表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
372/443

37-12 猫は執念深い 300年経ってもけして恨みを忘れない - 悪王 -

・(ΦωΦ)


 ノトゥンランドは緑の大地に姿を変えていました。

 邪神に焼き払われた陰惨な過去も、もはやこの地に住まう者にとっては300年も前に起きた昔話です。


 今となってはさして注目されることもなく、例えば暇な老人から教わる程度の、ちっぽけな歴史の一部に過ぎないようです。

 魔界側とはまるで異なる光輝く大地を、歴史の世界から来たネコヒトはぼんやりとただ見つめていました。


 それからほどなくして、青く澄み渡った空にのろしが上がるのを確認すると、わたしは洞窟の内部へと移動しました。

 爽やかで早くも初夏の匂いのする世界から、一変してかび臭く空気のこもった世界へと、憎しみの記憶と共に身を沈めました。


 これから決戦に入るというのに、今一つ実感が湧きません。

 隠れ里での穏やかな生活がわたしから闘争心を奪っていました。


 パティアの笑顔や、わたしの不在に寂しがる姿が頭に浮かび、暗殺者はそれを思考からかき消す。今は必要のない感情です。浸れば勘を鈍らせます。


 ゆえにただただ静かに、イスパ様を恐喝し、世界の半分を焼き払い、魔王様を苦しめ弄び、最後は破滅させた憎い怨敵への憎悪を、追憶と共に練り固めました。


 邪神。わたしたちの神。できそこないのろくでなし。神と呼ぶにはあまりに不完全な存在を、わたしはこれから倒します。

 暗闇の洞窟の中、光る瞳を閉ざして、かつて弱かったネコヒトは邪神を討つチャンスを待ちました。


 ここはとある平原にある洞窟です。

 洞窟内はヒカリゴケがぼんやりとした明かりを灯すだけで、通常なら人の顔を判別することすらできないほどに暗い。


 高い湿度が毛皮を持つ者を不快にしました。

 得体の知れない洞窟の生き物と共に、わたしは気配を絶ち続けました。


 今のわたしはエレクトラム・ベルではありません。魔王の僕ベレトートです。

 歴史から消えていった者たちの無念、魔王様を失って嘆き悲しんだ古い魔族の苦しみ。その全てを、わたしがヤツに叩き付けます。


 計画通りならば、ここに邪神を宿したサラサールが現れます。

 ご存じの通り餌は軍総大将にあたる国王。それを追ってサラサールが姿を現した後は、入り口を崩落させる段取りです。


 ノトゥンランド王はそのまま真っ直ぐに洞窟を進んで、外へと抜けます。

 わたしの方はここに残り、サラサール王を、邪神を討つ。そういったシンプルな計画でした。


 もしも……もしもパティアが魔王様に近しい存在ならば、魔王様がきっと過去にそうしたように、この世からヤツを消さなければなりません。

 邪神がパティアという肉体に気づけば、300年前の悲劇が繰り返されます。


 わたしの娘に、絶対に手出しはさせません。出会ってはならない者たちが出会う前に、ここでヤツを滅ぼします。

 魔王様の消滅を招いた最悪の神に、己のしたことの報いを受けさせるのです。全てを見届けて来たわたしには、それをする義務があります。


 するとその時、洞窟に慌ただしい足音が響きました。

 そこでわたしは立ち上がり、自らにハイドをかけて、続いて切り札のナコトの書を開きました。


 ノトゥンランド王はわたしに気づきませんでした。

 わたしの隣を素通りしていきました。


 声をかけたくなりましたが、サラサールと邪神に気づかれてはなりません。

 命がけの陽動を選んだ王者をわたしは流し目で見送り、それから陰に潜んで、レイピアを手に入り口の方角を睨みます。


 やげて、その鬼がついに現れました。

 洞窟に国王を追いつめたと思い込んだのか、余裕の足取りで、サラサールだった者が現れました。


「男の肉は不味いけどなぁぁ……お前の娘は美味そうだなぁぁ……ハハハハハハ、もう逃げ道はないぞぉ? 後はな、俺に、頭から食われるだけだ。お前さえ喰らえば、俺が人類の王できまりだなぁ、ひひひっ、ああ、今日は気分がいいなぁ! ジュルル……」


