38-9 聖女エルリアナから見た隠れ里(挿絵あり
・聖女(永遠の処女)
「ちょっと散歩してきてもいいかな」
「おや、ケーキはお嫌いですか」
「作ってるところ見たら食べたくなるの……。なのに食べられない、こんなの拷問だよ……」
「そういうものですか。お化けも大変ですね」
ねこちゃんにお願いして、さやごと腰から外してもらった。
私は英霊。幽霊じゃない。だから自分の宿る王家のレイピアを抱えて、古城のあちこちを巡った。
クークルスは良い人だった。
お化けなのにわたしを怖がらないで、わたしのことをお化けじゃなくて聖女さま、英霊さんって呼んでくれる。
リセリって子は目が見えない。
私の気配が独特だと驚いていたけど、他の人たちより自然に接してくれた。
アルストロメリアと名乗る騎士様もやさしい。
かわいいって言われたの久しぶり。カッコイイな、あの人……。
それから城の周辺を回って、今はこうして見晴らし台に上がって休んでいる。
ここからだと隠れ里の豊かで活気にあふれる姿が見えて、生きている人たちの生活を眺めることができた。
だけど、私はある偶然に驚いていた。
まさかねこちゃんの隠れ里が、グラングラム城にあるとは、予想もしなかったから……。
「あ……」
そこにあの白くて丸い小鳥がやってきた。
わたしがレイピアを抱いたまま、見晴らし台の端に腰掛けていると、すぐ隣に止まっていた。
「ぴよっ!」
わたしは彼と見つめ合った。
「こんなところで、何をしているの……?」
「ピュィー?」
「どうしてあなたがここにいるのか。そう聞いてるんです」
「ピュィィ~? ぴよぴよ、ぴよよ……♪」
「とぼけないで下さい。それに、あの子……あの子は、まさか……」
わたしの前にいる彼は野生のままだった。
いやそれより、あのパティアと呼ばれている女の子。無条件で魔族を従えるあの性質、強大な魔力、そしてこの里の厨房で燃える白焔メギドフレイム……。
「しろぴよーー!」
遠くであの子が彼の名を呼ぶと、彼は私に興味を失って飛び去っていった。
だけどその代わりに、別の人が私の背中側に立っていた。ううん、正確には私も彼も同じ。
「しばらくだな、聖女エルリアナ」
「はい、お久しぶりです。まさか行き先が、この城だとは思いませんでした。古の魔王――ザガ」
ここは魔王城グラングラム。かつて人と魔族が手を結び合った地だ。
その地に、再び魔族と人間が共存している姿を見るだなんて……。この世界にはまだまだ不思議と神秘に満ちている。
「その呼び方は勘弁してくれ。今やただの亡霊だ」
「はい……。あの、私たち、邪神を倒してきました」
「その表現は適切ではなさそうだ。神の汚れを払った、というのが適切か。邪神だった何かが、エレクトラム殿に宿っているようだな」
「じゃあ……やっぱり、倒さなきゃ……」
「いや……我もそう思いかけたが、そうでもなさそうだ。清い。悪意をまるで感じぬ……。人格もありのままの彼のままだ。不思議な結末だな……」
魔王ザガは事態を楽観視していました。
今はエレクトラム・ベルと名乗っているあの人を、信頼しているみたい。
「あっ、それよりあの小鳥! しろぴよでしたか。あれはまさか……」
「クククッ……それは言わぬが花というものだ。特に、ベレトートルートにとってはそうだろう。秘密にしてやってくれ。真実が人を幸せにするとは限らん」
「そうですね……少し複雑ですけど、でも、そうかもしれません……。それにもし言っても、絶対に、信じてなんてもらえません……」
「違いなかろう。まあ今となっては同じ亡霊同士だ。仲良くやろうではないか、エルリアナ。……この里は見ているだけで面白いぞ。あのバーニィという男がまた、困ったやつでな、フフフ」
ふと視線を感じて肩越しに振り返った。
しろぴよが遠くから、わたしたちを見ていた。
彼は私のことを覚えているのだろうか。
あんな小さな身体に閉じ込められて、喋ることもできず、もう勇敢に戦うこともできない。手に入れたのは自由の翼だけ。
「ぴよ……?」
「……私の名前はエルリアナ。初めまして、しろぴよ。どうかこれから私と仲良くして下さい」
これが世界を救った英雄の末路。それでも彼は幸せそうだった。
私のことを忘れてしまったというなら、これからもう一度やり直そう。
「ぴゅぃーっ♪ ぴよよっぴよっ♪」
「これからも、あの子を見守ってあげてね」
あの頃は難しかったけど、今度は彼と友達になれそうな気がした。
お互こんな姿になっちゃったけど、それでも、また会えて良かった……。
尊い……




