5-8 名も無き里のはじまり、大地を消した8歳児 1/2
魔将ニュクス、それがうちの大将の名だ。俺はそのニュクスの宮殿に呼び出された。
ヤツは白と青ばかりを極端に好む悪趣味野郎だ。その基調の偏った宮殿に押し入ると、俺は蒼化病をわずらったオーク種の使用人に導かれ、殺戮派のニュクスがくつろぐ空中庭園に案内された。
そこの草花も白と青ばかり、蒼化病以外の使用人には白の化粧をさせるのがソイツの趣味だった。
だが正真正銘の怪物だ。ニュクスは東屋の安楽イスにゆったりと座り、白と青の小鳥と戯れている。そのすぐ足下に、いつも通り俺は深くひれ伏した。
絶対的な強者の前では、プライドなんて何の役にも立たねぇからだ……。
俺は青い床にはいつくばったまま、これまでの報告を大将に伝えた。
「ミゴー、君はアレの報告を、わざと遠回しにしているようだね。これではあまり期待できそうもないが、一応聞いておこう。ベレトートルート・ハートホル・ペルバスト、彼の死体は見つかったのかな?」
殺戮派を束ねる者だ、俺が言うのもおかしい話だけどよ、ニュクスは普通じゃねぇ……。
返事を間違えれば殺られる。だから崇拝している反面、あまり会いたくない部類の暴君様だった。
「ニュクスの旦那、言っておくがよ、俺らは命令を忠実に遂行しただけだ。俺は確かに、ベレトのジジィを大地の傷痕の底に、突き落とした。レイピアで突き返されるのを覚悟で、ヤツの悪運が悪さする前に、体当たりをぶちかまして落とした」
「そうだね、俺はベレトートルートを確実に殺せ、としか命じていない。……それで、肝心の死体は、あったのかな?」
ニュクスの大将は200歳を超えている。俺よりジジィで、あのクソネコよりは若造だ。
しかしニュクスはいつまでも若く、青年期の姿を守り続けていた。死を連想させる白い肌に白い髪、コイツは白化病だ。
「わかった、報告するぜ。だけど言っとく、ほら話じゃねぇぞ。あのクソネコはな……」
あのクソネコはもしかして、絶対に死なねぇ呪いでもかかってんのかよ……?
「死体どころか、大地の傷痕、あの土地ごと消えちまったぜ」
「……フフフ、報告を後回しにしたくもなるわけだね。よし、信じよう」
「なにせ死体を探しに行こうにも、場所そのものが完全になくなっちまってんだ……あれじゃ、手も足もでねぇよ。100年生きたがよ、あんなものは初めてだ。まるで、あの土地そのものが本当に世界から消えちまったみてぇだ……」
何かしらの術を使ったというならそれを解除すればいい。
んだがよぉ、解除しようにも対象が存在しねぇ……ありゃ無理だぜ。
「俺も聞いたことがないな。つまり、君はその中でベレトートルートが生きていると?」
「さてそりゃどうだろうな、はなからあんな微妙な土地も、ベレトのジジィの死体も、消えちまったところで誰も困らねぇだろ」
頭を上げてニュクスの顔を見上げた。
殺戮派の長らしく普段は残忍な口元が、今は不満げな無表情を描いていた。
「何も問題ねぇような気がするぜ。……そもそもよ、何で、アレを殺す必要があったんだよ?」
「ああ。そのことか。聞きたい……?」
それは好奇心だ、一応は恩師でもあり、俺がぶち殺したはずの男だ。
「一応、アレは俺の師匠だ、知りたくねぇわけがねぇよ」
「そうだったね。君はつい先日、そのベレトートルートの弟子、ホーリックスを取り逃がしたそうだね」
ああそこか、そこ突かれると痛ぇな……。
ただの気まぐれなんだがな。
「ホーリックスには人望があった、事前に情報を漏らしたやつがいたんだろ。ありゃ武勇だけはいっちょ前だ、悟られたら制圧できん。……ジジィに刺された胸が、まだ完全に癒えてねぇしな」
ニュクスがそれで納得したとは思えねぇ。
だが蒼化病の小姓に命じて書類を受け取り、それを俺の隣に――つまりテラスの青い床に投げ捨てた。
「まあいいか、消えてくれたのならそれで。ミゴー、新しい仕事だ、こいつらを始末してこい」
