38-4 聖女と猫の帰り道 - クーガより最低 -
「本当だ……。やっぱりどことなく似てるけど、クーガより、最低……」
「でしょう。……さて、気が進みませんが師弟の再会といきましょうか」
エルリアナもどん引きの凶暴性です。
わざわざ己が負傷する戦い方を選ぶところも含めて、これは頭のおかしい異常者だと、十分過ぎるほどに伝わっていました。
「飽きたな……そろそろ帰るか」
「えっ!? いやミゴー様、今いいところじゃねぇすか!?」
「うるせぇ、ならテメェらだけ残れ。こんな安酒みてぇな連中相手にしてたら、こっちが悪酔いしちまうだろが!」
「だ、だけど飽きたから撤退する魔将とか、俺たち聞いたことねぇですよぉっ!?」
ちなみに殺戮派にはサディストがよく集まります。
ですがミゴーは、どうもそれとはまた違っていました。
ともかくここで帰られても困るので、わたしは跳躍し、連合軍の兵たちの背中を飛び越えて、ミゴーの目前に飛び降りました。
突然の軽業で、人間側の陣から現れたわたしの姿に、ミゴーは我が目を疑ったようです。
感情のともなわぬ凝視がしばらく続くことになりました。
「テメェどっから現れんだよ……この糞猫が……」
「相変わらず口の悪い生徒ですね。いえ、今や魔将ミゴー様ですから、好きにすればいいと思いますがね」
権力に溺れるタイプではありません。
むしろ権力を嫌い、一兵卒であろうとする変人です。
よってわたしの言葉はミゴーには皮肉となりました。
「嫌なこと思い出させんじゃねぇぞ、この糞猫。ああくそっ、こっちは良い迷惑だぜ……」
「ええ、そうでしょうね」
「俺は魔将の器じゃねぇってのに、なんで俺を指名するかなあのバカ野郎は……!」
「あなたなら彼の望み通りに、時代をひっかき回してくれると思ったのでしょう」
ミゴーが背中の大剣を握ると、わたしもエルリアナの宿った王家のレイピアを抜きました。
わかってはいましたが、どうやら戦いは避けられないようです。
ミゴーにとって、戦闘こそが他者とのコミュニケーション手段でした。
「ちょっと待ってよっ、なんで戦うの!? 停戦交渉にきたんでしょ!?」
「なんだぁ、この小便臭ぇガキは……? うっせーぞ! 男と男の命の取り合いに女が口を挟むんじゃねぇ! ガキはすっこんでろっ!」
「なっ……!? わ、わわわ、私は聖女だぞー! 偉いんだよーっ!? というか、やっぱりコイツ最低ッッ!!」
聖女と名乗ろうにも、エルリアナにはあまりに多くの物が欠けていました。
そもそもミゴーが弱者に耳を貸すはずがありません。
肉体を持たない存在は、戦闘狂のミゴーにとっては無価値も同然でしょう。
「おい糞猫、ソイツを黙らせろ! 聖女だろうがなんだろうが、俺たちのタイマンに水差す指すやつは、バイコーンに○○○刺されて死んじまえ!」
「ッッ……?!! こ、このっ……なんなのっこのキチ○イ!? クーガより最低っ!!」
「すみませんね、ミゴーはこういう男なのです。お互いに利があるので停戦しましょう――だなんて言っても、聞くような魔族ではありません」
わたしの言葉にデーモン種最強の男は一瞬だけ顔色を変えました。
さきほど飽きたと言っていましたし、この戦を終わらせたいという本心はあるのかもしれません。
「そういうことだぜ、クソガキ。んじゃ……一発やろうか、教官よ!!」
「あなたにその肩書きで呼ばれると、背筋が粟立ちますね。糞猫の方がまだマシです」
「慕ってるのは事実だぜ! 今のテメェは、隠居してしょぼくれてたあの頃と全然違う! 早くぶっ殺したくてたまらねぇ!」
「その歪んだ愛情、どうにかなりませんか……」
返事代わりにミゴーの大剣が振り下ろされました。
それをわたしは最低限の動作で避け、神速の突きを入れる。
しかし歴戦のデーモンは急所を器用に外して肉を貫かせ、お構いなしに薙ぎ払いを放ってきました。
繰り返しますがね、わたしはミゴーのようなパワータイプとは相性が悪いです。
