37-13 不死の代償
・赤毛のタルト
エレクトラム・ベルが悪王サラサールを討った。
その報はあたいの耳にも届いた。英雄をレゥム大聖堂まで運びたいと、上からの緊急依頼が入ったのさ。
なんで軍を介さないで、あたいらにそんな仕事が回ってくるのか。最初は怪しんだもんさ。
依頼主はノトゥンランド王。パナギウム王国軍には英雄を渡せない。そう言っていた。
……それからさ。サラサールがエレクトラム・ベルに討たれてから、この国は変わった。
確かにエレクトラムは悪王を倒したけどね、それでも人の野心は止まらなかったのさ。
宰相だよ。サラサールに屈服して従ったはずの野心家が、どこからか連れてきた王家の血筋を使って実権を握った。
制圧した自由国境地帯の国々をけして手放さず、そのままそこに居座ったのさ。
正統な血筋を擁していた教会と騎士団とは当然対立することになり、パナギウム王国は西と東に分裂した。
あたいらレゥム側は貧乏クジさ。魔軍正統派の攻撃を、穏健派と一緒にギガスラインで受け止めることになった。
サラサールと邪神を倒せば好転するなんて、都合の良い夢物語だったのさ。
●◎(ΦωΦ)◎●
「アンタ、音楽が好きだったよね。聞かせてやるからさ、早く起きておくれよ。戦争のせいで里とは行き来できないし、あっちもアンタを心配してるはずだよ。……ほら、早く起きなきゃ、パティアが子離れしちまうかもしれないよ。ちゃんとしなよ、エレクトラム・ベル」
ネコヒト・エレクトラムはレゥム大聖堂にかくまった。
邪神との決戦で負傷して、それっきり目を覚まさずはや一月が経っていた。
この昏睡の原因はネコヒトの本能だと聞いたよ。
ネコヒトは負傷すると、長い眠りに落ちて傷を癒すそうだ。
「もどかしいね……。寝てる方は気楽なもんだろうけどさ、アンタの娘は寂しがりじゃないか」
それともう一つ。ネコヒトのわき腹に突き刺さっていたのは、エルリアナと名乗るお嬢ちゃんによると、邪神の欠片だったそうだよ。
最期の苦し紛れに弾けて、今度はネコヒトに乗り移ろうとしたんじゃないかって。
「来ていましたか。タルトさん、彼の様子はどうですか?」
「ああ、相変わらずさ」
ホルルト司祭も心配してくれている。
このネコヒトがいなかったら、人類は最悪の状況に追い込まれていたからね。
あの手この手で目覚めさせようとしてくれていた。
「彼の皮肉が恋しいですね……。そうそう、東パナギウムとは一時的な停戦が決まりました。彼らもギガスラインを突破されたくはないようで」
「はっ、なら野心なんて捨てて協力しろって話さ!」
こんな結末、目覚めたエレクトラムには見せられないよ。
エレクトラムが命はってサラサール王を倒してくれたのに、パナギウムが二つに分裂しましただなんて、カッコ悪いじゃないかい……。
あたいは男衆の中から、リュートの上手いやつを連れてきた。
そいつに明るい音楽を演奏させて、ネコヒトが目覚めてくれないものかと、その後もずいぶん粘った。
けどダメだった。医者の話では完全に癒えているはずなのに、どうしてか目覚めてくれなかった。
こうしてさらに一月が流れ、本格的な夏がきた。
●◎(ΦωΦ)◎●
・憎悪で世界を救おうとした怪物
レゥム大聖堂に忍び込み、僕は遠い昔に別れた友を見下ろした。
今回はしてやられた。まさかあんなに早くサラサールの乱を鎮圧されるなんて。
それも事実上、ベレトートルートたった一人の活躍で。
僕の名はニュクス。ここに横たわる者の名は、魔王の僕ベレトートルート。古い友がいくら経っても目覚めないと聞いたので、今さら心配になって見舞いにきた。
彼はこの地上で、ただ一人邪神を倒した存在だ。だからこそ相応しい。
今この世界で、ベレトートルートこそが邪神の力を宿すのに最も相応しい。
封印の箱より僕は、もう一つの邪神の欠片を取り出した。
「種明かしをしよう。サラサールになぜ邪神の力を与えたか、それはね……欠片は二つあったんだ。だから一つは計画のためにくれてやった。キミに全てを台無しにされてしまったけどね……」
獣ベースの魔族は重傷を負うとこうやって休眠状態に陥る。
けれど時々、この休眠状態から目覚めない者が出てくる。これは典型的な症状だ。
邪神を倒した男を、このまま世界から退場させるのはあまりに惜しい……。
「その昔、ボクはキミに夢を語った。人間全てを滅ぼせば、全てが終わる。一緒にやつらを滅ぼそうと……。あれは僕なりの、彼らへの救済だったんだ」
彼は僕の言葉に何も答えない。
死んだように静かに眠るばかりで、目覚めのきっかけすら持っていない。
「だけどボクは長い年月の中で、キミと同じ結論に至った。何度も何度も命を狙われては返り討ちにするたびに思った。人間を滅ぼしても、何も変わらない。世界に必要なのは、絶対なる力を持つ怠惰な魔王。なら、キミが新たな魔王となればいい……」
死ぬよりはマシだ。それにきっとこの人なら飲まれない。
