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38-7 かえってきた、ねこたん! - 英霊エルリアナ -

 不思議なものです。

 この二ヶ月間、わたしはただ眠り続けていただけだというのに、里への帰郷にこの胸が沸き立ちました。


 門を使わずに、樹木を三角跳びの足場にして北部のバリケードを飛び越えると、そこは耕作地です。

 畑仕事をしていた蒼化病の子供たちと、ネコヒトの民の注目が集まり、そしてすぐに取り囲まれました。


「エレクトラムさんだ!」

「良かった、無事だったんだ……」

「大変だ! みんなっエレクトラムさんが帰ってきたよー!」

「お帰りっ、お帰りエレクトラムさん!」


 皆が口々に声を上げました。あまりに言葉が多いので、すみませんが誰が何を言っているのやらわかりません。

 人もネコヒトもわたしの帰りを熱狂的に喜んで、農具まで投げ捨てて皆が皆お祭り騒ぎを始めていました。


「ただいま帰りました。さて早速ですがパティアを知りませんか?」

「それがねー、最近なんかあまり見かけないの……」


「見かけない? まさかわたしを追って里を出た、なんて言わないで下さいよ?」

「違うよ。ご飯の時には帰ってくるんだよ。でも、それ以外の時間は……なんか忙しそうで」


 せっかくわたしが戻ってきたのに、真っ先に会わなければならない相手が行方不明だそうです。

 現在の時刻は昼過ぎ、太陽が魔界の暗雲に飲み込まれるまでまだかなりの時間がありました。


「おおっ、ネコヒトじゃねぇか! やっと帰ってきやがったな、この野郎っ!」

「遅くなりました。里を任せっきりにしてすみませんね、バーニィ」


「いいさ。絶対帰ってくるって信じてたぜ、俺はよ! 信じてた!」

「ベレトさんっ! ぁぁ……よくご無事で……。ぼ、私、心配したんですよっ!」

「すみません。色々と厄介なことになってしまいまして」


 バーニィとマドリも人だかりに飛び込んできました。

 わたしの肩をバーニィが抱いて、マドリの方はひかえめにバーニィの隣にたたずんでいます。

 イヌヒトのラブレーの姿もありました。


「そうだ! 僕、パティアに知らせてくる!」

「それは助かりますが……」


 いえ姿があったのはほんの一瞬のことで、彼はそう叫ぶなり古城に向かって走り去る後ろ姿だけになっていました。

 まるで忠犬――というと気分を害するでしょうが、それそのものにしか見えません。


「おおっ、見間違えじゃなかったべ! よく帰ってきてくれたよぉ!」

「お帰りなさい、エレクトラムさん! ああ良かった……私、パティアのことが心配で……はぁっ、良かった……」


 それと入れ替わりで、盲目のリセリと、ワイルドオークのジョグもこちらに駆けてきました。

 ジョグはリセリと人だかりを気づかってか、彼女を胸に抱き上げています。


「おや、ずいぶんと仲がよろしいですね」

「そ、そういうことっ、い、言うもんじゃねぇべよっ!?」

「そう見えますか……? だとしたら、私、とても嬉しい……」


 関係が進展したように見えます。

 二ヶ月も眠りこけていたことが悔やまれてなりませんね……。


 しかし先ほど飛び出していったラブレーが広めているのでしょうか。

 次から次へとここに人が集まってきていました。


「ねこさんっ、おかえりなさい! 私っもう心配したんですよぉーっ!」


 シスター・クークルスの猫耳は、いまだ引っ込む気配すらありませんでした。


「はぁっ……。君に死なれたら、僕たちパナギウム組は一生悔やみ続けることになっていたじゃないか……平凡な感想だが……キミが無事で良かった……」

「お帰りなさい! あの、事情はバーニィ先輩から聞き出しました……。俺たちがふがいないばかりに、すみませんでした!!」


 キシリールが深々と頭を下げました。

 ハルシオン姫の方も、今回の発端は自分にあると少し罰が悪そうにしながらも、隣のキシリールの肩に手を置きました。


 おや……こちらもどこか親密そうに見えますね……。


「ただいま。最悪の状況は脱したはずですのでご安心を。おっと……」

「ねこさん、良かった……」


 感極まったのか、シスター・クークルスに抱き締められてしまいました。

 しかし足りませんね。次々と人が集まってくる中、わたしの求める顔ぶれが二つ足りません。


「リックとパティアの姿がないようですが……。何かありましたか?」

「ああ、その話か……。ちょいと耳貸しな」


 内緒話だそうです。

 シスター・クークルスの包容を羨ましがるバーニィに、わたしも耳を寄せようとしました。


「ねこたーんっっ!!」