ずっと格下ならまだしも、ミゴーのような怪物となると、技だけではどうにもならないのです。
「強ぇぇ……ハハハッ、これがテメェの本気か!」
「いえいえ、まだまだこんなものではありません。アンチグラビティ」
出し惜しみせずにナコトの書を使いました。
ミゴーの攻撃を少しでも受ければ、軽量化された身体は風船のように吹き飛ぶでしょう。
速さに任せて、わたしはミゴーの急所を狙い続けました。
ですが相手も歴戦の戦闘狂。経験だけでもわたしを既に超えていました。
「クソッ、ちょろちょろ動き回りやがってっ! ならまとめて吹き飛べやっ!!」
苛立ったミゴーが超破壊力のマジックブラストを連発しました。
直撃すればただではすみません。それを素早い身のこなしを頼りにかわして、逆に刺し返して、悔しくも全て急所を外されることになりました。
「ハハハハハッ、命の危険を感じやがる! この俺が、ネコヒトごときに、芯からブルッちまってやがる! ああっ、生きてて良かったぜぇ、糞猫よぉっ!」
「あなたこそタフにもほどがありますよ……。おとなしく心臓を貫かれなさい」
「殺しちゃダメだよ猫ちゃんっ! 停戦交渉どこいったの!?」
「うるせぇガキは黙ってろ!!」
「すみません、すっかり忘れていました」
「ちょ、ちょっとぉぉ~!?」
戦闘はちょっとしたきっかけで決着が付いても、おかしくありませんでした。
ですがミゴーは急所だけはけして貫かせず、わたしもミゴーの即重傷級の攻撃を限界スレスレで避け続けます。
「撤退! 撤退だ! もうこんなの付き合ってられるかよっ!」
「ミゴー様から離れろ! このままじゃ、し、死ぬぅぅー!!」
もはや雑兵たちに出番はありません。
ミゴーの放つ魔法の数々は敵味方をお構いなしに吹き飛ばし、周囲を瓦礫と焦土に変えてゆきました。
残ったのはわたしと、エルリアナと、ミゴーだけです。
「しゃらくせぇ! 当たらねぇならいっそ――俺ごと吹き飛べや糞猫がっ!!」
ところがわたしの目前に、誤算が待ちかまえていました。
ミゴーはわたしに直撃を与えるのを止めて、自らを魔法の爆弾に変えることにしたようです。
デーモン種の持つ膨大な魔力を、自分自身を中心核にして、タフさを活かしての自爆に踏み切ったのです。
こればかりは回避不可能でした。そこでわたしは相打ち覚悟でミゴーの心臓を狙うことにしました。
次の瞬間、爆裂魔法の激しい衝撃と、内臓を貫いた手応えが残りました。
……はて、しかし、これは妙です。
骨の4,5本を折る覚悟で反撃したというのに、これが全く痛みも何もありません。
魔力の爆風を受けたというのに、わたしの身体は微動だにせず、そよ風程度にしか感じられませんでした。
「て、テメェ……。な、なんだ、ソレは……まさか、何も利いてねぇのか……!?」
「はて」
ミゴーの胸を貫いたレイピアを抜き、わたしはバックステップしてから己の身体を確認しました。
服はボロボロです。書簡は――まあ、ダメならダメで口頭でもいいですか。相手はミゴーですし。
とにかくあまりに不可思議なことに、わたしは完全なる無傷でした。
「はて、じゃねぇよ! おいジッとしてろ!」
「そう言われて従うやつがいるとは思いませんが――おや?」
ミゴーが大幅に出力を下げたマジックアローをわたしに撃ちました。
あれなら当てられても、強く小突かれた程度で済みます。
ところがわたしに命中する直前に、魔法そのものがキャンセルされて、世界から消えてしまっていました。
どうやらこれは、攻撃魔法に対して影響を及ぼす何か――魔法無効化耐性、といったところなのでしょうか……。
この予測不能の展開に、ミゴーは己の大剣を地に突き刺して、信じられない物を見る目でわたしを凝視していました。
とにかく、因果関係はさておき、これでようやく話を聞いてもらえそうです。
すみません、いつもより投稿遅くなりました。
誤字報告、感想とても嬉しく思っています。