 その悪鬼はまるで牛のように巨大でした。

 牛に見えたのは四つ足で地をはう、角のある巨大な悪鬼だったからです。


 口から女の長い髪をたらして、歯に引っかかったそれを名残惜しむように噛み、それでも切れない丈夫さに愉悦し、シーシーと下品な音を立てて歯をならしていました。


 最悪の存在に、最悪の神が乗り移ったのです。もはや嫌悪しかありません。

 よってその怪物の額に、エルリアナの対魔の力が宿ったレイピアを、ネコヒトは奇襲の一撃として突き刺してやりました。


「なんだ、てめぇ……。い、いいいつから、そここここ……れ、れれれれれ……?」

「やはりこの程度では死にませんか……」


「あ、頭、刺……て、てめめめめめめうぇぇっっ!?」


 サラサールの頭、心臓、肺、肝、胸部と脚部大動脈、両手および前足の間接部を神速のレイピアで貫きました。

 それでも怪物は死にません。いくら突いても突いても、ヤツの傷がふさがってゆきました。


「あなたの返り血を浴びるくらいなら、どぶ川で毛繕いした方がマシです……。死体に群がるウジ以下のクズめが、です」

「お、おおおお……覚えて、いるぞぉぉ……おま、おまえは……この臭い、あ、あのときの……お、俺の、肉、泥棒……テメェェェェェェーッッ、イテェじゃねぇかよぉぉぉぉ!!!」


 死なない。どうやってもサラサールは死なない。

 人肉喰らい狂人は、破壊されたはずの脳で思考して、怒り狂って、わたしに憎悪を向けてきました。


『突いて突いて突きまくって! どこかに邪神のコアがあるはずです! それさえ破壊できたら……!』


 エルリアナの提案に従って、わたしは悪王サラサールを蜂の巣にしました。

 返り血が白い毛皮を汚しました。それでも死なない。ヤツは精神も肉体も全てが怪物になり果てていました。


 いくら貫いても、それらしい感触にたどり着けません。

 骨の内側に隠れた、例えば背骨の裏側や、骨内部に邪神のコアがあるとすれば、厄介極まりない。


 ダメです。今いる場所からバックステップしました。

 悪鬼の爪が非人間的な動きで振り下ろされて、岩盤の地面をバラバラに破壊していました。


 その騒音がきっかけとなって、別働隊が作戦通り洞窟の入り口を崩落させたようです。

 これでサラサールの後ろに退路はありません。


 必要とあれば、外の者たちはもう一方の出口も崩落させて、邪神をわたしごと洞窟内部に封印しようとするでしょう。 


「あのシスター、美味そうだったのに、てめぇ……許さねぇぞ!! 足の指から、順番に、骨も残さず喰らってやるよっ!!」

「ネコヒトを食べるだなんて、ゲテモノ食いにもほどがありますよ」


 剣のように長い爪が暴れ回り、洞窟の岩という岩を切断しました。

 簡単には倒せないと思ってはいましたが、これはとてつもなく強いです。早速ですが己ごと生き埋めという、最終プランが頭に浮かんできました。


「クークルス……そうだ、シスター・クークルス! あの女、マジで美味そうだった……清らかで、疑いを知らなくてよ、それが……それが絶望に染まり、生きながら俺に喰われるところを、俺は今でも夢に見る……ああ、喰いてぇ、あの女、喰いてぇ……!」


 殺したい。殺したいのに死なない。困りました。

 この怪物を野放しにすれば、シスター・クークルスが、わたしたちの里に危険が及びます。消さなければなりません。


「それだけですか? わたしなんかのことは、もう忘れてしまいましたか?」

「は……?」


「絶望に苦しむわたしを、あなたは随分と楽しんでいたように見えましたが。おや、ついにボケましたか。300年前のことすら、あなたは忘れてしまいましたか」

「300年……俺は、そんなに生きて……。いや、俺は……俺は……俺は誰、だっけ……」


 よく観察してみればどうにもおかしいです。

 サラサールは邪神に肉体を奪われたようには見えません。いえむしろ、共存しているように見えました。


何度も何度も誤投稿したやつになります。

いつも誤字報告ありがとうございます。よろしければ感想も下さい。

再三ですみませんが、30日に「俺だけ超天才錬金術師」の書籍版一巻が出ます。

本作とは作風が少し違いますが、キレのいいコメディに仕上がっていますので、応援して下さい。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

小説家になろう 勝手にランキング
よろしければ応援お願いいたします。

9月30日に双葉社Mノベルスより3巻が発売されます なんとほぼ半分が書き下ろしです
俺だけ超天才錬金術師 迷宮都市でゆる~く冒険+才能チートに腹黒生活

新作を始めました。どうか応援して下さい。
ダブルフェイスの転生賢者
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