 ところが必要がなくなったようでした。

 パティアの声が聞こえて、わたしは歓迎してくれる皆をかき分けました。


 すると開けた視界の向こう側に、リックにお姫様抱っこで抱えられたパティアが、全力疾走で運ばれてくるではありませんか。


「無事か教官!!」

「ねーこたぁぁーんっっ!! おーかーえーりぃぃぃーっっ!!」


 ついにわたしの目の前に到着すると、パティアはリックから跳ねるように下りて、すぐさまねこたん(・・・・)とやらに飛び付きました。

 わたしには筋力や体重がありませんので、いつも通り押し倒されてしまったようです。


「パティアなー! パティア、ねこたん、しんだ……そうおもった!」

「フフフ……では今ここにいるわたしは、幽霊ということになりますね」


「でもね、みんなね、いきてるよって、いってくれてね……。それ、しんじたら……ずっと、さびしいの、がまんしたら…………あえた! ねこたぁぁーんっ、パティア、あいたかったぞー!!」

「わたしもです」


 尻餅を付いたまま、里の皆に囲まれたまま、わたしはパティアを抱き締めて当たり前の幸せを実感しました。


 生きて帰ってこれて良かったです。

 パティアを悲しませる結末を、わたしは回避したのです。


「ねこたん……おかえり。おかえり……パティア、ずっとあいたかった……ふぐぅ……っ」


 安心のあまりかパティアが鼻をすすり、嬉し涙を流しているのを耳で感じました。

 こんなに娘を苦しませるなんて、わたしは悪い親です。


 正直に言えば、バーニィたちがいれば心配などないと、行きは高をくくっていたくらいです。


「ッッ……これは、目にしみるな」

「言うんじゃねぇよリックちゃんっ……」

「こんなのよぉ、誰だって泣けるべよぉ……」

「そうだねジョグさん。良かったね、パティアちゃん」


 たかだか二ヶ月半の失踪程度で、皆もわたしも大げさなものです。

 老いると涙もろくなると言いますが、わたしの場合はさらにもう一周回って涙も枯れ果てていたというのに……。


 己の目頭から熱いものが溢れ出るのを、老いたネコヒトは感じていました。

 そのぼやける視界の向こう側に、何やら白いものが立てかけられたクワの柄に止まっていました。


 しろぴよです。丸くて白いあの小鳥がわたしたちを遠くから見つめています。

 帰ってきてからというものの、どうもよそよそしいというか、距離を置かれているような――やはり忘れられているのでしょうか。


「ぴよっ」


 わたしとしばらく見つめ合うと、小鳥は小さく一言鳴いて、それからも親子の再会を見守るのでした。


「ふー……おちついたかも……。へへへー、それにしもーても? ねこたん、いいとき、かえってきたなー」

「おや、そうなのですか?」


「うんっ! あのねーあのねー、いまねー、ひみつでねー、あ……」


 こんな大勢の人の前で秘密は明かせない。

 賢い娘は喋る前に気づいたようです。


「ところで、エルリアナ。皆にあなたを紹介したいのですが」

「えっ……!? い、今は水を差すよぉっ、そんなの全然後でいいよ……っ」


「そう言わず出てきて下さい」


 わたしはパティアを抱いたままレイピアを抜き、強制的にエルリアナを実体化させました。


「あら、聖女様と同じお名前なのね~……あら、あらあら~?」

「お……お化けだぁぁぁぁーーっっ?!!」

「ニギャァァァーッッ!!?」


 主に子供たちとネコヒトの民の叫び声が上がりました。

 突然現れた女の子の亡霊に、腰を抜かす者すら現れる始末です。


「お化けじゃないもんっ、私聖女だもん!」

「すみません、うかつでした。そういえばあなた、普通にお化けでしたね……」


「英霊!」

「さして変わりませんよ」


「言い方!」


 こうして聖女エルリアナだった者は、レイピアに宿るお化けとして、隠れ里デビューを果たしたようでした。


「ねこたん、おんなのこにー、おばけ、いっちゃだめだぞー? えと、んと……え……えりあな……? えりあなおねーちゃんはー、えれぇ(・・・)ひとなんだぞー?」


 七割方それで合っていますし、パティアにしてはがんばった方でしょう。


「いいですね、それでいきましょうか」

「良くないよぉっ! 私は エ ル リ ア ナ ! 偉くないよぉっ、ただの英霊だよぉっ!」

「えれぇおねーちゃん、よろしくねー! パティアは、パティアだぞー!」


 こうして、わたしとパティアは再会を果たし、えれぇお姉ちゃんのエルリアナが、この隠れ里に滞在することになったのでした。


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