39-3 どうやら里に、史上最強のひっつき虫が生まれたようです - 背中にカブトムシ -
残りの食事をしながら考えました。
里の人口が大幅に増えた今、より効率的に動物性タンパク質を確保しなければなりません。
しかし今や結界の外側は戦場。気軽に出入りするわけにもいきません。
そこでわたしと娘はワイルド・オークのジョグと、同胞ネコヒトの民10名を引き連れて、里から北東に発ちました。
「パティアッ、パティアッ、ミャーミャーミャー!」
「にゃーにゃーにゃー! ネコヒトさんたち、おにくは、パティアにまかせろー?」
パティアはネコヒトの民にかつがれていました。
誰もがパティアを慕い、小さなその身体を奪い合うように持ち上げていました。
「森の中で騒がしい声を上げないで下さい、獲物が逃げますよ……」
「仕方ねぇべ。パティアが嫌いなネコヒトなんてよぉ、この里にいねぇべよ」
「パティアも、ネコヒトさんたち、みんなすきだぞー!」
「みゃーっ! パティアッパティアッ、パティアこそ、ネコヒトの魔王様!!」
まずわたしたちは結界の目前まで進みました。
到着すると、ネコヒトの民にはそこで採集しつつ待機してもらい、ジョグを連れて外に出ます。
「おらもここらで採集してるべ」
「ジョグさん、いってくるね。ねこたんしゅっぱつだ!」
「ここからは大声を出されると困ります。ジョグ、任せましたよ」
「おうだべ」
パティアには以前のように、大きなリュックに入ってもらいました。
アンチグラビティを発動させたわたしはそのリュックを背負い、ジョグに軽く手を振って結界の外側の森を走り出します。
北東部を選んだのは、先日ここを通ったときに魔軍が展開していなかったからです。
恐らくは結界に包まれた隠れ里が見えない壁となって、南北を分断しているのではないかと。
「パティア、ボアです……」
「うんっ、あいすぅぅ……かちーんっ!!」
ネコヒトの嗅覚と勘が獲物を索敵し、高速移動でパティアという砲台を運ぶと、いともたやすくワイルドボアが氷漬けとなりました。
その氷塊をわたしはジョグのいるエリアまで押し、ジョグが結界内側のネコヒトに預けて、里まで運んでもらう。労働力が増えたからこそできる方法です。
「パティア、前方にトロルが3、排除を」
「とろろか! とろろはぁー、べっとんの、おみやげになれーっ、がぉぉぉ……びりびりぃぃっ!!」
撃てと身体の側面を敵に向けると、パティアが腕を伸ばしてライトニングの術を放ちます。
電撃が三匹の緑の怪物にチェインして、大地を揺らして巨体が倒れました。
「お手柄です。トロルストーンが二つも落ちました。べっとんの部屋がまたキラキラになりますね。……シベットでした」
「ねこたんも、べっとんって、よんでもいーよ?」
「それはさすがにどうかと」
「えーー……」
さらにワイルドボアを一匹狩猟して、わたしたちはまたジョグのところに引き返します。
ジョグはアケビのツルを集めていたようでした。
「もう二匹目だべか!? 恐ろしい親子だべ……」
「ええ、お願いします。ネコヒト10名では足りなかったようですね」
「そこは仕方ねぇべ。人が増えた分、あっちこっち仕事も増えるからよぉ」
「ところで、今まではどうやって肉を調達していたのですか?」
「結界の外には出なかったべ。いや、リックさんだけは例外だべな……一人で外いって、大物背負って戻ってきてたべ……」
「あのねー、こーーーんなにっ、でっかいやつ、つかまえてきたんだぞー、うしおねーたんなー」
リックなら大丈夫でしょう。
しかしミゴーと和解し、サレとの協力関係を結んだ以上、その気になればリックの冤罪を解くこともできます。
今度、それとなく交渉だけしてみましょうか。
「リックは優秀ですからね」
「おっぱい、おっきいしなー」
「お、おぅ……。胸は、関係ねぇ気がするべ……」
再びわたしたちはジョグから離れて、今度は結界沿いに西に進みました。
するとパティアが首の後ろの毛を引っ張るので、やむなく急停止することになりました。
「急に何をするのですか……」
「ねこたん……あれっ。あれみて! めぷーる!」
指先の向こうにメープルの木がありました。
身を乗り出すパティアの横顔は、甘い樹液欲しさにだらしなくなっています。
「では少しだけですよ」
レイピアで樹皮に傷を付けて、パティアのしたいようにさせることにしました。
ところがです。パティアはリュックから降りようとしません。
「あ、たれてきた……ねこたんっ、たのむ!」
「なら降りればいいでしょう……」
「やだ……」
リュックから出た上半身で、パティアはわたしの首にしがみつきました。
「ねこたんから、はなれたくない……このまま、ペロペロする……」
「いつからそんな甘えん坊さんになったのですか……」
「もうぜったい、はなれない。ねこたんがおそと、いくなら、パティアは、ついてく」
「そうもいかないでしょう」
甘やかし過ぎだろうかとも思いましたが、わたしは要望のままにパティアと樹液を近づけました。
後はもうカブトムシのようなものです。
樹木にしがみついた娘が、夢中で樹液をすする音だけが森に響きました。
魔界の森は過酷な反面、土壌が豊かです。今回のメープルの樹液も糖度が高かったようで、パティアは口をベタベタにしながらもご満悦でした。




