38-4 聖女と猫の帰り道 - 正直者のミゴー -
良い馬をあてがわれ、さらに同行者の体重がゼロだったこともあってか、二日目の昼過ぎにはもうベルン王国に到着していました。
ベルン王国は既に王都を放棄して東に後退し、守りの堅固な旧都で魔軍殺戮派を連合軍と共に迎撃している。
ホルルト司祭から聞いた情報通りでした。
「あ、悪霊……っ!?」
「酷い! 悪霊じゃないよ英霊だよ! 私は聖女エルリアナの英霊!」
「聖女様をバカにするな! 聖女エルリアナ様がお前みたいな小娘のはずがないだろう!」
「大人になる前に殺されちゃったんだからしょうがないでしょ! もうやだ、みんな祟ってやるーっ!」
エルリアナは教会の重役に顔が利きました。
……可哀想なので、そういうことにしておきましょう。
旧都の聖堂にいた偉い人の、上の上のそのまた上の人にまで取り次いでもらうと、ようやく話が通じて、ベルン王国国王との謁見の段取りが付きました。
すぐに臨時政府である離宮に案内され、国王との謁見が始まると、聖女様はわたしの代わりにベルン王に今回の計画に賛同するよう、精力的な説得をして下さいました。
「本当に、そなたたちが停戦交渉を取り付けてくれるのか……?」
「ええまあ、そうしないと、わたしも里に早く帰れませんので」
国王は最初こそ半信半疑でした。
しかしそこに見える上に喋る幽霊という、超常現象そのものがいるのですから、理屈はさておき妙なメッセージ性がありました。
「噂は聞いている。勇敢なネコヒトが人の代わりにサラサール王を討ってくれたと。しかも聞けばあの愚かな王は、邪神に魂を捧げていたそうではないか。それを倒すとは――まるで英雄クーガの再来だな」
事実を知れば幻滅するでしょうし、わたしと幽霊娘はつい目を向けあって、クーガの真実をやはり黙っておくことにしました。
クーガには当時のわたしも、敵意と共にその勇猛さに強烈な憧れを覚えたほどでしたが、模範的な存在ではありません。
だてに黒鬼と呼ばれていませんでした。
「あいわかった、書状を書こう。国土を荒らされ、王都を失い、援軍の兵糧代もかさむ一方だ。これで本当に争いが終わるなら、もうそれでかまわん……」
「恐らくギガスラインは返してもらえないと思います。そうなればベルン王国は、新しい殺戮派の長と、仲良くやってゆくしかないでしょうね」
「む……。ではエレクトラムよ、一つ聞かせてくれ。新しい魔将、ミゴーというのはいったい、どういう男なのだ……?」
「一言で申しましょう。戦を愛する獣のような男です。ですがニュクスよりはまだ安全ですよ。彼は人類を滅ぼす気などありませんから」
「……う、うむむ。つまり、それは、こちらが再び力を付ければ、襲ってくると?」
「ええ、それは間違いないでしょうね。彼が望むのは戦と好敵手です」
ミゴーは殺戮派の思想に縛られない。
だからこそ停戦交渉が可能ではありますが、それを隣人にするベルン王国には深く同情します。ニュクスとは別方向に、たちの悪い魔将が生まれたものでした。
「下手をすればここも堕ちる……。もはやベルンに選択肢はない……わかった。どうかこの書状を、ミゴー殿に届けてくれ」
「……確かに。では元ミゴーの教官として、彼の制御の仕方をアドバイスしましょう」
「エレクトラム殿の弟子なのか!?」
「はい、残念ながら、一番のバカ弟子が世にのさばってしまったようで」
書簡を受け取り、わたしはそれをポーチに差しました。
「いや……それより話の続きを教えてくれ。どうすれば彼と争わずに付き合える!?」
「挑発されても相手をしないことです」
「ほ、ほう……?」
「敵意を向けると喜びます」
「うむ……理解しがたい性格だな……」
「後は――友情や信頼関係を結べるとは考えない方がいいです。個人主義者という面ではニュクス以上。といった感じでしょうかね」
ベルン王は最悪の隣人の誕生に顔を彫り深くしかめて、野獣とどう付き合ったものやら困り果てたようでした。
とはいえ停戦というカードを切らなければ、連合軍の力を借りて戦いに勝利することはできても、国土が焦土に変わるのが見えています。
「会うのが恐ろしくなってきたぞ……。とにかく書簡を、これで停戦の窓口をこじ開けてくれ……」
「ええお任せを」
ベルン王との会見はこうして終わりました。
いかにも古めかしい謁見の間を出ると、エルリアナがわたしにこう言いました。
「ミゴーって、まるでクーガのやつみたい……」
「フフフ……似ているところはありますね。ですが、クーガの方がまだマシです」
さて……少し気が重いですが、これから元生徒と顔を合わせることにしましょう。
・
ミゴーは戦闘狂で現場主義です。
魔軍の本陣を訪ねても、出撃中でいないと追い返されるのが関の山です。
そこでわたしはベルン王国軍の情報を頼り、ミゴーが現れたという南部辺境に馬と飛ばしました。
大将自ら遊撃を行うところがまた、ミゴーらしい無茶苦茶なやり方です。
ニュクスが失踪してもなお軍が崩壊しないのは、ミゴーの猛将としての優れた才能ゆえなのかもしれません。
「ミゴーッ、今度こそお前を討つ! 覚悟っ!」
「ヒハハハッ、お前か! 来てくれたのかよ待ってたぜぇ小僧!」
ミゴーは少数の精鋭だけ引き連れて、最前列の、そのまた先に突出していました。
まあ要するに言い換えますと、ヤツは全方位を敵に囲まれるスリルを満喫していたのです。
そこに若い士官らしき男がやってきて、ミゴーに剣を向けました。
「剣を抜け!」
「お断りだ。それじゃテメェをぶっ殺しちまうだろ。テメェみたいなやつは、屈辱を与えれば与えるほどに――」
「この俺をっ、バカにするなっっ!!」
「おっと――ヒハハッ、いいぜ、もっと怒れ! 憎め! 俺を呪え! 俺を殺したいと、心の底から叫んでみろやっ!!」
悪趣味な男です……。
介入するとミゴーの機嫌を害するので、被害を承知でわたしは決着を見守りました。
デーモン種の怪物は剣を腕で払い、力ずくで弾き、最後は浅く血を流しながらも受け止めて、片手で鉄剣をへし折りました。もはや怪獣ですね……。
「やるじゃねぇか、ブチキレながらも太刀筋は正確だな! ハッ、ハハハッ、いいぜテメェは合格だ。しかし次に会うのは何年後だろうなぁ……。よしテメェはもういい、この戦争中は後ろで休んでなっ!」
最後にミゴーが彼の両腕を右から順番にへし折りました。
そのたびに苦悶の絶叫があがり、どうあがいてもミゴーには勝てないと、ベルンの兵士たちを恐怖で染め上げるのでした。




