっ、ねこたんー! イリスちゃんがー、パティアを、よんでいるぅぅー!」
ゴロゴロとその大山猫がパティアに向けて喉を鳴らすのだから、さらに興奮が高ぶりました。
パティアは軽いわたしを引きずりながら、一歩一歩と猛獣に近付いてゆきます。
「パティアッ! これ以上わがままを言うなら、手荒な方法を取りますよ!」
「へーき! ねこたんは、パティアをぶたない! それよりっ、イリスちゃぁーんっ♪」
すると少年の笑い声が聞こえました。
幸いなことにそれがパティアの突進を止めてくれたようです……。
「えっと……初めましてかな。俺の名前はヌル。ちょっと前にこんな病気にかかっちゃって……。それで、結局ギガスラインのこっち側に捨てられちゃったんだ。……ていうか、そっちこそ何者?」
その時、猛獣の方がわたしたちに突っ込んできました。
そこでわたしはアンチグラビティを再発動させて――させようとはしたのですが、迷っていると、なぜか顔面をペロリと大山猫に舐められていたようですね……。
「ああああああーっっ!? ずーるーいーっっ、ねこたんそれずるいっ、イリスちゃんイリスちゃん、パティアにもーっ!」
「いえ、かなり生臭いですよ……」
本気で嫉妬するパティアと、温厚なイリスの様子にわたしの戦意がそがれてしまいました。
イリスがパティアの顔にも大きな舌をはわせると、うちの娘はご満悦で笑顔を花咲かせたようですね……。
「おわぁぁー……ザラザラしてる! でもかわいいなぁーっ、おーよしよし♪」
「いや……驚いたな、イリスが人に懐くなんて。イリスは、僕の前に立ちはだかる魔物をすぐに食べてしまうんだ……」
「それはまた、物騒な猫ちゃんもいたものですね。あなたもあなたで、だいぶ疑わしいですが……」
人間の子供が巨大な山猫に懐かれて、ここまで無傷でやってくるだなんて、どんな神の奇跡なのやら。
それにアイアンホーンには、超高威力のマジックアローが打ち込まれていました。ただの大山猫が魔法使うだなんて聞いたことがありません。
次回挿絵回です
 




