38-1 邪神を倒した寝坊助 - 再起動 -
前章のあらすじ
魔軍殺戮派のニュクスの過去、彼は小さな人里で生まれた。
母は子が白化病を患っていたがために村八分を受けて、最後は飢えて死んだ。
それを契機にニュクスは破壊に目覚め、復讐ではなく救済として村の穀物庫を焼き払い、そして魔界にてネコヒト・ベレトートルートと出会った。
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現在。里で青い大根が収穫されている頃、情報屋のクレイが穏健派の密偵と接触する。
これにより、ハルシオン姫を差しだそうとしないネコヒトに、交換条件として悪王サラサールの暗殺指令が下ることになった。
さらにバーニィが騎士アルストロメリアの正体に気づいた。しろぴよの糞が青くなった。
それからほどなくして、ネコヒトは穏健派のサレの交換条件を飲んで、サラサール暗殺の旅に出た。
旅は順調に進み、パナギウムから東の自由都市地帯にて、調査官のバタヴィアと、300年前の人物であるはずのエルリアナと接触する。
そこでサラサール王が邪神の欠片により人喰い鬼と化している現実と、黒鬼のクーガが不死身の力を、ネコヒトに無断で譲渡していたことを知った。
ネコヒトは絶対に死なない猫ではなく、死んでも生き返る猫だった。
一方、里ではキシリールとハルシオン姫の手と手がくっついて取れなくなったり、人知れずマドリ(女装)との恋愛フラグを、バーニィが知らずに立てていたりもした。
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悪王サラサール暗殺のために、ノトゥンランド国王を使った陽動作戦が実行された。
これによりサラサールは洞窟に誘い込まれ、内部に潜んでいたネコヒトの待ち伏せを受ける。
サラサールと邪神は精神まで融合していた。
ネコヒトが魔王イェレミアの隣にいたあのネコヒトだと知ると、邪神は謀られた記憶を取り戻す。
なんと300年前の魔王イェレミアは黒鬼のクーガーと結託し、自分ごと邪神をアストラル界に封じていた。
ネコヒトと邪神の戦いはネコヒトの勝利で終わった。
だがネコヒトは重傷を負い、そのまま昏睡してしまった。
それから二ヶ月が経ったある日、殺戮派のニュクスが目覚めないネコヒトの見舞いに来る。
ニュクスはもう一つの邪神の欠片を、ネコヒトの肉体に与えて、彼を目覚めさせた。
ネコヒトに計画を潰されてニュクスが至った結論。それは、人間の絶滅化はもはや不可能であるということ。
そこでニュクスは時代を新たな方向に動かすために、自らの隠居を選んだ。
嫌われ者のミゴーを新たな魔将として、ニュクスというトリックスターは時代をひっかき回して世界から消えた。
パナギウム王国は東西に分裂し、新しい時代がすぐそこにやってきていた。
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英雄エレクトラム・ベルの帰り道
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38-1 邪神を倒した寝坊助 - 再起動 -
ニュクスにはあきれました……。
あれは殺戮派の前身を乗っ取り、人間を皆殺しにすれば救われると皆を信じ込ませて、数え切れないほどの流血を世界にしいた男です。
彼の周囲には血の大海が広がっているはずなのに、ああも簡単に責任放棄と隠居をされてしまうと、怒ったり文句を言う気すら削がれました。
彼はある意味で象徴であり、憎悪のよりしろだったのでしょう。
殺戮派の発生は必然で、ニュクスが生み出さなくとも、同じことを言い出す者が現れたはずです。
怠惰な魔王イェレミア様の時代にも、そういった輩が毎日のように魔王城に押し掛けていましたから。
「ぇ……」
ここはレゥム大聖堂の屋根裏部屋です。
そこに今、若い痩身のシスターが一人やってきて、起きているわたしを見て立ち尽くしていました。
その手にはタオルと櫛が握られていて、驚きのあまり少しばかし震えています。
「おや、もしかして、わたしのお世話をしてくれていたのはあなたですか?」
「えっ、あ、はい……っ」
「すみませんね、こんな寝坊助で。では早速ですみませんが、ホルルト司祭を呼んでいただけますか? 無理そうなら聖堂のローブを下さい。早く娘の元に帰りたいのです」
「すぐに司祭様を呼んできます!」
櫛とタオルを机に置いて、シスターさんは飛び跳ねるように、屋根裏から飛び出してゆきました。
一刻も早く帰りたのですが、実際のところ挨拶も無しに帰るわけにもいきません。
それに二ヶ月の昏睡の間に、悪王サラサールが消えた世界がどう動いたのかも気になっていました。
「しかし……んん、なんだか、変ですね……」
それはそうと、どうも自分の身体に違和感があります。
例えるなら身体の芯に何かがあって、それがわたしの重心を狂わせている。
心当たりがあるとすれば、わき腹に入った邪神の破片でしょうか。
あるいはニュクスがわたしの身体に、何か怪しいことをしたのかもしれません。
そう。そのニュクスの隠居という酔狂も、ホルルト司祭に伝えておかなければなりません。
「はぁ……邪神というより、もはや疫病神ですね……」
裸だったので部屋を歩き回り、チェストの中にあった自分の服に着替えました。
ですが、いくら探してもレイピアがありません。
いえ、そうでした。
邪神の核を貫いたときに、あれは腐食でダメになってしまったのでした。
飾り気がないところも含めてお気に入りだったのに、残念です……。
「ん……。やはり、どうにもおかしいですね……」
一度気にし出すと違和感は増す一方でした。
そこで試しに手のひらの中で、下級のライトニングボルトを発動させました。
結果を先に言えば、これといった異常はありませんでした。
ですがどうも変です。
まさか、邪神の破片がわたしの身体に残留していて、この違和感は肉体を奪われる前触れだったとしたら――まずいなんてものじゃありません。
「あのっ! 司祭様が来ると、おっしゃっています……」
ああでもないこうでもないと身体の調子を確認していると、そこに先ほどの痩せたシスターが戻ってきました。
彼女は伝言を伝え終えると、まだ何か言いたそうにわたしを見つめていました。
「おや、そうですか。……わざわざわそれを伝えに?」
「い、いえ……あの、実は、それだけではなくて……。あなたに、お礼がしたくて……」
「お礼なんて別に構いませんよ。サラサールに宿っていた者は、わたしにとっても大切な人の仇だった。…………ただそれだけのことです」
この呆気ない結末に、300年も生きた年寄りは実感を抱くことすらできないようです。
ですがニュクスについては、ずっと気がかりに思っていただけに、わたしは心のどこかで安堵の感情を抱いているようでした。
いつも感想、誤字報告ありがとうございます。
とても助かっています。
今回分割の問題で、あらすじばかりになってすみません。




