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38-4 聖女と猫の帰り道 - 尻拭いから始まる新しい秩序 -

「テメェ、何があった……?」


 わたしが停戦交渉を再度持ちかけるより先に、ミゴーが重く低い声で疑うように問いかけてきました。


 さらには巨大な大剣を背に戻し、わたしに突き刺されたレイピアを後ずさりつつ引き抜いて、心臓をかすったはずの傷口を炎魔法で焼き繋いだようです。

 この頑丈さ。デタラメにもほどがある。これだからデーモン種には付き合ってられません……。


「おい……!」

「わかりません。サラサール王に宿った邪神と、相打ちになったところまでは覚えているのですが……」


「邪神の力か。いや、だが乗っ取られちゃいねぇな……」

「フフフ……ヤツに肉体を渡すくらいなら、わたしごとわたしを成敗しますよ。……魔王イェレミア様のように」


「魔王か。会ってみたかったもんだな……」


 どうやらここから先は、希に見る話の通じるミゴーのようです。

 このバカ弟子を、彼を納得させる方法はたった一つで、わたしはようやくそれを達成したようでした。


「いえ、だとしたらあなたはつまらない男になっていたでしょう。魔王様は、魔王というシステムを自分ごと消すことで、魔族の自立を促しました。もしも魔王様がまだおられたら、嫌われ者のミゴーは――」

「もうっ、それより私の話を聞いて下さい!! この瞬間も! 戦争で人が死んでるんですよ!」


 お喋りが過ぎたようです。

 エルリアナがわたしたちの間に、プリプリと怒りながら割って入りました。


「なんだ、さっきの――ええと、処女様だっけか。まあいいぜ、聞いてやるよ」

「しょ、しょしょしょしょっ、処女じゃないもんっっ!!」


 その……ふいに少しだけ可哀想になりました。


「確か停戦交渉の話だったな。はっ、今度はベルン側の尻拭いかよ? テメェにしてはお人好しなこった」

「いえ、わたしは早く帰りたいだけでして。何せ里に戻ろうにも、魔界の森各地に軍が展開していて、まともなルートでは戻れないのですよ。よって、これが遠回りの最短距離というわけです」


 あくまで目的は一日でも早い帰郷です。

 今この瞬間も、パティアがわたしの失踪に苦しんでいるかと思うと、可哀想でたまりません……。どんな手でも使いたくなってきます。


「たかが家に帰るためだけによ、テメェを裏切った俺と、なれ合うのかよ?」

「ええ、あなたの裏切りなど些末なことです。暗殺を命じたニュクスが退場した今、わざわざ師弟で争う理由もないでしょう」


 もはやどうでもいいのです。

 パティアと出会う前なら根に持ったかもしれませんが、今のわたしはあの子が世界の中心です。


 早く戻れば笑顔が見れる。だから目的に向けて行動する。ただそれだけのことです。


「確かに。今のてめぇをぶち殺すには腕が足りねぇな……。わかった、停戦してやるよ」

「それがベルンとあなたたちのためでしょう」


 一つだけ懸念が残りました。

 わたしはミゴーのハントリストの上位に入ってしまったようで、今や明らかに、見る目が凶悪に変わっていました。


 里に迷惑がかからなければいいのですが……。


「ああ、アガレスの野郎がおかしな動きしてるらしいからな……。それにヤツら正統派の方が、今は人間どもより食い出がある」

「なら決まりですね。ではベルンへの仲介料として、わたしの指名手配の解除と、通行の許可を、殺戮派全軍に至急で通達して下さい」


「クククッ……そりゃぁ無理だぜ」


 何か含むところがあるのか、わたしの要求に意地悪くミゴーが笑いました。


「殺戮派はもうねぇ。昨日からうちの派閥は名前を変えてよ、気に入らねぇやつら全員ぶっ転がす派――略して、闘争派に変わった」

「――ちょっと待って! それ一文字も略になってないよっ!?」


 突っ込んだら負けです。

 優れた肉体と魔力を持つデーモン種は、バカでも特に生活に困りません。ミゴーはその究極系でした。


「だよな、処女。俺は略したくなかったんだけどよぉ……幹部連中がよー、やかましいのなんのって……」

「バ、バカだ……この人バカでしょ!? というかっ、処女じゃないもん、聖女だもん!」

「……では書簡を書きましょうか」


「んぁぁ? しょかん、ってなんだ? 食えるヤツか?」

「お堅い手紙です」


「ぁぁ……。俺はそういうの苦手だから無理だ。めんどくせーし、気が重くなってきた……やっぱ停戦止めるか……」

「やっぱりバカでしょ貴方!?」


「うっせーぞ、処女」

「ッッ……うるさいっ、バカよりいいもん!」


 この二人は何をやっているのでしょう。里の子の言い合いの方がまだ賢さを感じます。


「ではこうしましょう。ベルンの臨時政府まで、これからあなたを連れてゆきます。そこで今日中に話を付けていただきます」

「えっ!? あの、こ、こんなおバカ怪獣連れて行って、大丈夫かな……」


「さあどうでしょう。怒ると手がつけられませんが……。ニュクスを連れて行くよりは、ずっとマシでしょうね」

「停戦してよ、てめぇらは糞つまんねぇ平和なんかが欲しいんだろ? ならこのチャンス逃したら他にないぜ。俺は戦えればそれでいいんだ」


 ミゴーの最後の言葉は軽口でしょう。

 ミゴーはやはり背後のアガレスを気にしているようですし、戦好きゆえに戦にだけは負けたくはないはずです。


「では行きましょう。ベルン王がミゴーと会見する覚悟があればですが」

「クカカッ……そん時は首を取って、新しい王と交渉するだけだ」

「こんなのが新しい魔将の一角なの……? 世界、大丈夫なのかな……」


 そんな細かいこと知りませんよ。どんな手を使ってでも早く帰る。

 今はそれがわたしの全てです。


 ああ、パティアに早く会いたい。

 あの子はもろいところもありますから、きっと今頃泣いています……。



●◎(ΦωΦ)◎●



 ミゴーをベルン旧都臨時政府に連れて行きました。

 短気で落ち着きのない性格を考慮して、すぐに会談の場を用意させて、茶がぬるくなる前に停戦交渉をまとめました。


 それ以上はミゴーが飽きて帰ってしまうのが見えていましたので、国王には急ぐよう言い含めました。


「ミゴー殿。ギガスラインをそちらに任せるからには、今後はもう少し、友好的な関係を……」

「ああそうかよ、おっさん。ま、貢ぎ物ならいくらでも貰ってやるぜ。それが仲良しの証だ」


 ここでギガスラインを返したら、他の魔族が納得しません。

 どんなにベルン側が不安でも、そこは諦める他にありません。ミゴーたちと仲良ししてゆく他には。


 こうして戦争は終わりました。

 ニュクスは失踪を介して殺戮派の思想そのものに大きなヒビを与え、ミゴーに役割を押し付けることで、己が200年かけて築き上げた秩序を破壊しました。


 ベルン王国とミゴー率いる闘争派は関係が近づき、ニュクスの心変わり通りに、世界は新しい時代に向かおうとしていたのでした。


 わたしたち里の者には、はなから関係のない話ですがね。

 ああ……やっとこれで帰れます。


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