「……へぇ、また魔族殺しかい、嬉しいねぇ」
こっちの方が人間どもより歯ごたえがあって良い。
やつらは群れるのは得意だが、一騎打ちを楽しめるような大物は少ねぇのさ。
「そうだ。今日から君には特務部隊を束ねてもらう、権限は無限大、やりたい放題、殺したい放題していい」
「あ~~、参考に聞くけどよ、なら俺の前任者がいただろ、ソイツ、どうなったんだよ?」
ニュクスの勘気に触れて文字通り塵と消されたか、あるいは名誉の戦死か。
「それがね、つい先日、女房に刺されて死んだらしい」
「ハハハッ、冗談だろ、戦場で死ねないなんて不名誉なんてもんじゃねぇわ。大将にぶっ殺された方が、まだ幸せだっただろうよ!」
ニュクスどもは人間を皆殺しにしたい。
俺は人殺しを楽しみ、その中から殺しがいのあるレアを引き当てたい。
人間が滅びる寸前まで利害は一致し続ける。その前に俺が死ぬけどな……。
「ああ、だから手向けとして、女房の命を捧げておいたよ。来世でも彼らが、殺し合いをしますように……そう願っておいた」
ニュクスは普通じゃねぇ、人殺し中毒の俺からみても頭がぶっ壊れてやがる……。
だが、それが最高にクズで、クールだ……。
◎●SIDE:(ΦωΦ)●◎
行使出来うる魔力の全てを込めて、わたしは潜伏魔法ハイドをあの楓の巨木に放った。
結果、その楓は目視どころか認識することすらが出来なくなりましたが、実際に消えたわけではありません。
「パティア、それでは最後の仕上げをお願いします。あそこに、あなたの全力で、オールワイドの術を放つのです」
「ぉぉー……でっかいき、きえたー……ねこたん、すごいなー。あれー、き、どこだっけ? ねこたん、もっかい、ゆびさして」
「あそこです。大きい木なので多少外れても大丈夫です、それにあなたはたくさん、魔法のコントロールの勉強をしましたから」
「俺もちゃんと見てたぜ、お前ならやれる。どうか一発ドカンとやってくれやパティ公」
「バニー、ドカンでは不吉だぞ……。パティア、もし成功したら、今夜はご馳走にしよう……」
いい歳した大人が子供に頼るしかない。この図は情けないものがあるものの、今はこの娘を利用する以外にないのです。
励ましを受けてパティアが調子を取り戻し、大判化させたナコトの書を手に目標を見すえました。
すぐに魔力が高密度で練り上げられ、白くて小さな手が正面に突き出される。
「いくぞー! あしたのー、おいしい、ごはんのためにー! がぉ、がぉぉー……きたーっ、おーるっ、わいどーーっっ!!」
白く美しい輝きが何もない空間にぶち当たる。
それが消えた樹木の形を浮き彫りにして、それから黒い光と呼べるものが巨木を中心に大地の傷痕を駆けめぐった。
するとハイドで消えたはずの楓の巨木が、再びこの世界に現れていた。
「成功です」
要点だけまとめるとこういうカラクリでした。
ハイドという全てを隠蔽するおおいは、パティアのオールワイドⅤにより超広範囲に拡大されました。
つまりわたしたちは今、楓にかけられたのと同じおおいの中に入っている。だから消えた楓の木が再び見えるようになったのです。
「なんかー、キラキラなったー! ねこたんねこたん、あれみてあれーっ、なんかーしゅごぃっ、キラキラー、きれーだぞー!」
ここはハイドとオールワイドの術が生み出した結界の中、これでもうわたしたちは安全です。
誰もここに入ることが出来ないのですから。
「こりゃすげぇ、しかしよぉ、ますます珍妙な土地になっていきやがるな! で、これ本当に成功したのか?」
「よくやった……今日はご馳走だ。今から食材をたくさん、集めに行かないとな……」
ただしそれは強大極まりない術です。その中心核として利用された影響か、楓は幹を青白く、葉を真っ白に変えて、よく見るとぼんやりと弱い光を放っているようでした。
神秘的な光景です、これなら新月の日も明かりに困らない。思わぬおまけがついたものでした。




