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38-5 猫のいない夜

・ウサギさん


 ここもあの頃と比べるとずいぶん騒がしくなった。

 俺がネコヒトとパティ公に出会って、そこにリックちゃんが加わって、互いに支え合うように暮らした当時を思い返すと、この発展が喜ばしい反面、途端に寂しくもなる。


 肝心要のネコヒトの野郎が帰ってこねぇんだからな……。

 パティ公じゃねぇけど、俺だって寂しい。あの皮肉屋の老猫がいねぇとな、どうしても張り合いがねぇっていうかよ……。


 俺は見せたかったのかもしれねぇ。

 栄えてゆく里の姿をネコヒトの野郎に見せつけて、積み木を積み上げた子供みたいに、ただ自慢したかったんだ。


 下級騎士の家に養子に出されて、義父に厳しく育てられた俺は、もしかしたら父親の愛に飢えていたのだろうか。

 パティ公を甘やかすアイツの姿に、俺たちは自分を重ねて、心のどこかで救われていたのかもしれん。


 その晩は月の明るい満月の日だった。

 今夜は俺とクレイがパティ公と一緒に寝る予定になっていて、寝かしつけたらこっそり一杯やろうと約束していた。だがな……。


「ミャ、シェフにシスター様ではないですかニャ。まさか、ウサギさんに夜ばいですかニャァー?」

「ぉぉー、よばいー? ねぇねぇこげにゃん、よばいって、なーにー?」

「おいこらっクレイ、パティ公におかしなこと教えたら、いつものパターンで俺のせいになるだろが!」


「フギャッ?! 痛ったいニャ……パティア、ウサギさんが暴力振るうニャァ……」

「おーよしよし、こげにゃん、いいこいいこ」


 そこにリックちゃんとクークルスちゃんがやってきた。

 どっちも自分の枕と、薄い掛け布団を胸に抱えてな。

 二人が何も言わずとも、その姿がここに来た訳を物語っていた。


「バニー、今日はここで寝る」

「ふふふ……そういうことで、お願いします♪」

「ほんとー!? へへ、でへへ……そっかー、そんなにー、パティアといっしょに、ねたいかー。しょうがないなぁ……パティアが、ふたりといっしょに、ねてあげるぞー」


 この二人もパティ公が心配なんだろう。

 これじゃわざわざ当番制にした意味がないんだがな。

 しかしそれだけパティ公が気にかけてもらえているってことでもあって、俺たちも悪い気はしねぇ。


「じゃ、こっちは一杯やりますかニャ」

「俺はリックちゃんとクーちゃんに挟まれて寝たいとこだがな」


 もちろんそんな夢は叶わねぇ。

 俺たちはパティ公を女性陣に譲って、ベッドから離れて部屋のテーブルにかけ直した。


「ブレないドスケベっぷりですニャー」

「はい、それは無理です♪ パティアちゃんはー、私たちで半分こです♪ ウサギさんの入る隙間はありませんよ♪」

「ああ……。だが、その、だな……。オレの隣で寝たい、というのなら、バニーの好きにすればいい……」


 そう言いながらリックちゃんとクークルスちゃんは、書斎式ベッドに上がった。

 ちゃんとしたベッドを作ってやった方がいいのかね……?