そう信じて僕は邪神の欠片をベレトートルートに差し出した。
黒い欠片は彼の肉体に飲み込まれ、しばらくすると彼の寝息が力強いものになっていった。
「キミがサラサールを討った時点で、人間の根絶という計画はもはや困難になった。魔軍が攻めれば攻めるほど、人間たちは団結する。これ以上深く人間界に入り込めば、正統派のアガレスが僕たち殺戮派の背中を突く。アイツの目的は魔界の統一だからね」
そろそろ退き際だ。結論も出た。この時代を終わらせよう。
僕の目的は最初から勝利ではない。救済だ。人間の根絶が不可能なら、別の方法を考えるしかない。
「魔王イェレミアの失踪が新しい時代を呼んだ。ならば僕もそれに倣おうと思う。この先いつまでもいつまでも、魔界で三派閥が覇を競い合うなんてつまらないだろう? だから……キミに邪神の力を与えて、バックレるよ」
魔王イェレミアが表舞台から去ったのは、世界を変えようとしたからだ。
魔王に依存する世界から脱却して、邪神のよりしろとなる存在を世界から消すためだ。
だから僕は、殺戮派を捨てて隠遁しよう。かつてのキミのように。
「後釜はやっぱりミゴーかな……? そうなると殺戮派というより、戦争大好き全部ぶっ潰す派、という感じだけど。あ……」
目覚める前に去ろうと思ったのに、もう起きてしまった。
古い友人と目が合ってしまった。こうしてちゃんと会ったのは、もう10年以上前だったかな……。
「ニュクス……なぜ、あなたが……。んんっ、身体がだるい……頭が、回らない……。ここは……」
「ここはレゥム大聖堂。キミは邪神を倒した後、負傷してもう二ヶ月も眠っていた」
「二ヶ月……。はい、二ヶ月ですってっ!? というより、なんであなたがここにいるのですかっ!」
「負けたから。あと、お見舞いかな……。キミの里に行ってもいい?」
「ダメに決まっているでしょう!」
「フフフ……乗っ取られていないということは、やっと死んだのかな、邪神」
だとしたら造物主が創造主を殺すという大快挙だ。
僕たち魔族は新たな時代に一歩踏み出したことになる。
「あなた、どういうつもりですか……わたしたちは敵同士のはずです。いえ、ですがあなた、本当に――ニュクスですか……?」
「殺戮派を抜けようと思う」
「……は? 抜けるも何も、あなたが作った派閥でしょう!?」
「止める。人間の根絶無理。時間と資源のムダ。キミのせいで諦めることにした。後釜はミゴー」
「はい……?」
「それとキミに――いや、なんでもないよ。言うと怒るから」
話してみてわかった。彼は変わった。
隠居を決め込んでいた爺さんだったけど、光の当たる世界で生きる方法を見つけたみたいだ。
「あなた、わたしが寝ている間に何をしたんですか!」
「それより少しでも早く、里に帰ることを考えたらどうかな。キミは2ヶ月も眠っていた。さぞ寂しがっているだろうね……」
僕には知られたくないのだろう。彼の顔付きが怖くなった。
詳しく知りたかったけど、クレイは彼の娘については頑なに教えてくれなかった。こちらに流してくれるのは上辺の情報だけだ。大したトリプルスパイだよ。
「僕もキミの子供として――いや。蒼病の子供たちの一人として拾われたかった。そうしたら僕も、まともでいられたのかもしれないな……」
僕はエレクトラム・ベルの前から去った。
僕が暴れれば暴れるほど、蒼化病の子供たちがいる理想郷が追い込まれる。
彼が気まぐれを起こして、蒼化病患者を救わなかったら、こんな結末にはならなかったかもしれない。
最初に話を聞いたときは嬉しかった。弟と妹ができたような気がした。幸せになって欲しい。
まだ顔も知らない兄弟たちが、彼の里で大きくなって、自分の生き方を見つけてくれたら……300年分のこの妄執も消えるだろう。
人間を滅ぼすのは止めた。そんなものより、彼らの未来が見たい。
●◎(ΦωΦ)◎●
最後に本陣に戻ってミゴーにも伝えた。
「は……?」
「隠居する。後はキミに任せた。好きにしていいよ。退きたいなら退けばいいし、攻めたいなら攻めたらいい。それじゃ……」
背を向けた。
「ちょ、ちょっと待てやっ!! 隠居ってテメェなんだそりゃっ、待ちやがれアホッ!! テメェニュクスッ、戦争舐めてんのかよテメェッッ!?」
「ああ、それとそうだった。例のネコタンランドに手を出したら殺しに戻る。蒼化病の子一人につき、キミたちを1万人殺すから覚えておくといい」
釘を刺した。ミゴーが青ざめた。元から顔色悪いけれど。
「って、待てやコラァァッッ!!」
恐怖の化身とまで呼ばれたニュクスは、魔将を電撃引退した。
今日までの覇道のツケを払う気などさらさらない。これからは別人として生きよう。
そして、いつかそのうちに……。
いつも感想、誤字報告ありがとうございます。
再三ですみません。
「俺だけ超天才錬金術師 1巻」発売中です。何やら好評です。
書籍としてとても整った仕上がりになっていますので、お店で見かけたら手に取ってみて下さい。