 とはいえでかい書斎だからな。

 本来の用途からかけ離れているのはさておき、そう不便がないのだから優先度が下がる。


「おう、じゃあ今度パティ公がいないときに二人っきりで頼むわ」

「そ、それは……。ッッ……。わ、わかった……一応、考えておく……」

「えーー、ダメだぞ、バニーたん。うしおねーたんは、パティアのだ。バニーたんには、わたさない」

「うふふ……モテモテですね、リックさん♪」


 クークルスちゃんとパティ公が揃うと、とにかく平和だな。

 へへへ……しかしリックちゃんの口から、こんな返事が聞けるとは思わなかったぜ。

 年がいもなくニヤニヤしちまうわ。


「そのスケベ(づら)を見ながら酒を飲む側にも、なってほしいとこニャー」

「おっとすまねぇな」


 実は古城に眠っていた廃品を使って、ゾエにショットグラスを作ってもらった。

 これなら使うガラスの量も最小限で済む。

 ソイツに魔界の酒を注いでもらった。ぼんやりと赤く光るいつものやつだ。


「乾杯ですニャ」

「おう。ま、静かにな」


「ネコヒトのお姫様の前ですニャ、当然ですニャ」

「ははは、あながち間違ってねぇなそりゃ」


 そうそう、ネコヒトの民が300人も増えた。

 おかげで大工仕事に不慣れな連中も動員して、今も住居や家具作りに奔走している。


 そんでその、新しいネコヒトの移民者300人もまた、他のネコヒトの民と同じく早々にもパティ公に魅了されていた。

 パティ公の中にある何かが、魔族たちを無条件で惹き付ける。それが俺とクレイの見解だ。


「あっちが酒臭いが、寝れそうか、パティア? ダメならやつらを追い出す」

「へーき。みんないっしょ、うれしい……。みんないっしょがいいの……」


 そのパティ公の言葉が俺たちを沈黙させた。

 どことなく元気がなくてな。どうにかしてやりてぇと思った。


 だからリックちゃんたちもここに来たんだな。

 悔しいが外は戦争中、それでいて俺はお尋ね者だ。ネコヒトの野郎を探しに行くことはできねぇ……。


「グラスが乾いてますニャ」

「おう、すまん。しかし酒も大事に飲まねぇとな……」


「そですニャ」

「それもこれも戦乱のせいだ。しかし少し前の俺なら、出世のチャンスだと喜んでたかもしれねぇ……」


 元騎士として、ギガスラインでの防衛戦や、対サラサールへの戦いに加われないことが悔しい気持ちがある。

 なんで俺がもっと若い頃に、こういう戦乱の時代が来なかったんだとな。


「今のウサギさんの姿からは、想像付きませんニャ。ミャーは今のウサギさんの方が好きですニャ」

「お前さんに好きって言われてもな。裏を勘ぐる気持ちが先行するわ」


「友達に対して酷い言い方ですニャー」

「うっせー、友達は友達を恐喝したりしねぇよ……」


 最近のクレイはよくがんばっている。

 怠け者のクレイは、ただ一人尊敬する男ベレトートルートの失踪を介して、なんかちょいと変わった。


 皮肉なもんだが以前よりずっとこの里に馴染んでいた。

 責任を感じて、自分がネコヒトの野郎の代わりになろうとしてるみてぇだ。


 人間、なんのきっかけで変わるかわからんもんだ。

 ああ違った、猫だったなコイツは。


「へへへ……パティアは、モテるなー。クー、うしおねーたん、パティアもふたり、だいすきだぞー。むぎゅ~♪」

「こ、こらっ、ど、どこに顔を押し付けている……!?」

「ああ~ずるいですリックさんっ、パティアちゃん、クーちゃんもギューッとして下さいっ」


「いいよー? クーも、だいすき。むぎゅ~~♪」

「うふふっ私もですよー、パティアちゃ~ん♪」


 俺とクレイが真顔で目を向け合った。

 やっぱり場所を変えるべきかとか、やっぱなんか羨ましいなとか、そういう感情が互いの目にあった。


 チラッと見た感じ、パティアは二人にくっついて離れない。

 ネコヒトの野郎がいない寂しさを、人の温もりにしがみつくことで堪えていた。痛ましいという感情を、俺は酒と一緒に胸の中に押し込んだ。


「ジアが向こうで寂しがってるんじゃねぇか? いっそ向こうで寝たらいいのによ」

「うーうん……。だってな、こげにゃんがねー……ねこたん、ぜったい、かえってくるって……。ぜったい、しなない、ねこたんだって……いってたもん……。だからなー……」


 クレイのやつが気恥ずかしそうに俺の視線から顔をそらした。

 いやそういうのはよ、尊敬に値するぜ。

 そりゃ、似合わねぇけどよ。お前さんの口から言うと、説得力があったと思う。


「だから……パティアは、ここでまつ。ねこたん、いちばんさいしょに、パティアをさがすから……。ここじゃないと、みつからない……」

「パティアちゃん……」

「くっ……なんて、かいがいしい……」


「むぎゅぅぅー!? おわぁー、ふたりとも、なにするのー!?」


 これ以上に加護欲を誘う言葉なんてないよ。

 アイツの帰りを信じて待つ娘の姿に、クークルスちゃんとリックちゃんは左右からパティアを抱き締めた。


「おいクレイ、お前さんなんか情報つかんでねぇのかよ……?」

「なんでミャーに聞くニャ」


「お前さんだからに決まってんだろ」

「……たぶん、今も里の外側はアガレスの勢力圏ニャ。アガレスとはミャーは付き合いがないからニャー、情報が寸断されてる状態ニャ」


 どういう裏技を使ってるのか知らんが、クレイは穏健派の連中と連絡する手段を持っている。

 それが使えないってことはそういうことか。


「お前ならそっち側のコネがあったっておかしくねぇだろ……」

「アガレスは好きじゃないニャ」


「ま、それは俺も同じだな」


 マドリちゃん――リード・アルマドからすれば、父親の仇だからな……。

 陰謀を好むところといい、俺だって好かん。


「もう少し静かにしろ、パティアが寝れない」

「おっと、すまんな」

「面目ないですニャ」


 貴重な赤い酒をチビチビと舐めて俺たちは黙った。

 まあバカ騒ぎするだけが酒飲みじゃねぇ。こういう日があってもいい。

 夏を迎えた隠れ里の夜は適度に暖かくて清々しい。


「あのね、うしおねーたん……。おねがいがある……」

「なんだ、言ってみろ」


 酒の供給が望めない以上、原酒を作ってゾエのやつに蒸留させるのもいいな。

 グビリと少し多めに喉へと、強い酒を流し込む。


「パティア、うしおねーたんの、おっぱいのみたい……」

「ブハッッ……!?」


 無垢ゆえのとんでない一言だ。

 俺とクレイがほぼ同時に、酒を口から相手の顔面に吹き出したのは言うまでもない。


「なっ、何を言ってるんだ……っ!?」

「ダメ……?」


「だ、だ……ぅ、ぅぁ……」

「おねがい……そしたら、さびしくない……」


 恐ろしいやつだぜ、パティ公……。

 やさしいリックちゃんは拒みきれず、そのまま固まっていた。


「うふふ……わかりました。その役目は、クーちゃんに任せて下さい♪」

「クーか……。でも、クーのは、うしおねーたんより、ちいさい」


「あら、そんな遠慮しなくていいんですよ~♪」

「や、止めないかクークルスッ! 脱ぐなっ、バニーとクレイがいる!」


 ま、こうしてクーちゃんが服を脱ごうとして、あっちはどうも大変だったらしいぜ。

 ったくよ、色んな意味でよ、将来末恐ろしいぜこのお子様……。


投稿するエピソードを間違えていました。

すみません、差し替えました!

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